2-6 新たな始まり

 世暦せいれき1893年10月10日


 帝都郊外にひっそりと建てられた病院がある。

 病院を立ち上げた人物の名前からズィーボルト病院と呼ばれるその病院に、この日、1組の夫婦が居た。


 夫の名はオイゲン、妻の名はヘレーネと言い、妻の方は1室のベットに横たわり、激痛に苦しみ、数人の看護師に助けられながら、1つの命を外の世界に出そうとしていたのだ。


 部屋の外では、妻の苦しむ声を聞きながら、両手を強く握りしめ、神に祈っている夫オイゲンの姿があった。


 そして、暫くすると、ヘレーネの居る部屋から赤ちゃんの泣き声が聞こえて来る。


 そんな泣き声が聞こえた瞬間、オイゲンは直ぐさまヘレーネの下に向かい、そして、ヘレーネの姿を彼が見た時、その手には1人の赤ん坊が抱かれていた。



「貴方、元気な男の子ですよ」



 ヘレーネが優しく微笑みながらオイゲンに告げると、オイゲンはどうして良いか分からずオドオドしたが、自分の息子をしっかりと見て、父親として落ち着いた。



「名前はもう決めていたな。男の子だったら。この子の名は、だ」



 この日、生まれた男の子はまだ、自分がどういう人物なのか思い出してはいなかった。そして、自分がどういう道を進む事になるかなど、知る由もなかった。




 世暦せいれき1898年4月5日


 エルヴィンは4歳になっていた。


 両親との生活はそれほど裕福ではなかったが、幸せな家庭だと言えた。


 父のオイゲンは、男爵の爵位を持つ貴族だったが、領地を持たず、政治にも関わらない、名ばかりの貧乏貴族である。

 オイゲンは10歳の時に両親を亡くし、祖父の下で育った。そして、15歳の時に学費が無料の陸軍士官学校に入り、18歳の時に卒業。その後、帝国陸軍に入り、現在は26歳の少佐である。


 母のヘレーネは、有名な実業家の娘だった。

 オイゲンとは16歳の時に出会い、お互いに恋に落ちたが、ヘレーネの両親からは、うちの財産が目当てだとして猛烈に反対され、彼女は家を捨て、オイゲンと結婚した。


 エルヴィンは優しい両親と暮らしながら、幸せな人生を送っていた。


 しかし、この日、ある出来事が起きる。


 エルヴィンは両親と散歩中、2人とはぐれ、迷子になった。そして、誤って大通りに出た瞬間、猛スピードで走る馬車に轢かれそうになったのだ。


 ギリギリの所でエルヴィンは、なんとか避ける事が出来たが、転んだ衝撃で頭を強く打ち、視界が暗転する。


 その瞬間、エルヴィンは前世の記憶を思い出し、そして、自分が別世界からの転生者であることを自覚した。




 前世のエルヴィンは普通の少年だった。しかし、幸せな人生とは言えなかった。


 少年は3歳の時に両親が離婚して以来、父親と2人で生活していた。

 父親は良い人で家庭に不満は無かったが、小学校に入った時、母親が居ないという理由で、酷いいじめを受ける。




 中学生の頃は自分がいじめられる事は無かったが、同じクラスでいじめられている生徒が居た。そして、その生徒はいじめに耐えきれず自殺する。


 それを見て、聞いた少年は、小学校時代をフラッシュバックし、人というものに憤りを感じ、人間不信に陥ってしまう。




 高校生になった時には、少年は不登校になっていた。

 人間は醜く、悲惨で、下らない存在であると。そして、自分もその1人であると思い、自己嫌悪に陥いり、現実逃避をするように、元々の趣味だったアニメやゲーム、漫画にふけったのだ。


 そんな光の無い生活を送っていたある日、少年はあるゲームに出会う。


 そのゲームは戦国時代の殿様になって、領地を運営するというものだった。


 そして、少年はその登場人物達に感動した。


 主君を庇う臣下、民のために働く君主たち、こんな素晴らしい人達が昔、存在していた事に、彼は感銘を受けたのだ。


 それにより、少年は昔の人々に憧れを抱き始め、歴史に興味を持ち始める。




 少年は歴史について調べた。といっても、一般人に毛が生えた程度であったが、多くの偉人、歴史上の人物に心打たれるには十分であった。


 歴史上の人物達の魅力に触れた少年は、彼等にもっと深い興味を抱いていき、そして、歴史関連の職種に就きたいと思い始める。




 少年はやっと掴んだ夢を父に告げると、それを叶える為、高校に通い始めた。そして3年後、歴史学部のある大学への進学を目指し、その受験の為、受験会場に向かった。


 その途中だった、


 路面凍結でスリップした車にかれ、命を落としたのは……。




 エルヴィンは自分の前世を一通り、夢という型で振り返った後、病室で目を覚ます。

 目を開けて最初に見た光景は、心配そうに自分を見つめる両親の顔だった。


 オイゲンとヘレーネは意識を取り戻したエルヴィンを見て、嬉しくて泣き、母は抱きつき、父は微笑みながら号泣していた。


 前世の記憶を取り戻したエルヴィンは、オイゲンとヘレーネの事を、大事な両親だと思い続けていた。記憶を取り戻す前の感情も、エルヴィンは残していたのである。

 エルヴィンは両親に心配を掛けた事を申し訳なく思いながら、ふと前世の父を思い出した。


 前世の父はエルヴィンにとって、唯一の未練だったからだ。


 そして思った、前世の父に返せなかった分の恩を、この人達に返そうと。そして、前世で果たせなかった、歴史関連の仕事をするという夢を果たそうと。


 それ等を果たす為、エルヴィンは、この世界の事を歴史を中心に勉強し始めるのだった。

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