1-13 傲慢な隊長

 共和国軍本陣では、敵が迫っている事を知った共和国兵達が、迎撃準備に入っていた。



「帝国軍の奴等が攻めてくるぞっ! 全軍で森の中で迎え討つっ! 第2、第3大隊に通信を送れっ! 例の作戦を決行するっ!」


「了解しました、ヴァランス大佐」



 ヴァランス大佐の声には、状況と相反して興奮が混じっていた。

 敵と交戦せぬまま撤退するかもしれないと危惧していたのが、やっと敵と戦えるという満足感で、大佐の心が満たされていた為である。


 共和国軍は準備を終えると、迫り来る帝国軍を目指し進軍を開始した。




 帝国軍はカッセル少佐の指揮の下、共和国軍本陣を目指していた。



「やはり、あの邪魔者が居ないと楽だな!」


「置いてきて正解でしたね、カッセル様」



 カッセル少佐の声色には解放感の様なものがあった。

 エルヴィンという邪魔な人物が居ないという解放的な気持ちで、カッセル少佐は満たされていた為である。


 そして、日頃の奴への不満を、カッセル少佐は堂々と従者にこぼした。



「あの偽善者め……使い捨ての道具のために、撤退しろとかぬかしやがった……」


「全く、愚かな男ですね」


「1戦もせずに撤退すれば、帝国貴族の恥さらしになる。奴は、それすら想像できぬ無能だったのだっ! 」


「帰ったら、奴を糾弾せねばなりませんね」


「そうだな……この戦いにした後、奴を軍法会議にかけ、兄上の力を借りて奴を処刑台に立たせてやるっ!」



 カッセル少佐の周りにいた兵士達は、勝利という言葉に耳を疑った。



「勝利だと?」


「3倍の敵相手に勝利できるわけないだろう……」



 少佐は、弱気な発言を耳にし、それを口にした兵士達を睨み付けた。



「必勝の精神も持たずに、よく帝国軍人でいられるな……貴様らを銃殺刑に処せる権限を、ここで行使してもよいのだぞ?」



 カッセル少佐の脅迫とも取れる発言に、兵士達は恐怖で震え上がり、弁解するように少佐に敬礼した。



「「も、申し訳ありませんっ‼︎」」


「わかればいい……」



 カッセル少佐は、そう言うと、突然立ち止まり、帝国兵全員に聞こえる声で演説を始めた。



「帝国兵諸君、よく聞けっ!」



 少佐の言葉を聞き、帝国兵達は足を止めた。



「敵は、我が方の3倍の兵力を有している。しかしっ! この軍は、数多の戦場で勝利を重ねた英雄、オットー・フォン・カッセルの高貴なる血を受け継ぐ、この私が取るのだっ! 身分卑しいお前達でも、この私の命令に従えば3倍の敵だろうと勝利するのは必定であるっ! よって、必勝の信念を抱き、我が命令に従えっ! さすれば勝利は我らのものぞっ!」


「「「オォオオオオオオオオオオオッ‼︎」」」



 少佐の演説を聞き、帝国兵達は雄叫びをあげた。


 しかし、奮い立ったわけではない。


 ここで雄叫びをあげなければ、隊長に殺されるかもしれないという恐怖心からによるものであった。


 そんなこととは知らず、カッセル少佐は兵士達の雄叫びに気分を良くした。



「さぁ全軍、行軍を再開するぞっ!」



 カッセル少佐の号令と共に、帝国兵達は止めていた足を動かし始めた。


 そして、敵との接触、それまでには、時間は然程さほど掛からなかった。


 前方から複数の銃声が聞こえ始めた後、先頭部隊から、カッセル少佐の下に伝令がやってきたのだ。



「カッセル隊長、前衛部隊が敵と交戦を開始しました! 数、およそ300!」



 その報告を聞いたカッセル少佐は、笑い出した。



「あの偽善者め……なにが敵は3倍だ! こちらよりも少ないではないか! もしや、俺を貶めるために撤退を進言したのか? やはり、奴を軍法会議にかける必要があるな……」



 この時、カッセル少佐の頭には敗北の文字はなく、戦いの勝利を疑わなかった。



「敵が此方より少ないなら、我ら帝国軍が負ける道理はないっ! 全軍、正面の敵を殲滅せよっ!」



 カッセル少佐の命令を受け、帝国兵達は前方の敵に向け走り出した。


 しかし、その時、右側背、左側背から同時に、複数の銃声が聞こえた。そして、後方部隊からも伝令がやって来る。



「右後背、左後背より敵襲。その数、合わせて約600!」



 カッセル少佐の顔が青ざめた。



「なんだと!」



 少佐は、恐怖心が混じった声で叫んだ。


 帝国軍は、正面に約300、右後背約300、左後背約300の共和国兵に囲まれていた。


 カッセル少佐達は完全に包囲されていたのである。

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