10「元凶との対峙」

 ヴォルチエ・ソランジュ様は入るなり、凛として立ち上がります。私は内面からにじみ出る何かに気圧されてしまいました。この人はそんな令嬢なのです。

 案内してくれた年配の事務員さんは立ち去りました。この話し合いは必ず人伝に噂になります。婚約破棄の正式発表が近く、もう隠す必要がなくなってたのでしょう。一人殿下の慈悲すがっていた私が滑稽に見えるばかりです。

「どうぞお座りになってくださいませ」

「はい」

 一応上座をすすめられましたが、今の私にはそれすらも嫌味に思えていまいす。正式発表前なので、まだ私は王太子殿下の婚約者ではあるのですが……。

「殿下からお聞きしました。大変申し訳なく思っております」

 その令嬢は見た目に似つかわしく、静かに言いました。たぶん全てをお聞きになっているのでしょう。そして、ここでの謝罪は新婚約者宣言と同等でもあります。

「いえ。すべて殿下がお決めになったことですから……」

「残念です」

 この物言いは嫌味ではないのです。この人は本心からそう言っているのだと思いました。

「いえ、あなた様が残念に思うことなどありませんわ」

 ほんの少しの沈黙が続きました。これ以外の話題があるとも思えません。目を伏せて立ち上がりました。一礼いたします。

「それでは、わたくしはこれで失礼いたします」

 ソランジュ様も立ち上がりました。

「それではまた。たまには王宮にも顔を出してくださいね」

「……」

 王宮で開かれる社交界は、もうすでにこの令嬢のためにおこなわれていると言っても過言ではありません。誰もがこの魅惑に、お近づきになりたいと思っていました。

 私にもまだ出席する資格はあります。

 しかしそんなところに顔を出しては、必ず私が物笑いの笑いの種になってしまいます。破棄令嬢がやって来たと……。


 ただ負けを認めただけの初対面でした。


  ◆


 政務庁舎にあった私たちの執務室は引き払われました。学生ボランティア政務からも外されてしまったのです。私は婚約者から追放され、活動の場からも追放されたのです。

 そのようにせよと、アルフォンス様の通達があったのでしょう。


 婚約破棄も正式な王室通達として宮内庁から発令されました。ついに第三王都中、いえ連合王国中が知るところとなったのです。

 その理由はいったい何だ? 西方の令嬢が原因なのか? 反発する貴族もおりますが、ヴォルチエ・ソランジュ嬢の威光にすがってはどうか? と考える者も多いそうです。

 あの・・人は、すでに大勢の人心を掌握しているのです。


 バシュラール家は一切の政務から手を引きました。

 商業活動においても、ビュファン家への協力を断ち切ります。

 意地と言えばそれまでなのですが、このような形で婚約破棄をされ、何もしないわけにはいかなかったのです。

 そしてこれは、アルフォンス様を苦しめるため手段でもありました。



 兄は冷静を装いつつ静かに闘志を燃やしておりました。



 そして夜会の当日、母と私は馬車に乗り込む兄上とマルゲリット様の二人をお見送りいたしました。

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