2-5 ルートヴィッヒのお節介

 アンナが疲れた様子で溜め息をく姿を見て、ルートヴィッヒは慰めるように笑みを浮かべた。



「そんな落ち込まなくても良いだろう? たった1日、エルヴィンとになれなかったぐらいで……」



 それを聞いたアンナは、ピクリと反応した。


 それに気付かず、エルヴィンは、ルートヴィッヒの発言に不思議そうな顔で返した。



「何でアンナが、私と2人きりになれないで落ち込むんだ?」


「それはだな〜……」



 ルートヴィッヒが話そうとした瞬間、アンナは腰の拳銃を触りながら、これ以上何も喋るなと言わんばかりに、彼を睨み付け、ルートヴィッヒは、アンナがまた殺意混じりの視線を向けている事に気付き、目を横に逸らしながら、彼女に撃たれないよう、どう話を変えようか考え、捻り出した。



「そう! 2人きりだと、仕事の話がしやすいからな!」


「まぁ、そうだろうね」



 2人の会話を余所に、アンナは黙って立ち上がると、資料を机の上に置き、客間出口に向かった。



「エルヴィン、少し席を外します」


「あぁ、どうぞ……」



 アンナは一言残し、客間を後にした。


 そして、客間からある程度離れたのを確認すると、突然、頭を抱えてしゃがみ込んだ。



「気付かれてないよね⁈ 気付かれてないよね⁈」



 アンナは恥ずかしさで顔を真っ赤にし、自問自答しながらもだえ始めた。


 が、エルヴィンに気付かれていない事を願って。




 アンナが客間から出て行く姿を、ルートヴィッヒはやれやれと思いながら見送った。そして、ふとエルヴィンにある質問をする。



「なぁエルヴィン、アンナの事どう思う?」


「ん? なんだい突然……」


「いいから!」



 エルヴィンは質問の意図がよくわからなかったが、別に後ろめたい事もなかったので、素直に答えた。



「良い友人だと思うけど……」



 欲しかった答えの斜め上の返事が返ってきた事に、ルートヴィッヒは呆れて頭を抱えた。



「そういう事じゃなくて、見た目とか……精神面とか……アンナと居る時、どう思うかって事だ!」


「ん? まぁ、美人で性格も良い女性だとは思うが……」


「まぁ美人だけど、そう言う事でもなくて……」



 ルートヴィッヒは続けて何か言おうとしたが、エルヴィンの鈍感さを改めて理解し、諦めて口をつぐんだ。



「もういい、今の忘れてくれ……」


「ん? そうか?」



 エルヴィンは、結局、何だったんだと思いながら、コーヒーに口をつけた。


 そんな何も知らないエルヴィンを余所に、ルートヴィッヒは改めて、「エルヴィンとアンナはいつ、付き合うのだろうか?」と心配になっていた。


 アンナの奴、早く告白すりゃあ良いのに……まぁ、エルヴィンがアンナを好きになれば、両思いでアッサリ解決するんだが……。


 ルートヴィッヒは心の声を閉ざすと、その続きを、腕を組みながら口にする。



「アンナの奴、美人でスタイルはいいんだが、胸がな〜……森人エルフ族のサガと言うべきか、小さいからな〜……ほんと板だよ板……」



 ルートヴィッヒがそんな事を言っていると、エルヴィンは突然、顔を青くした。


 ルートヴィッヒの後ろで、アンナが、ルートヴィッヒを殺意に満ちた鋭い目で、睨みながら立っていたのだ。


 エルヴィンはルートヴィッヒに独り言を止めるよう制止するが、ルートヴィッヒは止めなかった。

 そして、アンナは右手を開くと、ルートヴィッヒの頭を思いっきり引っぱたいた。



「痛ってぇ‼︎」



 ルートヴィッヒはジワジワ痛む頭を押さえながら、背後にいるアンナの方を振り向いた。



「なにすんだテメェエッ‼︎」


「なにすんだ、じゃないでしょう! 人の悪口言っておいて……」


「事実を言っただけだろ? 事実を言って、なにが悪い!」



 アンナの怒りは頂点に達し、腰の拳銃に手をかけた。



「男爵様、この馬鹿を射殺する許可を下さい」


「別にいいけど、ここで殺さないでね。クズの血で床が汚れるから」


「お前らひでーなっ!」



 そんな会話をしていると、アンナが部屋の壁に立て掛けられたら時計を見て、急に慌てだした。



「もうこんな時間! 早く司令部に戻らないと!」



 アンナは呟くと、拳銃から手を離し、客間を出ようとし、ルートヴィッヒはそれを見て、命が助かった事に安堵しながらアンナが出て行くのを傍観した。


 すると、アンナは部屋を出る手前で立ち止まり、ルートヴィッヒの方に視線を向けた。



「なんだよ?」


「司令が貴方を探してましたよ、今日の早朝、挨拶に来なかったから」


「やっべ!」



 ルートヴィッヒは慌ててソファーから立ち上がり、上着のボタンを急いで締めながら、客間出口に向かった。



「エルヴィン、それではまた後で……」


「俺もまた来るからな……じゃあ…….」



 アンナとルートヴィッヒはエルヴィンに挨拶をし、客間を駆け足で後にして、慌しくも、部屋を去って行った彼等を、エルヴィンは手を軽く振りながら見送った。


 2人が屋敷から去った後、1人ソファーに座るエルヴィン。良き友人に囲まれた自分の今の生活がどれ程、幸せな物か実感し、その幸福感と共に、静かに、少し冷めたコーヒーを味わうのだった。

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