1-14 傲慢故の敗北

 帝国兵が共和国軍の罠に見事ハマった光景に、ヴァランス大佐は上機嫌になった。



「なんと壮観な光景だっ! こうも容易く俺の作戦がハマるとはっ! にしても、敵も間抜けだな、たった400程度で攻めてくるとは……もしや、これが全軍なのか?」



 共和国軍に包囲された帝国兵達、しかし、彼らは必至に応戦した。


 木の後ろや、茂みに隠れながら銃を撃ち。装弾が切れたら弾を込める。弾を込めたらまた撃つ。その繰り返しである。


 そして、敵と戦う内に、味方の銃弾で敵が次々と倒れていき、少しずつ、敵の数が少なくなっていく。


 しかし、3倍近くの敵兵に囲まれ、勝利を得る筈がない。


 1発撃っても、敵から3発以上返ってくる。


 敵を1人倒しても、味方が3人倒される。


 ある者は足を撃たれ立てなくなり、ある者は肩を撃たれて銃が撃てなくなり、ある者は手榴弾を受け、身体の一部が吹き飛ばされた。


 戦場は最早、共和国軍による帝国兵の虐殺場となっていたのだ。




 正に危機的状況の帝国軍。カッセル少佐の下には各中隊、小隊からの援軍要請が絶えず届いていた。



「第2中隊に援軍をっ!」


「小隊長がやられました、どうか救援をっ!」


「我が部隊は壊滅寸前、どうか増援をっ!」



 度重なる窮地の報を聞き、カッセル少佐は敗北の恐怖で冷静さを失っていく。そして、とうとう爆発し、兵士達に怒鳴り散らし始めた。



「貴様らそれでも帝国軍人かぁあっ‼︎ この俺が直々に命令を出しているのに、このざまとはどういうことだぁあああああっ‼︎」



 カッセル少佐は近くにいた兵士を睨みつけ、指をさした。



「貴様、俺の命令に従っていないだろっ‼︎」



 また、別の兵士を睨み、指をさした。



「貴様、必勝の信念を持たなかっただろっ‼︎」



 カッセル少佐は、見える範囲にいる兵士を、一瞥いちべつし、睨み付けた。



「貴様らが卑しい平民で、下賎な獣人だからいけないのだっ‼︎ 俺の命令を忠実に実行できない無能な貴様らがいけないのだっ‼︎」



 この時、カッセル少佐は完全に正気ではなく、その姿は最早、普通の兵士達から見ても見るに耐えぬものだった。


 そして、カッセル少佐は一頻ひとしきり怒鳴り終えると、帝国兵達の戦意を完全に打ち砕くのに十分な言葉を、最後に投げかける。



「貴様ら、この俺の囮になれ……」



 その言葉を聞いた兵士達は、目を丸くし、耳を疑った。



「貴様ら消耗品ごときが、このカッセル侯爵家の生まれたる俺のために死ぬ。無能な貴様らには、既にそれほどの価値しかない! なに、これは名誉なことだぞ? この高貴なる俺のために死ねる名誉を、貴様ら消耗品に与えるのだ。だから、心置きなく、敵と戦い死んでいくといい……」



 少佐の話しは、帝国兵全員には聞こえてはいなかった。しかし、聞こえた者達の心は、この時、完全に折れた。


 そして、その帝国兵達は次々と銃を下ろし始め、そんな部下達の様子を見たカッセル少佐は、また怒りを爆発させる。



「まだ敵がいるのに、なぜ銃を下ろすっ‼︎ 敵に勝利を譲る気かぁあっ‼︎ この売国奴どもがぁあああああああっ‼︎」



 カッセル少佐は怒鳴り続けた、兵士達を戦わせ続けるために。しかし、怒鳴り続ける度、兵士達は次々と銃を下ろしていく。



「この腰抜けどもがぁあっ‼︎」



 カッセル少佐がそう叫んだ時だった。少佐の足下になにかが転がってきた。



「ん? なんだ?」



 それに気付き足下を見た少佐、そして、その顔は青く染まった。



「こ、これは……⁉︎」



 足下の物体、それは手榴弾であったのだ。


 命の危機迫った少佐は、慌ててその場から離れ、出来るだけ遠くに逃げるため走った。すると、木の根につまずき、転んだ。


 その時、手榴弾があった場所から爆発音が聞こえたが、少佐には傷1つ付かなかった。逃げ切ったのだ。


 手榴弾の炸裂音を聞き、カッセル少佐は後ろを見ながら安堵した。



「助かった……」



 そして、カッセル少佐は前を向き、起き上がろうと、てのひらを地に付ける。


 しかし、その目の前には、鉄の塊が落ちていた。


 それを見たカッセル少佐から、再び安堵が消え、恐怖と絶望が浮き上がった。


 その鉄の塊も、手榴弾だったのだ。


 そして、今度は間も置かずに、手榴弾は炸裂した。




 その頃、カッセル少佐の従者は、帝国軍が劣勢になって以来、木の後ろにうずくまって、震えていた。


 従者の耳にも手榴弾の炸裂音が聞こえ、そして、音が聞こえすぐ、従者の目の前に、何かが転がってきた。



「ひっ! ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ⁉︎」



 それを見た従者の顔は恐怖の色に染まった。


 転がってきたそれは、手榴弾で顔の原型が崩れた、カッセル少佐の生首だったのだ。


 従者は悲鳴をあげながら立ち上がると、恐怖のあまり逃げ出したが、そこを敵の銃弾が襲い、頭を撃ち抜かれ、従者は地面へと倒れ、絶命した。




 指揮官を失った帝国軍、彼等の戦意は完全に喪失し、兵士達の脳裏には降伏という二文字が浮かび始めていた。


 一方で圧倒的に優勢の共和国軍は、勝利を確信し、喜びを噛みしめ始めていた。



「どうやら勝ったな、拍子抜けな戦いだったのはつまらんが……」



 赤髪の兵士が少し不服そうに言葉をこぼし、初老の兵士は安堵し、ヴァランス大佐は勝利の高揚感に満たされる。


 共和国軍の勝利は確実だったのだ。


 いや、であったのだ。


 突然、1発の銃声が戦場に響き、勝利の文字を消すまでは。

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