1-5 2人の貴族
エルヴィンが部屋を出て行った後も、カッセル少佐は不機嫌そうに、彼が去った後のドアを睨み付けていた。
「まったく、いけ好かん男だ……何が「軍隊は民を守る為にある」だ、偽善者め……まして、下賎な亜人の
それを聞いたカッセルの従者は、すこし驚いた顔をした。
「従者が居るってことは、奴も貴族なのですか?」
「そうだ、奴は貴族だ。しかし、我々とは違い、平民に優しい統治なんていう下らない事をする、変わり者の辺境領主で、しかも、成り上がりの男爵殿だがな。あんなのが我々と同じ貴族とは……全く、腹立たしい限りだ!」
エルヴィンへの不満と
家の外に出たエルヴィン、性格が合わない上官、カッセル少佐から解放された事により、疲労がドッとやって来たのか、大きな吐息を
すると丁度、外で待っていたアンナが彼に駆け寄って来た。
「エルヴィン、お疲れ様です」
「本当に疲れたよ……」
エルヴィンは苦笑いしながらそう返した。
そして、2人はエルヴィンの仕事場であるテントに向け歩き出し、その間、エルヴィンは、カッセル少佐への不満を、ストレス発散の意味も込め、アンナに
「やれやれ……隊長は人の命をなんだと思っているんだ……200人の死が微々たるもので、彼らを避難させること自体を愚かな行為だとさ。自分が彼らと同じ立場だったら、同じことなど言えないくせに……」
「そう思うのでしたら、エルヴィンは何故、そのことを隊長に言わないんですか?」
アンナがそう問いかけると、エルヴィンは頭を掻きながら答える。
「ああいう人間は無駄にプライドが高い。そういった人間はプライドを傷つけられると、傷つけた人間へ何か仕返しをする。まして、隊長は名門のカッセル侯爵家の人間だ、何をしてくるか分からない。私だけに被害が及ぶならまだ良いけど、君や領民達にまで被害が及ぶのは嫌だからね」
それを聞いたアンナは、エルヴィンの優しさを感じ、嬉しく、笑みを浮かべた。
そんなアンナの様子に、エルヴィンは気付かないまま、話を続けた。
「まぁ、
一通り話し終えたエルヴィンはふと、長々と話しすぎたことに気付き、申し訳なさそうに苦笑いし、頭を掻いた。
「アンナ、すまない……少し話し過ぎたね」
アンナに謝るエルヴィン、しかし、当のアンナは優しい笑みを浮かべていた。
エルヴィンが自分に愚痴をこぼしてくれることを、彼女は自分を信頼してくれているという証拠だと思い、嬉しく感じていたのだ。
照れ臭さもあった為か、その笑みは直ぐに消され、アンナは誤魔化すように口を開いた。
「いつものことでしょう? 私がエルヴィンの愚痴に付き合うのは……申し訳ないと思うのでしたら、その気持ちを仕事のやる気に変えて下さい」
「それとこれとは話は別だよ!」
エルヴィンの即答に、アンナは大きく溜め息を
「この際だから言いますけど、せめて髪ぐらい整えたらどうですか? ボサボサのままだと、だらし無く見えます。このままだと兵士達に示しがつきません!」
アンナの意見は最もだったが、素直に従うエルヴィンではなく、彼は悠々と反論した。
「アンナ、我々は激しく動き回る戦場に居るんだ、髪を整えたところで直ぐに崩れてしまうよ。整えたところで無駄だろう?」
「エルヴィンは只、いちいち直すのが面倒臭いだけでしょ」
アンナの的を射た返しに、エルヴィンは苦笑いをして誤魔化すのだった。
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