3-10 大尉の恨み

 ガンリュウ大尉の恨みに満ちた瞳、それを向けられたエルヴィンは両手を挙げ、抵抗しない事を示した。しかし、その表情は平然としたままだった。



「剣を納めてくれないかな……これじゃ、対等に話が出来ない」


「対等? 対等だと⁈ 貴様ら貴族がそれを言うか……」


「貴族が嫌いかい?」


「当然だっ‼︎」



 ガンリュウ大尉は刀を強く握りしめた。



「気に入らない奴を直ぐに殺し、平民を虫けらの様に扱い、欲しい物は他人の物でも奪い取る。強欲で傲慢、この世の悪という悪で塗り固められた奴らだ。そんな奴を好きになるわけがないだろう」



 帝国民の貴族への不満を代弁し、訴える様な台詞に、エルヴィンはもっともだと苦笑いした。



「わかったら、とっとと失せろ、 目障りだ……」



 ガンリュウ大尉は刀身をエルヴィンの首もとから離し、そのまま鞘に納め、きびすを返し、エルヴィンに改めて背を向けた。


 貴族嫌いな兵士を、貴族である部隊長が部下に勧誘する。普通であればここで諦めるところだが、方面軍総司令官からの命令である以上、エルヴィンは諦めるわけにはいかなかった。


 そして、彼はガンリュウ大尉の背中を見ながら、ある言葉を叫ぶ。



「"血の6月ブラットユーニ"」



 その言葉を聞いた瞬間、ガンリュウ大尉は足を止めた。




 "血の6月ブラットユーニ"世暦1910年6月22日に起きたクーデター未遂事件とそれに伴った大粛清の事である。


 当時の陸軍長官や陸軍の幹部数人が世暦1910年6月22日に帝都で武力反乱を起そうとした。しかし、その計画文書が外部に漏れ、実行前日に秘密警察の迅速な対応により、クーデターに参加した陸軍長官と陸軍幹部達は拘束され、全員が極刑に処される。

 秘密警察の捜査能力の高さと、いかに帝国に必要な存在なのかを、認識させた事件とされている。


 しかし、事実は違う。


 クーデター自体、誰も計画などしていなかった。貴族達がでっち上げた物である。


 陸軍長官は秘密警察の撤廃を求めていた。秘密警察の行き過ぎた取り締まりを良く思わなかった為である。

 政治的発言力が弱い陸軍長官が、秘密警察を撤廃させるなど不可能ではあったが、絶対指導者が君臨する国において、国に反する思想を持つこと自体が危険人物の対象であった。

 その他、貴族の悪事を知る者、悪事に加担した者、法の見直しを求める者、戦争反対を訴える者など、処刑された者達は、貴族達にとって目障りな存在ばかりであった。


 "血の6月ブラットユーニ"とは、貴族が陸軍幹部の目障りな存在を消すために作られた、存在しない事件である。




「ガンリュウ大尉、君の父親は帝国の将軍だった。しかし、1910年に処刑された。……そう、君の父親は"血の6月ブラットユーニ"のグーデター派の1人だった」



 ガンリュウ大尉はエルヴィンに背を向けたまま只、立ち尽くしていた。



「しかし、事実は違う。"血の6月ブラットユーニ"は貴族が邪魔者を消す為にでっち上げた事件だ。つまり、君の父親は無実の罪で殺された。じゃあ、なぜ、君の父親が貴族にとって邪魔だったのか……答えは簡単、"亜人如きが将軍の地位まで登り詰めたから"だ」



 ガンリュウ大尉はエルヴィンに横顔を見せた。



「何故、その話をした?」


「君の貴族嫌いは、それが原因だと思ってね」


「貴族でも無い俺が、国がおおやけに出来ないことを知っているとでも?」


「実際、知っていたんだろう? じゃなきゃ、あそこまで貴族を恨まないよ」

 


 貴族でもないガンリュウ大尉が、国の黒い秘密をどうやって調べ抜いたのかは分からない。しかし、実の父の死の真相を知った時、大尉の貴族への憎しみや恨みは尋常ではなかっただろう。まして、殺された理由が"亜人如きが将軍の地位まで登り詰めたから"という、自分勝手な、幼稚な理由であったのだから尚更だ。


 エルヴィンは、ガンリュウ大尉の恨みを察しつつ彼を見詰め、その先でガンリュウ大尉は、少し思う所があったらしく、少し考え込んだ。


 しかし、大尉は顔を前に向け、また、エルヴィンに背を向けたまま歩き始めた。



「話してくれた事には感謝する。だが、だからといって、お前の話を聞く理由にはならない」

 

「駄目か……」



 エルヴィンは苦笑いしながら肩を落とした。

 父の死の真相を、貴族である自分の口から話す事によって、大尉に自分を少しは信頼させ、話しぐらいは聞いて貰えるようにする、という思惑をエルヴィンは持っていたのだ。



「やれやれ……」



 エルヴィンは頭を掻き、最後の策を思い浮かべる。

 それは、初めから考えていた策だったが、あまり使いたくはない手だった。


 エルヴィンは肺に溜まった空気を外に出し、その分の一部を口から吸い込む。そして、ガンリュウ大尉目掛けて言葉を発した。



「グラートバッハ上級大将に君を部隊に入れるよう命令された!」



 ガンリュウ大尉は立ち止まった。そして、やっとエルヴィンの方を振り向いた。



「閣下が? 俺を、お前の部隊に……?」



 グラートバッハ上級大将の名を聞き、ガンリュウ大尉の瞳の色から貴族への憎しみが消えた。そして、少し考え込むと、溜め息をこぼした。



「閣下の命令なら仕方ない……話しぐらいは聞いてやる」



 エルヴィンはガンリュウ大尉の信頼を得る為、閣下の名を使わずに勧誘したかったのだが、結果、話しぐらいは聞いてくれそうになったので安堵した。


 エルヴィンは気を取り直すと、ジーゲン中尉、フュルト中尉に話したのと同じく、新兵だらけの部隊であることを含め、部隊の概要を説明した。



「新兵の寄せ集めか……」



 話を一頻ひとしきり聞いたガンリュウ大尉は、腕を組み、考え込んだ。そして、無愛想なままエルヴィンに目をやった。



「良いだろう……副隊長の任、承った」


「本当に良いのかい? 貴族の部下になることになるけど……」


「お前の部下になるのは虫唾が走る。だが……こんな奴を摑まされた新兵達が心配だ、無視はできん。兵士達の為にも、お前の愚行を止めてやる係が必要だろう」


「失礼だな……」


「嫌いな奴に礼を尽くす必要は無いだろう」



 ガンリュウ大尉の冷たい扱いに、エルヴィンは苦笑いした。


 ガンリュウ大尉の信頼を得る事には失敗したが、仲間にすることはできた。エルヴィンは、取り敢えずはこれで良しとする事にした。



「なにはともあれ……これから宜しく頼むよ、大尉」


「使えないと判断すれば、直ぐにお前を斬り捨てる。戦場なら、ある程度は誤魔化せるからな」


「せいぜい、斬られないように努力するさ」



 不穏な出会いから始まり、不穏な空気のままガンリュウ大尉を勧誘した。そんな光景を見て、アンナには「この2人、大丈夫だろうか?」と不安が生まれるのだった。

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