09「動き出す破棄案件」

 夜会のお手伝いは良い気分転換となりました。出席などできない私の代わりに、楽しんできて欲しいとの気持ちで一杯になります。

 マルゲリット様がバシュラール家の屋敷へとやって来ました。私と母とメイドたちで出迎えいたします。

「ご無理なお願いをいたしまして、申し訳ございません」

「いえいえ。こちらこそ、無粋ぶすい者の息子を引っ張り出していただき感謝いたします」

 母のバシュラール夫人に、マルゲリット様は丁寧に頭を下げるました。母も私も丁寧に頭を下げさせていただきます。兄上関係の令嬢が我が家を訪ねるなど初めての快挙なのですよ。大事件です。

「さあ。準備は出来ておりますわ。どうぞこちらへ」

 私と母で選んだ五着ほどを屋敷に運んでもらっておりました。一流衣装店のスタッフ二名が手伝いに来てくれています。

 社交界で着飾るドレスはレンタルが一般的です。デザインやサイズを直し、小物などを使い皆が最先端と伝統を競い合うのです。


 扉がノックされました。開けますと、騎士正装姿の兄がおります。

「どうぞ。お兄様」

 入るなり兄は無言で驚いたような表情になります。ふふふ、どうですか?

「おー。馬子にも衣装ですねえ……」

 おっと、その言いようは――。でもお兄様の表情からは、照れ隠しと読み取れます。やっぱりとんでもない無粋ぶすい者ですね。

「とても失礼ですわよ。お兄様」

「いや。素直に美しい、と言わせてもらうよ」

 それでよろしいのですよ。お兄……。

「照れくさいですね……」

 そう言ってはにかむ女流騎士様です。なんて可愛らしい姿なのでしょう。これは本番が楽しみです。


  ◆


 翌日、政務庁舎にある私たちの部屋に行くと、マリエルが一人ポツンと座っていました。

「どうしたの?」

「これよ。ちょっと読んでみて……」

 私はテーブルの書類に目をやりました。政務庁舎の正式な書式です。

「本日の職務は休止とする。午前中は執務室で待機し、正午には退庁せよ?」

 リュシーもやって来ました。私はその書類を差し出します。

「ふ~ん。今日がお休みなら、昨日のうちに言ってくれれば良かったのに~」

「この時期に組織改編なんてあるのかしらね」

 書類がないのではなく、上で止まっているのです。マリエル言った理由は妥当ではありますが、たぶん違うでしょう。

 もうこれ以上、親友たちに黙ってはいられません。裏切りになってしまいます。

「実は……」

「ん?」

 リュシーが私の顔を覗き込みます。もう告白するしかありません。

「私はビュファン・アルフォンス殿下に、婚約破棄を言い渡されました。たぶんそれが原因でしょう」

「「……」」

 二人は口をぽかんと開けて私を見ています。マリエルが立ち上がって私に歩み寄りました。

「なんてことですか……」

 そのまま私を抱きしめてくれます。リュシーも寄り添い私の体に手を添えました。

「気が付かなくて、ごめんなさい。そんなことになっていただなんて――、知らなかった……」

 そして唇を噛みしめます。

「正式な発表前に口にするなど、殿下に対する不敬ですから……。だから黙っていましたが、あなたたちにも迷惑をかけてしまいました」

「いっ、いいのよ……」

「そんなの、ひどいよね……」

 マリエルとリュシーと共に私もまた泣きました。


 正午になり女性事務員が指示書を持ってやって来ました。本日は退庁せよとあります。ただし責任者である私には話があるとのことでした。一応このボランティア活動では私がリーダーとなっております。


 そして案内された応接室には、あの・・人が待っておりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る