4-3 激戦の裏で

 帝国軍と共和国軍が砲声と銃声のシンフォニーを奏でながら、兵士達の血と臓物で戦場を紅く染めあげる中、エルヴィンは第11独立遊撃大隊の中隊長達と、後方陣地のテントの中で、テーブルを囲んで、呑気にババ抜きをしていた。



「少佐……我々は、トランプなどしていて良いのでしょうか?」



 戦場で同胞達が血を流す中、自分達が平和にトランプを楽しんでいる事に、ジーゲン中尉は罪悪感を感じていた。



「別に良いさ。我々には何の命令も降っていなし……」



 エルヴィンは、ジーゲン中尉の持つトランプから1枚取りながら、特に気にする様子もなく答えた。



「まぁ、特にすることもないですからね〜」



 フュルト中尉はエルヴィンの持つトランプから1枚取り、ペアが揃ったので2枚のトランプを机の上に置いた。



「確かにそうですが……」



 ジーゲン中尉の罪悪感が薄れる事は無かった。

 今回、前線で戦っている部隊には第8軍団もり、第8軍団の大隊に所属していた中尉にとって、かつての仲間や同僚が戦場で戦っているのだ。

 彼等を思えば、中尉の罪悪感は人一倍なのだ。


 その事に気付いたエルヴィンは、ジーゲン中尉に一瞬目をやると、安心させる笑みを浮かべ、中尉に語り掛けた。



「そう、心配しなくても、嫌でも直ぐに出撃命令がでるさ。我々の後方待機は、前線部隊に大損害が出た場合の補充要員という意味だ。これだけの大会戦で、前線部隊に大損害が出ない自体あり得ないよ。我々は前線に出されるまで、万全な気持ちで出撃できるよう、息抜きなんかをすれば良い……張り詰め過ぎた状態で戦場に出るのは、あまり良くないからね」


「…………そう、ですね……気にしても仕方ありませんね」



 ジーゲン中尉は、エルヴィンの言葉である程度吹っ切れ、肩の力が抜けた。そして、フュルト中尉の持つトランプから1枚取り、そのトランプの表を見た。



「オッ! 自分も揃いました」



 ジーゲン中尉は自分の持つトランプから1枚抜き、フュルト中尉から取ったトランプと共に机に置いた。


 それを横目に、フュルト中尉はある事を思い出し、少し不機嫌になる。



「息抜きと言えば……大隊長、アンナちゃんを貸してくれませんでしたね。お陰で、2週間近くもの間、鬱憤が溜まりぱなしですよ!」


「そんな事言われてもなぁ……一応「期待しないでね」とは言ったと思うけど……」


「それでも、部下の為に何とかするのが上官でしょう!」



 何という無茶振りだ。それに、アンナもその部下に入るんだけど……。



「という訳で……今度こそは貸して下さい。その為に、大隊長のあんな事を調べたんですから」



 ニヤケながら妙に含んだ話し方をするフュルト中尉に、エルヴィンは軽い恐怖を覚えた。しかし、アンナの怒りの腹パンチを思い出し、そっちの方が怖かった。



「いや、駄目だ! 次、アンナにそんなお願いしたら……間違いなく殺される!」



 断固拒否する姿勢を示すエルヴィンを見て、フュルト中尉は軽く舌打ちをし、仲間外れだったジーゲン中尉は、軽く怯えた様子のエルヴィンを見て、「フェルデン少尉に何されたんだろう」と心の中で思った。



「そういえば……ガンリュウ大尉やフェルデン少尉は、トランプに誘わなかったのですか?」


「誘えないよ。アンナを誘ったら仕事をさせられ、ガンリュウ大尉を誘っても、アンナを呼び出されて仕事をさせられる。せっかく仕事をサボろうとしているのに、仕事をやらされるんだよ? 本末転倒だよ」


「仕事サボってトランプしていたんですね……」



 ジーゲン中尉は苦笑いした。



「話が長くなってしまったね……次、誰の番だっけ?」


「次、大隊長の番です」


「あっ、私か!」



 エルヴィンはジーゲン中尉の持つトランプを眺め、どれを取るか悩み、少しして、中尉の持つトランプから1枚抜き、その表を見た。



「ゲッ!」



 エルヴィンはそれを見て苦い表情を見せた。

 トランプはジョーカーだったのだ。



「大隊長、ババ引きましたね? 私にアンナちゃんを貸さなかったバチが当たったんですよ」


「軽いバチだねぇ……」



 自分をおちゅくるフュルト中尉をあしらいつつも、エルヴィンは僅かばかりの嫌な予感に襲われ、それが顔に出ていたらしく、ジーゲン中尉がそれに気付いた。



「少佐、どうかしましたか?」


「いや……仕事サボった話してすぐ、ジョーカーを引くという軽い不運が訪れたのが、なんか、不気味でね……もしかして、アンナが現れるのではと……」



 エルヴィンの嫌な予感はある程度的中する。


 エルヴィン達の居るテント入り口の幕が勢いよく舞い、1人の士官が入ってきたのだ。



「おいっ、 訓練を見にも来ないとは、どういう事だ?」



 入って来たのはガンリュウ大尉だった。


 無愛想ながらも少し声色に怒りが混じった様子の大尉を見て、エルヴィンは割と予感が的中した事に苦笑いした。


 ガンリュウ大尉はその様子を睨みながら、エルヴィンの前に立った。



「隊長たる者、部下を指導する義務がある。それは貴様のだらし無さを見かねた俺が変わったから良い。だが……部下の訓練の様子見もせず、娯楽に耽るとはどういう事だ?」


「いや、私が見に行っても仕方無いだろ?」


「仕方無いとかでは無い、部下の様子を見るという事に意義がある」


「まぁ、普通ならそうだけど……私の場合、部下達から信頼されてないし、尊敬もされてないから……」


「きさっ……」



 ガンリュウ大尉は口を噤んだ。

 このまま口論しても、このダメ士官にのらりくらりとかわされるだけだと思い、確かにこいつが訓練を見に来たところで意味は無いと考えたからだ。

 そして、改めてエルヴィンのダメ士官ぶりを実感し、注意するのが馬鹿馬鹿しくなった。



「お前……今まで本当によく死ななかったな」



 ガンリュウ大尉は溜め息をこぼした。



「もういい……どうしようもない役立たずなお前に何を言っても仕方ない……」


「役立たず……」



 役立たずという言葉に含む所はあるが、とりあえず大尉の説教が終わり、エルヴィンは安堵した。



「だが、フェルデン少尉に押し付けている仕事はやれ!」



 エルヴィンの安堵は儚くも崩れ去った。



「お前が仕事しない所為で、副官の少尉にしわ寄せが来ている。忙し過ぎてお前を探せない程だ」



 エルヴィンはガンリュウ大尉の言葉を聞き、流石に少し、罪悪感を感じた。



「仕事に戻った方が良いよね……」


「当たり前だ」


「でもババ抜き中なんだが…………」


「直ぐに行け!」



 エルヴィンはトランプを机に置きと、渋々立ち上がり、重い足取りでテントを後にした。



「全く、あの役立たずは……」



 エルヴィンにほとほと呆れるガンリュウ大尉を眺めつつ、ジーゲン中尉とフュルト中尉は、互いに見合って苦笑いするのだった。

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