3-11 エルヴィンの演説

 世暦せいれき1914年5月20日


 ブリュメール方面軍総司令部に有る会議室の1つが、300近くの兵士達に埋め尽くされており、そこには、ジーゲン中尉、フュルト中尉、そして、ガンリュウ大尉の姿もあった。

 兵士達が、新設される部隊の顔合わせの為に集まっていたのだ。


 部隊の名前は"第11独立遊撃大隊"、立派な名前をしているが、部隊員のほとんどが新兵やそれに近い兵士達の寄せ集めであり、只の烏合の衆に近かい。


 そんななまくらの部隊、負の要素だらけの部隊で戦うのを、兵士達が不安に思わない訳がない。しかも、その部隊の隊長が、20歳で貴族であれば尚更である。


 兵士達は、不安と緊張でどよめき出していた。



「隊長、貴族なんだとよ」


「貴族が指揮する部隊が全滅した話なんてザラにあるぞ」


「それ俺も知ってる。しかも、20歳の経験の浅い隊長殿だろ? 大丈夫なのか?」



 兵士達がゴソゴソと話す中、壇上の目の前で、椅子に座りながら、無表情ながら、不安以上に苛立ちを行動で見せる人物が居た。ガンリュウ大尉である。


 実は、本当であれば、既に隊長のスピーチが始まっている筈であった。にも関わらず、隊長の姿すらなかった。完全なる遅刻である。



「遅い…… 隊長が部隊の初顔合わせに遅れるとはどういうことだ? これだから貴族は……」



 ガンリュウ大尉は根っからの真面目な軍人であり、時間に遅れるような人物に苛立つは当然であった。

 それを抜いても、時間に遅刻するような人物は、軍関係なく人として非難されるものだが。




 暫く待っていると、会議室の扉が開き、やっとエルヴィンとアンナが入って来た。

 2人とも息を荒くして、汗を流していた。おそらく、走ってきたのだろう。


 ガンリュウ大尉は今すぐにでも小言を並べ立てようかとも思ったが、これ以上遅らせるわけにはいかなかったので堪えた。


 エルヴィンは息を整えると、壇上に上り、アンナは一番前の尉官が座る列の空いている席に腰掛ける。

 そして、会議室の中が多少静かになったのを確認すると、ようやくエルヴィンによる部隊結成への演説が始まった。



「どうも、この部隊の隊長のエルヴィン・フライブルクです。どうぞ宜しく…………以上」



 その瞬間、こそこそ話していた者達の口も閉じられ、会議室は完全に静まり返っていた。

 会議室の兵士達は唖然としながら、あまりにもだらしない見た目の若い隊長を、ポッカリ口を開けたまま見詰めていたのだ。


 普通の士官のスピーチは「祖国の為」「皇帝陛下の為」とか、堅苦しい事を長々と話すのが普通であるが、エルヴィンのスピーチはそれ以前に、兵士達への激励の言葉すらない、スピーチとすら言えない、只の自己紹介であった。


 そんなスピーチを聞いた兵士達は、あまりにも非常識な若い隊長に、頭が追い付いていなかったのだ。


 そんな中で、唖然とは別の反応を示した者達も居た。


 アンナは頭を抱え、ジーゲン中尉は苦笑いし、フュルト中尉は大爆笑し、ガンリュウ大尉は怒りを通り越して呆れ返っていた。



「大丈夫だろうかコイツ……これは、早々に斬ることになるかもな……」

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