12「決闘」
いつものように朝の街並みを見ていると、背後に気配を感じます。
「おはようございます」
いつものように背後精霊のアスモデウスさんでした。
「どうするの?」
振り返るとそのリスはつぶらな瞳で私を見つめております。
「何がですか?」
「君が直面している苦境だよ」
精霊は人の俗世にことさら興味を持ちます。葛藤する私を観察して楽しんでいるのでしょうか?
「私にはどうすることもできません。成り行きに任せる。それが人の運命ですから」
「そう……」
父上は政務庁の閑職に回され、それを辞退いたしました。
急激に膨らむ西方貿易のあおりを受けて、今バシュラール家の領地経営は改革を迫られております。その対処に専念いたします。
何よりビュファン公爵家と、その周囲からの取引が完全に破綻した影響が大きいです。両家の長い蜜月があだとなりました。
兄上は騎士団の仲間と共に、ひたすら魔獣討伐に邁進しております。広がる私の悪い噂から耳を塞ぐように。
それと、決闘へ向けての訓練のつもりもあるのでしょう。
「おっと、お邪魔虫がやって来るね。君を溺愛しているお兄様さ」
精霊様は消えました。そして扉がノックされます
「おはよう。朗報だよ。アルフォンスめ。私の決闘を正式に受領した」
こちらからの会合の申し込み等は、一切拒否されていました。ゆえに話をするには決闘の申し込みしかない。
お兄様の決断でした。
「あまりご無理は……」
「もちろんだ。ただの模擬戦なのだからな。心配するな」
それしか相手と会話をする手段がないのですから、仕方ありません。
決闘といっても命のやり取りではなく、模擬剣を使っての公開修練とでも言うべき制度です。
この闘いに意味などありません。
ただ我々バシュラール家の怒りを表明するセレモニーが、これしかなかったのです。
「これで、せめて話し合いぐらいはしてやろうとの、気持ちになってくれれば良いのだが……」
私はもう破棄の撤回などあきらめていました。これからバシュラール家がこの王国でどう生きていくか、道を探らねばなりません。
◆
そして決闘当日がやってきました。
王宮内にある修練場は異様な空気に包まれていました。集まった観客たちは、どちらかを応援するわけにもいかず眺めております。
ただ木と木が打ち合う音と、時々のどよめき。時折ため息が流れるような空間となります。兄上が打ち掛けるたびに魔力が散り、それをいなすように殿下の魔力が流れます。
男たちの決闘。
その戦いは当初お兄様が圧倒しておりました。
騎士団長なのですから、それは見守る大勢の人たちにとっても当たり前の展開でした。魔獣を切り裂く瞬速の剣技。実戦で鍛えられた本物なのですから。
しかし状況が変わり始めます。
防戦一方だったアルフォンス様が徐々に前に出始めたのです。
私には分かります。お兄様は手を抜いておりません。余裕が焦りへと変わり始めています。
アルフォンス様の重い打ち込みを受けるたびに、お兄様はずるずると後ろに下がります。
スピードが上がりました。避けきれず、受けきれず、体を捻ると剣筋が腕をかすめます。
一体どのようにして、このようなスキルを手に入れたのでしょうか? それは魔力干渉による才能の開花でした。
「ぐっ!」
重たい突きから放たれた魔力がお兄様を襲います。魔力の防護壁を貼り防ごうとしますが、それは粉々に砕かれました。
兄はしたたかに腹を打たれ、そして後に飛ばされます。
戦いは終わりました。私たちの
兄が立ち上がり、勝者のアルフォンス様が剣を納めながら近づきます。
「俺の負けだ……」
「私とて驚いている。これが権威と言うものなのだな」
「権威? くうっ……」
兄は腕を押さえます。女流騎士のマルゲリット様が駆け寄りました。
「では、機会があればまた戦おうか。我が友よ」
アルフォンス様が去り、見物人たちも帰り始め、私たちも第七騎士団の詰所に引き上げます。
「たいしたことない。かすり傷でもないぞ」
「いけません。力を行使している剣技でした。どのような災いが打ち込まれたか……」
「あいつめ。いつの間にあんなスキルを?」
「とにかく魔力治療いたしますから」
「分かった、分かった」
しぶる兄をマルゲリット様が説得します。
どうやらソランジュ様はスキルを開花させる能力を持っているようです。アルフォンス様の心酔も、そのようなところから来ているのかもしれません。
相手に受け入れる素地があってこそ、【魅了】は効力を発揮します。
バシュラール家の完敗でした。全てが負けです。
「俺たちはいつまでも団長についていきますよ」
「そうだ。辺境の連中に、好き勝手させてなるものかっ!」
第七騎士団は若手ばかりが集められておりました。それだけに彼らは何事も直線敵に考えます。
最近ヴォルチエ家が連れて来た騎士たちが、積極的に魔獣討伐に参加していました。ソランジュ様の政策助言によるとの噂です。
私のような立場に追い込まれた者は、私だけではないのかもしれません。
「馬鹿なことを言うものではない。我らは王国の騎士だぞ」
いつも父にいさめられる兄も、ここではいさめる側なのです。
「俺のことより、自分のことより国のことを考えねばならん。それが騎士だ」
マルゲリット様は手当をしながら、目を潤ませてお兄様を見上げます。
悔しさと、負けてもなお失わない
私はただの令嬢です。騎士とは違う何かが心の中で渦巻きます。
それは――復讐⁉
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