1-7 副隊長として

 兵士達が去った後、エルヴィンはもう一度考え込むと、アンナの方に視線を向けた。



「アンナ、第1中隊を呼んで来てくれないか?」


「何か策を思い付いたのですか?」


「いや、まだだよ。取り敢えずの前座かな……やらないよりやった方が良い、みたいなやつだよ」


「一応の命令、という事ですね……わかりました、呼んできます」



 その後、アンナが第1中隊の兵士達を呼びに行き、暫くして、第1中隊がエルヴィンの居るテントの前に集まった。


 そして、エルヴィンは、テントを出ると中隊の兵士達の前に立ち、第1中隊の兵士達は、現れたエルヴィンに一斉に敬礼する。



「第1中隊108名、大尉の命により参上しました!」


「ご苦労様」



 エルヴィンは兵士達に敬礼を止めるよう言うと、兵士達の前で、淡々と話しを始めた。



「敵は、3キロ東方の、森の手前で陣を張っている。数はおよそ400、此方とほぼ同じ戦力だ。当面の方針は、敵の偵察部隊を叩きつつ、此方も偵察部隊を送り込みながら様子を見る事とする。君達、第1中隊には、偵察部隊を叩く役をお願いしたい」



 それを聞いた兵士の1人が手を挙げ、質問を投げかけた。



「敵が"魔導兵まどうへい"を使って、森ごと村を焼く可能性があると思うのですが?」



 "魔導兵"文字通り魔法を使う兵科である。

 大砲などを持ち運ばずとも、それと同等の破壊力を有する攻撃を可能とする為、重要な戦力とされる。しかし、魔法の才がある者自体が少ない為、貴重な戦力でもある。




 兵士から出た最もな意見、しかし、エルヴィンは大丈夫とばかりに笑みを浮かべた。


「それは無いね。敵の目的は、この村を奪取し、帝国侵攻の橋頭堡きょうとうほにすることだ。焼いたら目的を果たせなくなるよ。それに、こんな小競り合いで魔導兵なんて連れてこないよ」



 エルヴィンの意見に兵士達は納得した。




 その後、エルヴィンは、何個かの質問に答え、兵士達から質問が無くなったのを確認すると、中隊を解散させた。


 そして、



「よしっ、終わったぁ……」



 兵士達が全員去った後、エルヴィンは疲れた様に力が抜け、地べたに座り込み、両手を地面に付け、顔を空に向けた。



「いや〜っ、緊張した〜っ、上官としての威厳を保つのも大変だね……」



 エルヴィンが、だらし無くも、僅かな満足感に浸る中、無情にもアンナがダメ出しをする。



「そのだらし無い頭の所為で、威厳なんて元々ありませんよ」


「それ、いつまで引きずる気だい?」


「あなたが直すまでです!」



 エルヴィンは自分の満足感を潰され、少し苦笑を浮かべたが、アンナの意見は最もなので反論出来なかった。




 エルヴィンの髪型の問題はさて置き、アンナは先程から気になっていた疑問を、彼に聞いた。



「そういえばこの大隊、魔導兵がいますよね?」


「あ〜……隊長が自分の力を見せびらかすために連れてきたあの4人か……」


「彼らは使わないんですか?」



 カッセル少佐が連れて来た4人の魔導兵、カッセル少佐の実家、カッセル侯爵家お抱えの魔道師達である。


 カッセル少佐は「自分は辺境の小競り合いに魔道師を4人も連れて来れる権力がある」という下らない自己顕示じこけんじの為に、彼らを連れて来ていたのだ。


 しかし、魔導兵が4人も居れば、敵に魔導兵が居ない事もかんがみて、圧倒的優位な立場になるのには違いなく、彼等を使えば、同数の敵ならば簡単に勝つ事が出来た。




「無理だね、使えない」



 だが、エルヴィンの口から出た返事は、キッパリとした否定だった。



「どうしてですか?」



 アンナがそう問いかけた時、エルヴィンはある方向に視線を向けていた。

 それに気付いたアンナは、エルヴィンの視線の先に同じく目を向けると、その先には、カッセル少佐が居る家があったのだ。

 それにより、アンナは言われずとも理解する。



「隊長が使わせる訳ないですね……」


「その通り! 魔導師は貴重だから、戦闘に出して死なせたくはないだろう。特に、こんな小競り合いではね。聖剣も使わなければ、只の鉄の塊なのになぁ……」



 エルヴィンは軽い文句を吐き捨てつつ、立ち上がり、砂埃を払うと、スタスタと足を進め始めた。


 すると、その背中へ、アンナが軽い軽蔑けいべつと疑いの眼差しを向けた。



「エルヴィン、何処に行く気ですか?」



 エルヴィンはビクッと体を少し震わせると、立ち止まり、冷や汗をかいた。


 

「エルヴィンのテントはすぐ後ろですよ? なぜ、逆の方向に歩くんですか……?」



 エルヴィンの背中の先には、自分のテント、仕事場があり、その中には、大量の決裁の済んでいない書類があった。エルヴィンの行動はまさに、書類仕事から逃げようとしている様に見えたのだ。


 いや、実際、逃げようとしていた。


 エルヴィンは、逃げようとした事がバレないよう、割れ物を扱うように、恐る恐る答える。



「ちょっと休憩に……」


「さっき休憩しましたよね?」



 アンナの容赦ない追求に、エルヴィンは追い詰められた。そして、後ろを振り返り、アンナへ必死に言い訳を始める。



「確かに休憩したよ? でも、その後働いたんだ……次は休んでも良いだろう?」



 アンナは呆れながら溜め息をいた。



「良い訳ないでしょう! さっき、デスクの上の書類の山を見ましたよね? 自分がどれ程、仕事していないか分かりましたよね? どれだけ図太いんですかっ! 今度ばかりは仕事して下さいっ‼︎」



 最早もはや、仕事から逃れる事が叶わないとさとったエルヴィンは、苦笑いした。

 しかし、その笑いすらも直ぐに崩れると、大きな溜め息をき、そして、とうとう流石に諦めた様子で、足取りを重くしながら、渋々、大量の書類の方に足を進めるのだった。

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