1-6 偵察兵からの報告

 2人は少し歩くと、エルヴィンの仕事場であるテントへと到着し、中に入った。


 すると、中に居た2人の兵士が、エルヴィンに気付き敬礼をする。


 2人の兵士は、1人が獣人族、もう1人が人間族で、2人とも18にも満たない若い兵士であった。


 エルヴィンは、なぜ2人がいるのか不思議に思いながらも、2人の兵士に敬礼し返すと、大量の書類が積まれた自分のデスクの横に立ち、アンナはもう1つあるデスクに座った。



「2人は、私に何の用だい?」



 エルヴィンの質問に人間族の兵士が答えた。



「敵陣地の偵察結果を報告しに来ました」



 それを聞いたエルヴィンは首を傾げた。



「ん? それは私より、隊長に報告するのが筋だと思うんだけど……?」


「そう、なんですが……」



 人間族の兵士が妙に言葉を濁すのを見て、エルヴィンはふと、もう1人の獣人族の兵士に視線を向けた。そして、隊長が獣人族を嫌って報告を聞かなかったことを察した。


 ゲルマン帝国では、奴隷制の名残か、獣人族を始めとする亜人種への差別が色濃い。特に、帝国の上流階級たる帝国貴族となれば尚更であり、カッセル少佐はそれを優先したのだ。


 その事に気付いたエルヴィンは、呆れた様子で頭を抱えた。



「やれやれ……敵情報告より、獣人嫌いを優先するとは……」



 私情を優先したカッセル少佐に呆れるエルヴィンだったが、直ぐに息を吐いて気持ちを整えた。そして、手を頭から離し、もう一度2人の兵士に視線を向けると、場を和ませるように、笑みを見せる。



「それじゃあ、報告を聞かせてくれるかい?」



 エルヴィンの笑みの効果か、2人の兵士の上官に対してへの緊張は緩み、獣人族の兵士はあまり臆さずに報告を始めた。



「共和国軍と思われる部隊は、東方3キロの森の手前で陣を張っています」


「敵の兵力は?」


「陣の規模から考えて1個大隊、400程かと……」


「こちらと同じぐらいか……」



 エルヴィンは顎を摘みながら考え込んだ。


 エルヴィン達が所属する大隊の規模も400名程であり、敵と正面からぶつかれば、地理に明るい帝国側が有利である。しかし、



「正面から戦って負けることはないけど……こちらの犠牲も無視できないな……」



 400対400、普通に正面からぶつかれば、犠牲は無視出来ないものとなるのは明白である。


 正面から戦わず、いかにして交戦するか、エルヴィンは頭をひねらせた。



「正面衝突は避けるとして、奇襲? タイミングは? 森の中で……いや、まだ考えるには敵情を知らない。と、なると……」



 周りの様子もお構い無しに、ひたすら策の思案にふけるエルヴィン。


 それを、アンナの一声が引き戻した。



「エルヴィン!」



 アンナの声でふと、我に帰ったエルヴィン。そして、どうしていいか分からず困っている2人の偵察兵に気付き、2人を何も指示せず放置していた事に、申し訳無さそうに頭を掻いた。



「すまない……何も指示していなかったね。2人共ご苦労様、戻っていいよ」



 エルヴィンの指示を聞き、2人の兵士は同時に敬礼した後、テントを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る