第2章 エルヴィン・フライブルクという男

2-1 領地での朝

 ノース大陸中心部には、横長に口を開けた様に巨大な森が広がっている。

 ゲルマン帝国東国境線の中央部に接し、ブリュメール共和国南国境線全てが接するこの森は、大陸で唯一、魔獣が生息しており、神話の時代から多数の魔獣が生息していることから、"魔獣の森"と呼ばれてきた。

 また、魔獣が多いことにより統治が難しいとされ、周辺の町や村では魔獣被害が多発している事から、どの国もこの森には手を出さずにいた。その為、完全な中立地帯となっている。


 そして、その危険な森のすぐ横、そこにゲルマン帝国フライブルク男爵領が存在する。




 世暦せいれき1914年5月5日


 フライブルク男爵領の領都ヴンダーは人口およそ5万人。魔獣の森からの獣の侵入を防ぐ為、周りを大きな城壁で囲まれており、東側と西側に1つずつ城門が存在する。

 東門は魔獣の森と接する為硬く閉ざされ、西門からは街道が続いており、夜以外は解放され、多くの車や人が行き来していた。

 町の中は、コンクリート製の建物が少なく、高さも最高で3階建の建物達が立ち並んでいるが、近代化途中と呼べる技術は感じられ、領民は、帝国では珍しく、獣人族が人口の4割も占めており、他領では珍しいエルフ族も暮らしていた。


 そんな他領とは違う独特な地、ここを現在治めているのが、フライブルク男爵家現当主であるエルヴィンである。


 そして、現在、このヴンダーの地でエルヴィンとアンナは、ブリュメール方面軍総司令部でのヴァルト村の戦いの事後処理を終え、次の辞令を待ちがてら、束の間の休日に浸っていたのだった。




 朝、小鳥がさえずる中、フライブルク男爵家の屋敷の扉の前を、正規軍とはまた違った軍服を着た、美しい森人エルフの少女アンナが立っていた。


 屋敷は領主の館にしては小さく、木造2階建の質素な建物であり、中々に年季のある雰囲気である。


 そんな屋敷に来たアンナ、彼女は扉横に付いていた呼び鈴を鳴らした。



「は〜い!」



 すると、綺麗な少し幼気な少女の声で返事が帰ってきた。

 そして、少しして扉が開くと、茶色いショート髪の15歳ぐらいの可愛いらしい女の子が顔を出した。



「こんにちはアンナさん」


「おはようございます。エルヴィンはいつも通り?」


「はい、兄さんなら上の書斎だと思います」


「ありがとうございます、テレジア様」



 テレジア・フライブルク、エルヴィン・フライブルクの妹である。

 髪や瞳の色は兄と同じくブラウンだが、髪は健康的でつややか、その瞳には光はあるが濁りが無く、純粋無垢という印象を与える。初対面の人間は、彼女がエルヴィンの妹である事など到底、想像がつかないだろう。


 テレジアは優しい穢れのない笑みを見せると、アンナを屋敷に招き入れた。



「アンナさんは、もう朝食済ませましたか?」


「いえ、まだですよ?」


「では、御一緒しませんか? 今日はパンが上手に焼けたんです! 是非、アンナさんも召し上がって下さい」



 テレジアの格好はよく見るとエプロン姿で、両手には小麦粉の白い粉が付いていた。


 フライブルク家の屋敷のご飯は全てテレジアが作っている。本当であれば使用人に任せる所だが、使用人達の作る物より、明らかにテレジアの作る物の方が美味しく、本人も料理するのは好きだったので、結果テレジアが厨房を担っていたのだ。


 アンナはテレジアに微笑み返すと、直ぐに返事を返した。



「では、お言葉に甘えさせて頂きます」



 アンナの了承を得たテレジアは、パアッと更に嬉しそうな笑みを浮かべながら、厨房へと向かっていき、そんな清廉な少女の後ろ姿を、アンナは、まるで姉の様な気持ちで、ホッコリしながら眺めた。



「さて……」



 暖かい気持ちに心癒されたアンナだったが、直ぐに気持ちを切り替え、仕事人の真面目な表情に変えた。



「"ぐうたら男爵"殿を起こしに向かいますか……」



 アンナは細やか憂さ晴らしを含めてエルヴィンの悪名を呟きつつ、2階のエルヴィンの書斎へ向かった。

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