2-8 来訪者

 世暦せいれき1905年9月12日


 オイゲンは屋敷の書斎でソファーに座りながら悩んでいた。

 住民が集まり、町も活気に満ちていた。しかし、人材が不足していたのだ。


 1番の問題は地方軍であった。


 身分、種族問わずに志願兵を募集した為、兵数は集まった。


 軍のツテで中級指揮官も集まった。


 しかし、司令官が決まらなかった。


 オイゲンは領地を持った後も、残して来た部下を思い、正規軍に残っていた。その為、領地を留守にすることが多く、その間、領地を任せられる人物が欲しかったのだ。


 今までは留守の間、妻のヘレーネに任せていたのだが、最近、病気にかかってしまい、任せることが出来なくなってしまっていた。



「中級指揮官の誰かを司令官にして、エルヴィンを領地経営に当たらせるか? ……いやダメだ、あの子は普通の子供達より大人なところがあるが、子供は子供だ」



 オイゲンは腕を組みながら悩んだ。


 すると、地方軍の兵士が慌てた様子で部屋へ入ってきた。



「男爵様、大変です!」


「どうした⁈」



 オイゲンは兵士の様子から只事ではないと察し、真剣な顔になった。



「魔獣の森から人が……複数の人々がやってきました!」


「なにっ⁈」



 オイゲンは慌てて屋敷を出ていった。そして、魔獣の森側の城壁に登ると、森の手前を見下ろし、報告にあった人々を目撃した。


 そこには、茶色いローブを着て、フードで顔を隠した者達が50人程居たのだ。



「子供もいるな……このままじゃ魔獣に襲われるかもしれん」



 そう思ったオイゲンは、魔獣の森側の城門を開けるように指示し、念のため地方軍全軍に臨戦態勢をとらせた。そして、森の中に、こちらへ、ものすごい速さで迫る魔獣の群れを発見した。



「不味いなぁ……」



 オイゲンは、ローブを着た人々を町の中に入れ次第、すぐに城門を閉じるように命じたが、瞬時に魔獣が門を閉じる前に到着すると察し、オイゲンは兵士達に銃を森の方に向け、森から現れ次第、魔獣を撃ち殺すよう兵士達に指示した。


 そして、予測通り、ローブの者達が門に入り切る前に、魔獣達が森から現れようとし、兵士達は引き金に指を当てる。


 町に入る前に魔獣を倒す、出来なければ人が死ぬ、そんな緊張感に襲われながら、兵士達は引き金を引き絞る。


 しかし、森から出る手前で魔獣達は止まった。そして、何事も無かったように、魔獣達は森の奥へ引き返して行った。



「こちらに来ない? それどころか、帰って行く……」



 オイゲンは魔獣の奇怪な行動に首を傾げながらも、警戒は緩めなかった。すると、魔獣の1匹が此方を見ていることに気付く。


 その魔獣は漆黒の毛並みと赤く鋭い目を持った、巨大なオオカミのような姿をしていた。


 その1匹も少しすると、森の奥へと帰って行いき、結果的に事無きを得る事となった。




 無事、ローブの者達は全員ヴンダーの町へと入って、城門も完全に閉まり、オイゲンは全軍に臨戦態勢を解くよう指示して城壁から降りると、助けた者達の所へ赴いた。


 そして、その者達の前まで来たオイゲンは、領主として社交辞令の自己紹介をした。



「私はこの辺りの領主をしている、オイゲン・フライブルクと言います。よければ、あなた方について御聞かせ願いたい」



 危険な魔獣が跋扈ばっこし、到底人が住める環境ではない魔獣の森からやって来た謎の人々。彼等は何者で、何処から来たのか、町の脅威となるか、ならないか、オイゲンは知らねばらなかったのだ。


 真意はどうあれ、丁寧な挨拶を受けた謎の人々は、気を許したらしく、その内の1人がフードを外してオイゲンに挨拶した。


 その人物は、オイゲンと同い年ぐらいの、感じの良い男性だった。



「私はアンリ・フェルデンといいます。此度は我々を助けていただき、ありがとうございました」



 アンリの姿を見たオイゲンや兵士達は驚いた。


 彼の耳が明らかに長かったのだ。


 よく見ると、他の者達も長い耳をしており、彼等が人間族では無いのは疑いようは無かった。


 彼らは全員、森人エルフ族だったのである。




 森人エルフ族は基本、森に隠れて暮らしている為、人とほとんど接触しない。

 大陸でも、表に姿を現している者は、過去奴隷として生活した者の末裔か、物好きな者達であり、数はかなり少ない。

 その為、森人エルフ族は人々にとって珍しい存在だったのだ。




 滅多に遭遇しない森人エルフ。彼等の存在に驚きながらも、オイゲンは細かい詳細を知る為、アンリ達を自分の屋敷に招待し、話を聞いた。


 アンリが言うには、同胞達と魔獣の森にある村で暮らしていたらしい。

 家は魔獣被害を避けるために木の上に建て、吊橋で家々への行き来をしていたそうだ。


 ある日、村を追放されたアンリ達は、皆で住処を求めて魔獣の森を彷徨さまよっていた。そして、次々と魔獣に追われ、その度に逃げ切り、最後に黒いオオカミ型の魔獣に追われながら辿り着いたのが、この地だったらしい。


 粗方の話を聞いたオイゲンは、更に驚かずにはいられなかった。

 そもそも、あの魔獣の森に人が住んでいた上に、それが森人エルフ族であったのだ、驚愕しない方が不自然である。



「まさか……森人エルフ族が魔獣の森に住んでいたとは……」



 オイゲンは一頻ひとしき驚いた後、ふとある言葉に引っかかった。



「アンリ殿、先程、村を追放されたとおっしゃましたな。行く当てはあるのですか?」


「いえ……いずれは何処か住める場所を見つけたいですが……いつになることか……」



 宛のない旅、それがどれだけ苦しく辛いものかは、アンリのボロボロの服や靴、暗い表情から読み取れる。


 そんなアンリの様子を見たオイゲンは、少し考えると、何か決意した様に一度頷き、ある提案をした。



「アンリ殿、もしよければですが……付いてきた者達と共に、"この町に住みませんか?"」



 突然の提案にアンリは目を丸くした。



「そ、それは……」


「嫌でしたら、御断りしてもらって構いません。これは、あくまで提案ですので……」



 オイゲンはこの時、アンリの微妙な反応から、断られるのではないかと覚悟していた。


 しかし、次にアンリから発せられた言葉は、非好意的などとは言えぬものだった。



「いえ……いいえ! 是非、我々を貴方の町に住まわせて頂きたい!」



 アンリの瞳には希望と喜びの光が灯っていた。



「貴方の様な良識ある領主が治める土地に住まわせて頂けるなど、これ程喜ばしい事はありません! 我々は身元があやふやです、移住地を見つけたとしても、良くて荒れた土地か、最悪、悪辣な領主による奴隷の様な生活が待っていたでしょう。しかし……」



 話を続けるアンリの瞳には、嬉しさの涙が浮かんだ。



「住民も笑顔で感じ良く、優しき領主が治めている。そんな素晴らしき町で暮らせる……やっと、新たな故郷が出来る……我々の苦労がようやく終わる……ありがとう……ありがとう……」



 アンリは歓喜に身を震わせながら、オイゲンに深々と頭を下げ、心の底から感謝した。


 オイゲンはそんなアンリを見詰めながら、優しい笑みを見せるのだった。




 ヴンダーの町に迎え入れられる事をアンリから聞いた森人エルフ達は、喜び、歓喜し、安堵し、泣いた。

 壮絶な、命懸けの旅がやっと終わり、平和な生活ができる。これを喜ばない森人エルフ達は誰1人として居なかったのだ。

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