3-9 鬼神の剣士

 ヒトシ・ガンリュウ大尉。東方の出身らしい黄褐色の肌に、漆黒の黒い髪、黒い瞳の鋭い目付きを持ち、そして、頭には鬼神族の特徴である2つの白い角が生えていた。

 身長はエルヴィンはおろかアンナよりも低く、170にも満たないが、しっかりとした立ち姿から、屈強な軍人である事がわかる。


 ガンリュウ大尉は、エルヴィンに身体を向けると、無愛想に口を開いた。



「俺を勧誘に来たんだろ?」


「……知っていたのかい?」


「仲間が隊長室の前で偶然、俺の引き抜きの話を聞いた仲間が、それを俺に話してくれただけだ」


「なるほど……で、さっきの襲撃はなんだい?」


「お前が、俺を勧誘するに足る人物か試しただけだ」


「結果は?」


「……失格だ」



 その言葉にアンナは、不快感を含んだ驚きを示したが、当のエルヴィン本人は、その事を予想していた様に淡々とした笑みを浮かべていた。



「失格だったのかい?」


「素人丸出しの避け方に、素人丸出しの反応……これで少佐まで出世したのは、只の運だったのだろう」


「なかなか手厳しいね……」


「実力に見合わない地位を持った奴の下に着くなどごめんだ。勧誘は断る。さっさと帰れ」



 ガンリュウ大尉の、上官に対して失礼極まる厳しい言葉に、エルヴィンは困った様子で頭を掻いた。侮辱を受けたにしては、明らかにかなり軽い反応だっただろう。


 しかし、エルヴィンの隣でアンナの方は苛立ちを表した。



「ガンリュウ大尉! 上官に対して、態度が失礼すぎます!」



 アンナの注意は正論だった。しかし、ガンリュウ大尉に、罪悪感は微塵も現れなかった。



「確かに失礼だったかもしれん……しかし、本人に気にしている様子は無い。本人が気にしてもいないのに、他人である貴官が怒るのは、筋違いではないか?」



 ガンリュウ大尉の言葉も正論だった。確かに、本人が気にもしていない事を、別の人間が怒るのは良い事ではない。


 しかし、アンナの怒りは増していた。注意された事ではない。ガンリュウ大尉に、他人と言われた事が気に障ったのだ。



「私はエルヴィンの従者です! 他人じゃありません!」



 少しズレたアンナの言葉に、エルヴィンは首を傾げつつ、アンナをなだめた。


 しかし、周りの空気はドンッと重くなる。


 それはアンナが原因ではなかった。


 アンナの言葉を聞いた瞬間、ガンリュウ大尉の様子が豹変していたのだ。



「従者? ……という事はお前、貴族なのか」



 ガンリュウ大尉はエルヴィンを凝視した。


 すると、直ぐに背を向け、その場を去ろうと足を進めた。



「何処に行くんですか⁈ 話は終わっていませんよ!」


「さっきも言っただろう……話すことは無い」



 アンナの言葉を払い除ける様に、ガンリュウ大尉は鋭い言葉を投げた。しかし、それは少し、先程より鋭さを増していた。



「取り敢えず、話だけでも聞いてくれないかな?」



 エルヴィンの声を聞き、ガンリュウ大尉は足を止めた。



「話ぐらいは聞いて貰いたいんだけど……」


「……」


「聞いたら、考えが変わるかもしれないよ?」



 エルヴィンがそう言った瞬間、アンナとエルヴィンの視界からガンリュウ大尉が消え、気付かぬうちに、エルヴィンの目の前に立っていた。そして、その右手には刀が握られており、エルヴィンの首もとに、その刀身がちらついていた。今度は刃を逆さまにせず、刃がエルヴィンの首を狙いながら。



「動きが全く見えなかった……」



  一瞬の出来事にアンナは頭が追い付かず、唖然と立ち尽くし、それを横目に、ガンリュウ大尉はエルヴィンを睨み付けていた。



「その醜い口を閉じろ」



 ガンリュウ大尉の瞳は、憎しみと恨みの炎に満ちていた。それは、エルヴィン個人に対してというより、もっと多くの者へ向けられたものだった。


 そう、ガンリュウ大尉の資料にはこう書かれていたのだ。


 "重度の貴族嫌い"と。

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