2-4 地方軍

 食事を終えた後、エルヴィン、アンナ、ルートヴィッヒの3人は客間に向かうと、中央にある1つのテーブルを囲むように置かれた、3つの1人用のソファーに3人はそれぞれ座った。

 そして、使用人が持ってきたコーヒーを飲みながら、最初にルートヴィッヒが口を開いた。



「いや〜っ、やっぱり、テレジアちゃんの作るご飯は最高だな。お嫁さんに欲しいぐらいだ」


「君には、うちの妹はやらない!」


「やれやれ……あまり過保護なのは良くないぜ?」


「なんと言おうと、妹はやらない!」


「チェッ」



 ルートヴィッヒが軽く舌打ちをすると、アンナが彼を見ながら話題を変えた。



「ルートヴィッヒ、食事の前の御祈りをしませんでしたね。今までの素行と合わさって、神罰が降るんじゃないですか?」


「俺は神なんて信じてないからな。そんなの怖くねぇよ」




 ゲルマン帝国における国教は、イスメア教と呼ばれる宗教である。


 イスメア教は、名を知ることすらはばかれる絶対神を主神とし、その神に仕え、世界を創造した7柱の神達を崇めている。

 火の神ファイム、水の神アウォー、地の神グラース、風の神ブリード、雷の神サント、闇の神サーク、光の神シャイト。


 食事の前に祈りを捧げる地の神グラースは、大地を創造し、緑と恵みをもたらした神とされる。




「まったく……不信心ですね」



 アンナはルートヴィッヒに呆れつつ、「本当に神罰が降ればいいのに」と割と本気で思っていた。



「そろそろ、仕事の話をしましょう。フライブルク軍について話し合わないといけない事があるので」


「じゃあ、俺も居た方が良いよな」


「まぁ……そうですね……」



 アンナは顔には出さなかったが、明らかに嫌そうな雰囲気を醸し出していた。

 ルートヴィッヒもそれには気付いていたが、苦笑をこぼすだけで、気付かぬふりをするのだった。




 ゲルマン帝国における軍隊は大きく分けて2種類存在する。

 皇帝を最高司令官とする"正規軍"と、各地の領主を最高司令官とする"地方軍"である。


 正規軍は主に、他国への侵略や国境付近の防衛を主任務とする。

 一方、地方軍は、領地内における治安維持や領地の防衛を主任務とする。しかし、実際は領主が違うだけで仕事の種類はかなり違っており、現状では領主の所有物、私兵という扱いとなっている。中世の、領主直属の騎士団、その延長線上の物と考えるのが早いだろう。


 フライブルク軍もそんな地方軍の1つであり、最高司令官はエルヴィンである。

 主任務は町の治安維持と、素材集めや魔獣被害防止の為の魔獣の森での魔獣狩りであった。


 ルートヴィッヒはそのフライブルク軍に属しており、アンナはこちらにも所属している。軍服が違うのはその為である。




 アンナはエルヴィンとルートヴィッヒに資料を渡すと、アンナも自分の資料を見ながら説明を始めた。



「ここ数ヶ月、ヴンダー近郊で、魔獣の出現量が増えています。その為、魔獣討伐の部隊に負傷者が続出しています」


「冒険者が居たら、俺たちが魔獣退治なんて危険なことをする必要はねえんだがなぁ……」



 話の腰を堂々と折るルートヴィッヒにアンナは呆れつつ、「命がけの仕事である事を、やはり心配してるのだろうな」と思い、優しさで、安心させる様にさとした。



「冒険者という仕事が無くなって、400年近く経っています。今や、魔獣が居るのは、この大陸では魔獣の森ぐらいなものですから、冒険者が復活することはないでしょう。危ない仕事ではありますが、魔獣被害を減らす為にも、私達が頑張るしかありません。それに、貴方は一応、優秀ですから、そんな心配する必要はありませんよ」



 真面目に良心でルートヴィッヒを励ますアンナに、彼の真意を知っているエルヴィンは、苦笑を浮かべた。



「アンナ、ルートヴィッヒは只、仕事を少なくして、女の子と遊ぶ時間を増やしたいだけだよ」


「失敬な! 女の子だけじゃなく、熟女もだ!」



 ロクでもない事実に、アンナは間違った恥ずかしさと、怒りが湧き上がった。そして、それを抑えながら、ルートヴィッヒを冷たい眼差しで睨み付けた。



「今、私の腰には拳銃があります。次、下らない事を言ったら撃ちますよ」



 殺気満々に睨んでくるアンナに、ルートヴィッヒは顔を真っ青にした。



「以後、気を付けます……」



 アンナは咳払いをし、気持ちを整え、話を再開した。



「兵士の負傷続出をかんがみて、司令は、魔獣が増えたので、魔獣狩りの範囲を小さくしたいと言っています。その際、魔獣の生息範囲の情報不足、魔獣から取れる素材の減少が危惧されます。その際の予測が紙に書いてありますので、目を通してください」



 エルヴィンは一通り資料に目を通すと、特に深刻さも無く頷いた。



「これぐらいの縮小だったら、魔獣被害の予測にあまり影響は無いし、魔獣素材の採取量が減るのは領地の財源に少し痛手だけど……まぁ、何とかなるかな」



 エルヴィンの発言を聞き、同じく資料に目を通していたルートヴィッヒは首を傾げた。



「魔獣素材って、そんなに売れるのか? 採取量が減るといっても、日2、3体ぐらいだろ? そんな深刻でも無いと思うが……」



 エルヴィンはどう説明するか少し考えると、ルートヴィッヒに視線を向けた。



「スライムって居るだろう?」


「あ〜っ、あの雑魚な。あれがどうした?」


「スライムの身体、1体で10万ライヒ(1ライヒ=60円)はする」


「まじか!」


「スライムの身体は、万能薬の素材になるとかで、そんぐらいで売れるんだ。1番安いのでそれだから、魔獣1体分の平均金額は……」



 エルヴィンは手に持っていた資料を裏返し、机にあったペンを手に取ると、資料の裏に平均金額を書き記し、ルートヴィッヒに見せた。


 そして、その桁数を見たルートヴィッヒは目を丸くした。



「うっわ! こりゃ問題にもなるな!」


「領地の特産が魔獣素材だけで、他の領地に輸出できるのもそれぐらいだから……魔獣素材が取れなくなると、この領地の財政、破綻するんだよ」



 アンナは咳払いをし、2人の会話を制止させた。



「2人共、そろそろ話を戻して良いですか?」


「おっと、すまない……再開して良いよ」



 エルヴィンはペンを机に置き、資料をまた裏返し、また目を通した。

 2人の聞く姿勢が整った事を確認し、アンナは気を取り直して話を再開した。



「次に、新たに軍への入隊希望者が8人ほどいます。その審査についてですが……」


「そういう事は司令にお任せするよ。司令の方が彼らと接する機会が多いだろうからね」


「分かりました、司令にはそう伝えておきます」



 その後、3人は1時間ぐらい話をし、話を終えた後、アンナは2人に渡した資料を回収した。そして、やはり、呆れた様子でルートヴィッヒに視線を向ける。



「ルートヴィッヒ、貴方、結局役に立ちませんでしたね、逆に邪魔でした」


「今回は俺の出番が無かっただけさ」


「エルヴィンとは別の意味で、貴方には疲れさせられますよ……」



 アンナは疲労と心労で、少し溜め息をこぼすのだった。

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