無色の愛を受け取って
金村 輝
無色の愛を受け取って
「あーあ、腹減った。冷蔵庫になんかあるかなぁ」
彼はキッチンにある買ったばかりの冷蔵庫を開く。そして、段々と疲れた様な表情へとなっていく。どうやら、中身は大した物がなかったらしい。
「どうだった?」
「何もねぇ…」
「ふふ、知ってた」
ソファに寝転がった彼の顔を覗き込んだ。勝手に不貞腐れるのを見てフと可愛いなと思う。私は笑みを零すが、彼は口をへの字にしたまま。
「サキのお母さんから有難く頂いた肉じゃがも無くなったしなぁ」
「君ってば、一日で食べ尽くしちゃうんだもん」
「金もねぇから、もやし生活再開かなぁ」
「えーまた?体に悪いよー」
つい一週間前までもそんな身体に悪そうな生活を送っていたのに、また始める気なのか。とっても心配。
そんな溜め息の中、家のチャイムが響いた。
「ん、誰だろ」
彼は玄関へと足早に向かって行ったので私も付いていく。鍵を捻り、ドアノブを回して開けた。
驚いたことにドアの向こうには私の母さんが立っていた。
「夜分遅くにゴメンね」
「え、母さん?」
「お義母さん!どうなされたんですか?」
私も彼もお母さんがここにいる理由がよく分からない。というのも、母さんは明日から父さんと旅行に行く為早く寝ているはずだった。母さんは遠出をする時、遅くても九時には寝ている。そんな人だった。
「ふふふ、これをどうぞ」
「うわぁ、いいんですか!?」
手渡して来たのは大量の肉じゃが、カレー、あと野菜とかが入った大きなビニール袋。
「母さん、これは?」
「いやね、明日から私達旅行に行くでしょう?だから、この前みたいなもやし生活にならないようにね。これからを生きていく若者には元気でいてもらわないと!」
「ありがとうございます。あ、昨日の肉じゃがのタッパ、お返ししますね」
彼はタッパを取りにキッチンへと急いで走っていく。それを見て、お母さんは微笑ましそうに眺めていた。
「あの様子だったら、大丈夫そうね」
「ふふん、安心してよ。私が傍に付いてるんだから、悲しい時を過ごさせないよ」
「…安心したわ」
安堵の息を吐くお母さんを見て、私自身も安心した。お母さんも、あれから元気を取り戻したらしい。あの頃はお父さんが話しかけても何も口を開かないし、何も食べれてなかったから。
後ろからドアが開く音がした。
「お待たせしました!」
「ありがとうね。それじゃ、私はそろそろ帰るわね」
「ありがとうございました」
手を振ってきたので彼も私も振り返し、ドアを閉める。鍵も忘れずに。
渡された料理諸々を持ちながらリビングへと戻り、早速冷蔵庫に入れて、肉じゃがだけは一部を小皿に移し替えてラップをかける。そしてそれを電子レンジに。
早速いただくようだ。
「待ってる間、ニュースでも見ようかな」
彼はリモコンを手に取り、最近のニュースを確認する。彼曰く、これは面接で時事のことを言われても大丈夫なように、ということらしい。彼らしいというか、抜かりないというか。
暫くニュースを見ていてフと昨日のことを思い出した。
「あ、そういえばさ」
「ん?」
「昨日外で野良猫と戯れてたらさ、公園の方で子供たちの声がしたんだけど、なんだか良くない雰囲気でさ」
「何人ぐらいだ?」
「んー、確か五人」
「五人か」
「そう、それでそのうちの一人が『痛い』とか言ってて、多分いじめかな。でも私には何も出来ないし、どうにか色々と驚かしたりしていじめっ子達を撃退した」
「はぁ、そりゃあひどい話だな」
「ホント、ひどいよね」
後ろからチンとレンジの音が聞こえ、勿論彼はその音の方へと向かう。レンジを開けて中の小皿を取り出し、テーブルまで運ぶ。
目を輝かせながらラップを外し、箸と麦茶を用意。
「うわぁ美味そうだ!いただきます!!」
「ふふ、それで勢い良く食べて火傷するんだよ」
「あっちぃ!」
「ほらね」
予想通りになって呆れたというか、これも彼らしいというか、思わずまた笑みが零れた。彼と一緒に居るだけで笑ってしまう。
「大学の頃から何も変わらないね」
「んー?」
「だってさ、サークルのみんなと居る時も、私といる時も、しっかりしてるのに、何故か慌ててるんだもん」
「はは、懐かしいな」
「みんな、貴方のこと変な奴って笑ってたっけ」
「あの人たち、今何やってんだろう」
「分かんないや。連絡も取れないし」
いつの間にか肉じゃがを食べ終わり、手を合わせて「ご馳走様でした」と感謝し切った声色で呟く。小皿だったからか、食べるのが一瞬だった。
「あー!もう寝よう!疲れた!」
「そうだね、そろそろ寝ようか」
彼は洗面台へと向かい、歯ブラシを濡らして歯磨き粉を乗せ、そのまま口ヘ。
私も眠いので「私、先に部屋で寝てるね」と言い残し、寝室の扉を開ける。そして、布団に倒れ込む。彼の匂いがしてて、とても安心して今にも眠ってしまいそうになる。
「ダメダメ、彼と一緒に寝落ちするんだから」
暫くして、彼が寝室へと入ってきた。いつも通り、布団を見るなりハァと深い溜息を吐いてはドアを閉める。毎日毎日、溜息は幸せを逃がすんだぞ、なんて言っても意味は無いけど。
彼も布団に倒れ、毛布とマットで体をサンドした。
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
いつもの寝やすい体勢になって、彼と体が向き合うようにして重い瞼をやっと閉じる。
「サキ」
「どうしたの?」
「寂しいよ」
「………ゴメンね」
彼の唇にキスをした。
***
「あーあ、腹減った。冷蔵庫になんかあるかなぁ」
僕はキッチンにある買ったばかりの冷蔵庫を開く。そして、僕の表情はほうれい線を深くしていく。案の定だが………
「何もねぇ…」
ソファに寝転がる。最近の食生活に嫌気が差してきて、思わず口角が下がってしまう。
「サキのお母さんから有難く頂いた肉じゃがも無くなったしなぁ。金もねぇから、もやし生活再開かなぁ」
一週間前、サキのお母さんと言うメシアがこの生活を救済していただいたのに、またこれだ。なんて落ち込んでいると、ピンポンとチャイムが響く。
「ん、誰だろ」
待たせてはいけないので玄関へと足早に向かう。ロックを外し、扉を開けた。
驚いたことに扉の向こうにはサキのお母さん、俺からするとお義母さんが立っていた。
「夜分遅くにゴメンね」
「お義母さん!どうなされたんですか?」
お義母さんって、確か明日とかに旅行に行くんじゃなかったっけ。お義母さんの性格上、早くに寝ていると思ったんだけどな。と、何かを後ろで持っているのが見えた。
「ふふふ、これをどうぞ」
「うわぁ、いいんですか!?」
お義母さんの手には、大量の肉じゃが、カレー、あと野菜とかが入った宝箱(ビニール袋)だった。
これには俺も、さっきまでのほうれい線がキレイさっぱりなくなる。
「いやね、明日から私達旅行に行くでしょう?だから、前みたいなもやし生活にならないようにね。これからを生きていく若者には元気でいてもらわないと!」
「ありがとうございます。あ、昨日の肉じゃがのタッパ、お返ししますね」
僕はタッパを取りにキッチンへと急いで走っていく。癖なんだよな、焦ってしまう癖。変な癖だってサキは言ってたけど、その癖を付けたのは紛れもない彼女自身なのだから。彼女に振り向いて貰うために、焦って色々とやらかしてしまう。
その度に彼女は僕の方を見て笑っていた。だから、その笑みを見るために焦っていた。
「お待たせしました!」
「ありがとうね。それじゃ、私はそろそろ帰るわね」
「ありがとうございました」
そっとドアを閉める。おっと、鍵も忘れないように。サキによく怒られてたからな。
渡された料理達を持ちリビングへと戻る。冷蔵庫に入れようと手をかけた時「あ、肉じゃがだけはちょっと食べよう」と思い、肉じゃがは台所に置いた。
小皿に移し替えて電子レンジに入れる。もちろんラップはかけている。
「待ってる間、ニュースでも見ようかな」
リモコンを手に取り、テレビを付ける。これは面接で時事のことを言われても大丈夫なように、とサキには言っていたが、実際は知的に見えるかなと何となく始めたことだった。
これも、サキのお陰で癖になった。
『次のニュースです』
「ん?」
『北海道○○市で多くの住民が通り魔に襲われました』
「何人ぐらいだ?」
『被害者は数十名にものぼり、現行犯逮捕として五十代の男性が捕まえられましたが、誤認逮捕だったとの事です』
「誤認か」
『事件当時、雪で視界が悪い中であったため、被害者は全員顔を確認できておらず………』
「はぁ、そりゃあひどい話だな」
すると、待っていたレンジの音が聞こえた。意気揚々とその音源へと向かい、レンジを開けて中の小皿を取り出してテーブルまで運ぶ。
ウキウキ気分で箸と麦茶を用意して、着席。
「うわぁ美味そうだ!いただきます!!あっちぃ!」
きっと、舌が火傷しただろう。また焦ってしまった。ここに彼女がいたらきっと笑っていたのだろう。
『さぁ、今日も始まりました!「あの人は今何を?」』
「んー?」
テレビを見ると、いつの間にかバラエティ番組が始まっていた。映っていたのは十年前にブレイクしたお笑いコンビの、当時の映像だった。
「はは、懐かしいな」
『このコンビそういや観ないねー』
「あの人たち、今何やってんだろう」
小腹程度の満たしだったので直ぐに食べ終わる。手を合わせて「ご馳走様でした」とメシアとこの世の食物に感謝した。少しの量で、多くの幸せを感じた気がする。
「あー!もう寝よう!疲れた!」
洗面台へと向かう。歯ブラシを濡らし、歯磨き粉を乗せてシャカシャカと心地よい効果音をたてる。ある程度終わったら口に水を含み、洗浄。そして寝室へ。
毎日、彼女が先に寝室で待っていてくれてるのではないかと錯覚してしまう。分かっている、彼女が寝室になんていないことなんて。戸を開け、誰もいない空間を確認する。分かってはいたが、溜息を吐かざるを得ない。
布団に倒れ、毛布とマットで体をサンドした。
「おやすみ」
その言葉は虚しくこだますることなく、いつもの寝やすい体勢になる。いや、彼女が居たから寝やすかっただけであり、今は違和感しかない。
「サキ、寂しいよ」
なんて言ったら、彼女は謝っちゃうんだろうな。
目を閉じる。その拍子に、一つの涙が零れた。全く、情けないよな。でも、不思議なんだよな。
寂しいはずなのに、悲しいはずなのに、温かいんだ。サキと一緒に寝ていた頃のように、ホッとする。
「私はずっと傍に居るよ」
無色の愛を受け取って 金村 輝 @Kanemura
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