MAKOTOくんへの手紙

宮崎ひび

MAKOTOくんへの手紙

 Makotoくん、お元気ですか?


 今年に入ってからというもの、あなたの顔を見る機会がすっかり減ってしまったことをさびしく思っています。かわりに見ているものといえば、黒と赤の文字情報ばかり。競争社会というのは、なんて無機質なのでしょう。


 覚えていますか?入学まもない新学期。中学校では算数のことを数学と言うらしいし、英語がちゃんとはじまるし、部活だってあるし、クラスのみんなが新生活のはじまりに浮き足立っているように見えました。

 そんなときに、さっそうと現れてとつぜん英語で自己紹介をするMakotoくんに、ちょっと、というか、かなりびっくりしてしまったのを覚えています。でも、かん違いしないでね。それは、とてもいい意味でのびっくりだったのです。


 Makotoくんは、アメリカから来た転校生とも積極的にコミュニケーションをとっていて(ちなみに、受験勉強をはじめるまで「コミニュケーション」だと思っていました)、夏休みにはアメリカでホームステイもしていましたね。なんでもできる国際人って感じで、すごくかっこよかった。

 わたしも国際交流にあこがれて、海外から来たお友達を作りたいと思っていたのだけど、こんなクソ田舎に海外から引っ越してくる中学生なんていないよね。東京だったら、もっと、湯水のように留学生がやってくるんだろうな、なんて考えていました。


 東京と言えば、2年生の春に東京から転校してきた綾野くん。当時のわたしは、日本で一番ニューヨークに近い(距離の話じゃないよ)のは東京だと思っていたから、綾野くんと仲良くなりたくてがんばっていました。

 けれど、綾野くんはクラスの男子から「しゃべりかたが女っぽい」とか言われてからかわれていました。クソ田舎の男子中学生の言うことなんて気にしなくていいのに、綾野くんは、人混みをかき分けて降り口にたどりつこうとするその前に満員バスが発車してしまったような顔をしていました。


 そのことを、お酒を飲んでいたお父さんに言ったら、「熊本なたいぎゃ大都会ばい。上通と下通ば見なっせ。あぎゃん栄えとうアーケードは余所ん県にゃなかぞ」と言われました。

 確かに上通と下通は人がたくさんいて、お店もたくさんあります。(パルコもあるんだよ!)熊本が大都会なのだとしたら、東京と変わらないんだなと思いました。

 それを知って、東京へのあこがれも、綾野くんへの興味もなくなってしまいました。


 わたしはクラスメートにも興味がなくて(大都会なのになんでこんなにクソ田舎くさいんだろう)、友達は作りませんでした。クラスメートたちも、わたしの家がどうとか言って近づいてきませんでした。

 だから、休み時間はずっとMakotoくんの活躍を見ていたの。そのおかげで、英語のテストはいつも満点。調子に乗って図書館に置いてあった英語の本を読んでみたけれど、そこにはMakotoくんがいなくて、とちゅうで止めちゃった。


 高校生のお兄ちゃんも英語が得意で、いろんなことを教えてくれました。英語の文というのは記号で表せるんだよとか。Makotoくんの最初の挨拶は「SVC」と表せるそうです。なんだか味気ないね。

「わたしの家族はなかよしです」も「SVC」だそうです。Makotoくんの挨拶と同じなのはうれしいのだけど、わたしの言いたいことはまったく伝わらない。わたしのなかよしな家族はどこへ行ったの?


 あと、お母さんの話をしてないね。お母さんとの思い出は、そうだね、あんまりおもしろい話はないから、いいや。こないだ、高校の合格発表を見に行って、帰りにふたりでマックでご飯を食べました。いつものセットを注文しようとしたら、お祝いにって、200円も高いセットを注文してくれました。それくらいかな。


 お父さんとは合格発表の日から会っていません。わたしも来月からは高校生なのだから、お父さんがどこへ行ったか、お母さんに聞くべきではないことくらいわかっています。お兄ちゃんも「おまえは大丈夫だけん」って言ってくれました。

 そんなお兄ちゃんも、大学でひとり暮らしをするための準備が終わって、もうすぐうちを出てゆきます。また息ができなくなったらこれを使うんだよって、紙袋のセットをくれました。とてもかわいい紙袋なので、いつもバッグに入れて持ち歩いています。


 そろそろお別れだね。あなたの物語をいつまでも大切にとっておきたいのだけど、お母さんが「いつでも引っ越せるごと、中学校の荷物はぜんぶ捨てなんよ」と言っています。でも、いいの。Makotoくんの物語は完全に頭の中に焼き付いているし、あなたのおかげで中学生をやり過ごすことができたことも絶対に忘れない。


 最後に、Makotoくんに伝えたいことがあります。

 でも、恥ずかしいから、英語の記号で伝えるね。


 SVO


 いままでありがとう。

 さようなら。





[出典]

MAKOTOくんへの手紙 - 折り合いカフェ

https://oriai.cafe/2020/12/28/mail-to-makoto/

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