11「対決の前哨」

 第三王城アジャクシオの王宮では、定期的に夜会なる社交の場がもたれていた。国の政務高官や第一、二王都の大使が夫人同伴で出席する政治の集まりもあれば、今夜のように若い貴族子弟たちが集う出会いの場など形式は様々だ。


 迎賓館の車寄せに、バシュラール家の紋章を刻んだ貴賓馬車が停止した。颯爽と降り立った第一令息のバシュラール・ヴィクトルはアジャクシオでも名高い若き騎士団長である。

 うやうやしく差し出された手を握るのは、俗世のような雰囲気に染まりがちな夜会を、白に染めるような清純を思わせる大人の女性であった。下車した二人は流れるような自然さで腕を組み入場する。

 全てヴィクトルの妹ディアーヌの振り付けであり、二人は二十回も事前に練習させられていたのだ。


 ヴィクトルとマルゲリット嬢はそのまま会場に入る。

「さて、どうしたものか……」

 このような場所で何をしてよいのか分からないヴィクトルは、とまどいつつ会場内を見回した。まだビュファン・アルフォンス王太子も、あの・・女も来ていない。今夜この場にやって来るという保証もないのだが、最近の出席率は高いとの情報は得ていた。

「昔からのお友達が何人かいますね。挨拶したいのですが、よろしいですか? 団長――いえ。ヴィクトル様……」

「いいぞ。いや、もちろんです。マルゲリット嬢。私もあなたの上司として、ぜひご挨拶したいですね」

「では……」



 少々ぎこちない二人はそれなりに夜会を楽しんだ。マルゲリットの友人たちは、バシュラール伯爵家の第一令息であり、若き騎士団長でもあるヴィクトルに羨望の眼差しを送る。しかしその目は一呼吸後に、破棄令嬢の兄を見る目に変わるのだ。


「やれやれ。けっこう楽しいものじゃないか……。魔獣がいないのは少々物足りんがな」

 二人は一通り会場を回ってから、飲み物を受け取り大きなバルコニーに出る。

「母は魑魅魍魎が策謀を巡らす場だと言っておりましたわ。団長」

「そりゃあ、男女の恋愛戦闘の話だろうな。いや、令嬢も令息たちも家を背負って来ているのかもなあ」

 ヴィクトルは今の自分を思い出す。今この時にも難しい問題を抱え込んだ若き貴族が、解決の糸口を探して奔走しているのかもしれない。自分もその一人だと。


「来ました……」

「ああ……」

 今夜の主役がいよいよ登場した。ルフェーヴル連合王国の次期国王となるビュファン・アルフォンス殿下と、西方の雄と呼ばれるヴォルチエ辺境伯家のソランジュ令嬢だ。

「あいつら……」

 二人はまるで王と王妃のように振舞っているようにヴィクトル見えるのだ。まだ正式な婚約前にもかかわらず。

「どうされるのですか?」

 婚約破棄については、なんとかしたいとの同意見なれど、マルゲリットはヴィクトルを不安げな眼差しで見つめる。

「騎士には騎士の流儀がある。付いてきてくれるか?」

「どこまでもお供いたします。団長」

 一度顔を赤らめて目を伏せたマルゲリットはヴィクトルを見上げる。


 会場に戻った二人は優雅に腕を組み、主役の前に進み入る。この二組の因縁を知っている者たちは自然と後ずさった。気が付かない淑女は紳士たちに腕を引かれて騎士たちの進路から移動する。

 その二人に気が付いたアルフォンスは笑みを浮かべ、両手を大袈裟に広げて見せた。

「おおっ、我が友よ! 久しぶりではないか――」

「たいへんご無沙汰しております。殿下におかれましてはますますのご健勝、なによりでございます」

「よしてくれよ、ヴィクトル。昔と同じアルフォンスでよい」

「そうもいきませんよ。あなたはこの国の王太子であります。アルフォンス」

「ははは――」

 一触即発の事態かと緊張していた周囲はホッと息を吐き出す。二人は以前の噂どおり、旧知の間柄のように気さくに話していたからだ。

「――ところで、そのご令嬢はどなたなのかな?」

 ヴィクトルはチラリとマルゲリットを見てから微笑んだ。

「第七騎士団の部下だ。今夜の俺は部下だけどな」

 その言葉に、アルフォンスも笑顔で返す。ソランジュ嬢は一歩引いたままこやかにしていた。

「本当に久しぶりだね。たまには顔を見せてくれよ」

「面談を申し込んでいたのだがなあ?」

「そうかい? たぶん、どこかで止まっているんだな。悪かったね」

 騎士の顔に戻ったヴィクトルは、左手の白い手袋を静かに外す。マルゲリットは組んでいた腕を外した。投げられた純白の手袋が王太子の胸に当たり床に落ちる。

 きらびやかな夜会の雰囲気は一気に凍りつく。

「ふーん。お前らしいね……」

 ソランジュが前に出てひざまずき、それを拾い上げた。王太子に手渡す。

「さて、これは何の余興だったかな? 我が友よ……」

 アルフォンスの瞳が鋭い刃のようにギラリと光る。この一面を親友のヴィクトルはよく知っていた。

「お前に決闘を申し込むのさ。これならば無視もできまい。剣で語ろうではないか」

「ふっ……」

 アルフォンスもまた左の手袋を外して投げつける。これはマルゲリットが拾い上げた。

「面白い。ところで僕たちの戦績はどうだったかな?」

「昔も今も互角だよ」

 二人の間に魔力の火花が散る。

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