2078/10/5
今日もあの三人は工房に閉じこもっている。時々爆発音やギャーだのワーだのと悲鳴が聞こえるが、もう慣れているので知ったことではない。しっかし、よりにもよってなぜ我が家の裏庭の山に工房を立てた?大爆発で山火事が起こった時、だれが火消しをやっていると思っているんだか。少し前にあいつの預金通帳を見て一瞬新造が止まったぞ。あれだけあるならシベリアかサハラ砂漠だかの土地を買って巨大研究所を作ればいいものを…
ええい、話がそれた。ともかく、彼らが今取り組んでいるのはエンジンの素材。リビングで一息ついていた三人に質問したところ、どう見てもクタクタなのに嫌な顔一つせず答えてくれた。彼らの説明をまとめると、従来の鋼鉄程度の強度では永久機関の負荷には耐えられないらしい。今彼らの工房にある大量の金属クズは不可に耐えきれず吹っ飛んだ大量の試作品の残骸というわけだ。
ここから専門用語のオンパレードになるが、彼らは窒素チタンだのダマスカス鋼だのその他の舌を噛みそうな素材、果てはベリリウム合金とかいう聞いたこともないような素材まで使っているらしい。一応ベリリウム合金が唯一の希望であるらしいのだが、やはりこれもあと一歩というところだそうだ。
そもそも彼らが永久機関の開発を始めたきっかけは、フルーゲルシステム(俗称に倣ってF式エンジンと呼ぶ)の開発中に生じた一つの不具合だった。F式エンジンは、通常のエンジンとは全く異なり、トランスミッションからギアの一つに至るまで徹底した電子管理が行われ、通常の制御回路ならば一時間と持たず吹き飛んでしまうような代物をなんとか安定稼働させている。
要は制御できない暴れ馬を無理やり封じ込めたものだ。実際のところ、出せている出力は本来のパワーの半分ほど。世間はF式エンジンを史上最高傑作と褒め称えるが、当の開発者たちにとっては失敗以外の何物でもない。
しかし、この暴れ馬、開発中に一回だけ制御システムのバグにより本気を出したことがあるらしい。
開発三年目のある日、いつものようにテストをしようとしたところ、新機能を盛り込んだ回路が突如暴走、即座にエンジンは火を噴き始め、二分後、外に避難していたスタッフ全員の顔を煤まみれにし、鉄筋コンクリート製の試験棟の半分を道連れに大爆発を起こした。当然計器類は爆発した時点で停止、奇跡的に生き残った一台が記録していたのは従来のエンジンとは比べ物にならないほどの強大な馬力と出力安定性の理論値、そして永久機関にすらなりうる燃費だった。
やはり技術屋連中はロマンを追い求める傾向にあるのだろう、彼らは毎日のように工房にこもりきりだ。私がご飯や身の回りの世話をしないとやっていけそうもない。全く、少しは周りの苦労を考えて欲しいものだ。迷惑になりそうなご近所が半径20キロ以内にないのがせめてもの救いだが…
2078/10/15
注釈
注1…窒素チタン 非常に硬いセラミック材。主に銅やチタン合金などの基材のコーティング用として使われる。現代では医療器具にも用いられている。酸化にも割と強く、800度の空気中で酸化する。コーティングした部分が摩耗しにくくなる特性があるため、案外現実でもエンジンなどに使えるかもしれない。保証はない。
注2…ダマスカス鋼 約400年ほど前から存在し、古代インドでも使用されていたといわれている歴史ある金属。別名ウーツ鋼。名前の由来はシリアのダマスカスで刀剣に使われいたことから。ちなみに現代でも正しい製法はわかっていない。現代のダマスカス鋼製高級ナイフは偽物…もといダマスカス鋼の特徴、縞模様を再現した鋼材である。いいのかそれで。
注3…ベリリウム銅 銅にベリリウムをごく少量(0.5~3%ほど)混ぜた合金。高い硬度と非磁性、火花が飛ばないなどの特徴を持つ。主に金属製の道具(防爆工具や溶接工具)に使われる。電気伝導率も高い。要するにオールマイティー金属。
2/8/2021 大規模編集…もといテコ入れを行いました
人に翼は生えるのか 舞葉 @Maiharu10
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