3-15 森人の狙撃兵

 エルヴィンは、魔導兵達の様子を大体確認した後、狙撃兵達の下へと向かった。


 狙撃兵小隊の隊長はアンナが担っている。

 元々、実戦経験豊富な人材が少ない部隊の為、エルヴィンに付き添い、数多の戦いに参加したアンナを、小隊長にしない訳にはいかなかったのだ。




 エルヴィンが狙撃兵小隊の下を訪れた時、兵士達はスコープ付きの小銃ライフルを握りしめ、射撃訓練をしていた。

 エルヴィンはそんな兵士達を見渡し、アンナを見付けると、彼女の下に向い、その隣に立ち、話し掛けた。



「兵士達の様子はどうだい?」


「新兵らしい未熟な銃の腕ですね……それに、やる気も感じられないです。昨日のエルヴィンの演説の所為ですね」


「君はズケズケと言うね……」



 エルヴィンは苦笑いした。



「その様子だと、その事に自分で気付いたんですね。あの目も当てられない演説が兵士達の士気を下げたことに……」


「かなりキツイ言い方だね……いや、ジーゲン中尉に聞いたんだよ」



 それを聞いたアンナは、尊敬する上官に、非難する様な事を言わなければならなかったジーゲン中尉の心境を察し、それに気付かなかったエルヴィンの鈍感さに呆れて、溜め息をいた。



「エルヴィン……その鈍感さ、どうにかして下さい」


「私は鈍感じゃないよ?」



 自分の鈍感ぶりに気付かないエルヴィンの発言を聞き、アンナは呆れた目でエルヴィンを見詰めた、




「何だい?」


「なんでもないです……」



 アンナはエルヴィンから顔を逸らし、溜め息をこぼした。そして、気持ちを切り替える為に、別の話題を切り出した。



「で、別の部隊の様子はどうでしたか?」


「ここと変わりはないね。未熟な実力に加え、やる気が欠落していたよ」


「昨日、エルヴィンがゴミの様なスピーチさえしなければ……」


「さっきより言い方キツくなってるよね?」



 呆れながら毒を吐くアンナに、エルヴィンは少し違和感を覚えていた。



「どうしたんだい? 今日はやけに機嫌が悪いね」


「いつも通りです」


「本当に?」



 エルヴィンは図星を突いていた。


 人材不足の部隊ということで、アンナは狙撃兵小隊の隊長となり、部下達の訓練をしている。つまり、アンナは一時的だが、エルヴィンから離れなければならなかったのだ。

 副官という立場が変えられる事はなかった為、戦時ではほとんどエルヴィンに付き添う形ではあったが、今まで、ほぼ毎日、想い人と一緒にいたのに、一時的にも離れなければならないのは、仕方ない事だと頭では理解していても、感情がそれを許さなかった。

 しかも、当の想い人は、離れている状況でも平然としているので、感情を抑えきれず、僅かばかりそれが憤りとして表に現れてしまったのだ。




 図星を突かれ、そこから感情が溢れ出る事を恐れたアンナは、咄嗟にまた話題を切り替えた。



「そんな事より! エルヴィンは、私が居なくて寂しくないんですか?」



 この時、アンナは自分の言った事を後悔し、思わず口に手を当てた。


 これでは、私は寂しいと言っているようなものじゃない……。


 感情を溢れるのを抑える為に話題を変えたのに、逆に感情が溢れ、聞く必要の無いことを聞いてしまったのだ。


 何言ってるんだろう私! 何言ってしまったんだろう私! どうしよう、これで私の想いがエルヴィンに気付かれたら……。


 しかし、それは杞憂だった。


 アンナはエルヴィンの様子が気になり、ふと顔を見ると、右手で顎を摘みながら、返事を考えるいつも通りのエルヴィンの姿があった。


 エルヴィンは、アンナの想いに気付いていなかったのだ。


 この時、アンナは思い出した、エルヴィンが超が付く程の鈍感である事を。


 そもそも、あの言葉で自分の想いが伝わるなら、今も恋心を胸にしまってなどいなかった。


 アンナは冷静になり、質問を撤回しようと、口を開く。



「すいません、今のは忘れて……」


「まぁ、寂しいかな」



 突然の返答を聞き、アンナは驚き、僅かに口を開きながらエルヴィンの横顔を見詰めた。



「寂しいん、ですか?」


「ああ、寂しいよ?」



 当然だろうと言わんばかりの返答だった。



「私にとって、アンナが隣に居るのは当たり前だから……少しでも、当然と話し相手になっていた君と離れるのは……やはり寂しいね。ほら、私、寂しがり屋だし」



 エルヴィンは話を終えると、アンナに目をやった。すると、当のアンナはエルヴィンに背を向けていた。



「アンナ、どうしたんだい?」


「いえ、何も……何でもないです……大丈夫です」



 アンナは隠していたのだ。嬉しさのあまり、頬を赤らめ、笑みが抑えらない自分の顔を。

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