2-2 ぐうたら男爵

 書斎の前まで来たアンナは、早速、扉をノックし、エルヴィンを呼んだ。しかし、返事は返ってこなかった。



「やっぱり……」



 こうなる事を予め予測していたアンナは、溜め息をこぼすと、このまま呼んでも埒があかないと、容赦なく扉を開けて中に入った。


 そして、



「うわぁ……」



 書斎の中を見て思わず声を漏らした。


 目の前には、まるで誰かに荒らされたような悲惨な光景が広がっていたのだ。


 床は書物や紙か散乱し、両端にある本棚が意味を成さず、床に敷かれている筈の赤い綺麗な絨毯は、僅かに顔を覗かせる程度だった。


 そんな散らかり放題の部屋、その床に広がる書物や紙などを掛け布団にし、ゲルマン軍服のズボンとゲルマン軍服の白いワイシャツのまま、それに茶色いベストを着ながら、寝ている男が居た。



「エルヴィン! 起きて下さい! 朝です!」



 元々ボサボサだった頭が寝癖で更に乱れ、貴族とは思えない程の見た目をした男爵、エルヴィン・フライブルクである。


 アンナの声で目が覚めたエルヴィンは、唸りながらも起き上がると、瞼を重そうにしながら目を僅かに開き、彼女に視線を向けた。



「おはようアンナ……そして、おやすみ……」



 エルヴィンは瞼を重さに任せて閉じ、また書物と紙の敷布団に身を預けた。堂々と2度寝を決め込んだのである。


 そんなエルヴィンを、アンナは目を細めながら見下ろしつつ、突如、腰から拳銃を抜き出し、銃口を上に向けて引き金を引いた。




 屋敷中に銃声が轟き、それは1階にいたテレジア達にも聞こえていた。



「兄さん、また、アンナさんに過激な起こされ方されてるのかな……?」



 テレジアはそう思いながら、日課の事なので、あまり気にせずに料理の盛り付けを続けた。




 銃声で流石に目が完全に覚め、飛び起きたエルヴィン。やっと起きた彼を眺めつつ、アンナは銃を腰のホルダーにしまった。



「おはようございます」



 何事も無かったかの様に、何食わぬ顔で挨拶をするアンナに、エルヴィンは不満そうな視線を向けた。



「アンナ、毎朝、銃声で起こすの止めてくれないかな? 撃たれるんじゃないかって怖くなる」


「空砲ですから大丈夫ですよ」


「いや、そういう問題じゃなくて……もっと過激じゃない起こし方が有るんじゃないかって話だよ」


「これでも穏便な方ですよ?」


「……え?」


「本当なら、身体に綱を巻きつけて、そこの窓から吊しますから」



 アンナの空砲より過激極まる起こし方に、エルヴィンは想像し、恐怖のあまり悪寒と寒気に襲われた。



「そうならないように、ちゃんと起きるようにして下さい」


「つまり、そうなる可能性があるということだね……善処します……」



 エルヴィンはそう言いながらも、自分でも「絶対に改善しないだろうな」と思うのだった。




 僅に眠気を残しながら、立ち上がり、背を伸ばしたエルヴィンは、アンナと共に、僅な足場を探して歩きながら、荒れ放題の書斎を後にした。

 そして、テレジアが待つ食堂へと向かうが、その道中でも、アンナの注意は続く。



「エルヴィン、また寝室のベッドじゃなくて書斎の床で寝てましたよね? しかも、また軍服使い回して……寝間着に着替えろては言いませんが、せめて着替えて寝て下さい!」


「ベッドは寝づらくてね、床で寝る方が慣れてるし、もうこっちで良いかなと思って……」



 前世でも、ベットじゃなく布団で寝てたし。



「軍服は戦場で慣れてしまってるから、これもコッチで良いかと思って……」



 着替えるの面倒臭いし。



「どんな格好でも、グッスリ寝れる方が良いだろう?」


「じゃあ、せめて地べたじゃなくて、何か敷いて寝てください!」


「はいはい、 わかったよ」



 エルヴィンのなんとも軽い返事に、アンナは満足はしなかったが、話はもう1つの問題に移った。



「それは置いとくとしても……貴方は少し、部屋を片付けようとしてはいかがですか? 何ですかあの惨状は、あれじゃあまるで、強盗に入られた様じゃないですか」


「家には執事が1人、使用人が3人居る。彼らから私の書斎の掃除という仕事を奪うわけにはいかないだろう? だから、私はわざと書斎を散らかしたままにしているのさ」


「奪った方がその分、しなければならない仕事が減って、彼らは少し楽ができると思うのですが?」


「そうかもねぇ……」



 またも軽い返事に、アンナは頭を抱えながら、溜め息をいた。



「これだけ言っても、貴方は改善しませんよね……毎朝、同じ注意している気がします」


「気がするんじゃなくて事実だね。毎朝、同じ注意されてるよ」


「なのに、直す気ないんですね」


「ない!」



 悠々と即答するエルヴィンに、アンナはまたも呆れて、更に大きな溜め息をいた。




 エルヴィン・フライブルク、ヴンダーの町を中心とする領地を治める貴族である。

 しかし、当人は仕事をよくサボる怠惰な人間で、生活能力は絶望的、見た目もだらしなく、貴族とは到底思えない性格と外見をしていた。

 そんなだらし無さの塊の様な人柄から、領民達からは"ぐうたら男爵"などと呼ばれる始末である。


 アンナは、そんな不名誉なエルヴィンの肩書きをなんとかしようと、まともな貴族にしようと努力しているのが、全く進歩する気配は無かった。そして、もうどうすれば良いか分からず、頭を抱えるしかなかったのだ。



「完璧になれとは言いませんから、もう少し貴族らしくなる努力をして下さい」


「そうだね……多少は努力するよ」



 絶対努力しないな、この人。


 エルヴィンの言い方から、やる気が無い事を、アンナは悟るのだった。

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