第29話  最終戦 VSシーカー

とぼとぼと廃屋から出るオール、アイリン、クライノートの三人だ。

グランツは他の用があると言って廃屋に残ったままだった。

「僕たち、出てきてよかったのかな?」

「仕方ないだろ。あんな風に言われたらついて行けないよ」

ぼそりと呟いたクライノートにオールはむきになって怒鳴った。

「兄さんの事は信じてるよ。そうじゃなくて君の友達」

ため息をついたクライノートが付け加えた。

オールは未だ姿の見えない仲間に不安になる。

唇を噛んで耐えていたのだ。

「ロッシュさんとマオインさんは一緒に帰らないとね」

少し元気のないアイリンが廃屋に向かって立ち止まると、オールは小さく頷いた。

いつもなら待っていてくれる二人を待つことは変な気分だ。

オールはロッシュの力を知っているし、彼がマオインを危険にさらすようなことはしない事もわかっている。

遅くなっているのは道にでも迷っているのだと言い聞かせた。



一方、一通り泣いたマオインはおもむろに瓦礫を退かし始めた。

「どうした?」

今まで黙って見守っていた杏が問うとマオインは手を止めずに答える。

「帽子を、探すの。一緒に泰国に行くって…約束したから」

煤や埃で黒くなった手で一つずつ瓦礫を運ぶ。

間際に交わした約束を思い出して彼女は立ち上がった。

「馬鹿だと言われてもいい。私に出来る事は、これくらいしかないの」

獣人は死後人であった証を遺さない。

骨は獣、肉は灰となるからだ。

僅かに遺せる物と言えば身につけていた装飾品くらいだ。

ロッシュがいつも手放さなかった物と言えばあの黒い帽子くらいしか覚えがない。

社長との戦闘で早くに飛ばしてしまったがこの近くにあるはずだ。

「どんな帽子だ?」

マオインが振り向くと杏も瓦礫を退かし布らしき物を掴んでいた。

「馬鹿などと言うものか。約束は守れと師の教えにもあったろう」

布が帽子ではないとわかればそれを捨て、再び瓦礫を退かす。

「あんたに言ってもわからないわよ」

「っ!?……やってみなければわかるまい」

大きな瓦礫を持ち上げれば砂がまう。

カラカラと崩れる音に混ざって確かに聞こえた「ありがとう」に戸惑いつつ、ふと下を見れば、白い灰を被った黒い帽子があった。



空は蒼く澄んでいて、真下で起きていた出来事を見ていないようだ。

こんなに良い天気だというのに小鳥のさえずり一つ聴こえない。

「あれ?杏さん?」

アイリンの指の先にぼんやりと見えるのは、見慣れない衣服に身を包む男だ。

その後ろからうつ向いて歩くマオインがいた。

その胸には黒い帽子が抱かれている。

「ねぇさん!!」

マオインの無事に飛び付こうと走ったオールの足はピタリと止まる。

その金の目にはボロボロの白衣と強く抱き締められた帽子が映っていた。

クライノートは口を閉ざしたまま、アイリンはまだキョトンとしている。

「オール…その…ロッシュは」

「聞きたくない!」

穏やかな空の下に声が響く。

マオインはオールと真っ直ぐに向き合えず唇を噛み締めた。

彼の手は強く握られ、ぶるぶると震えている。

「狐の子よ、話を聞いてやってくれないか?」

「嫌だ!!嫌に決まってんだろ!」

杏の手を振り払いマオインの肩を掴んだオールは、崩れそうな足で必死に体を支えて叫ぶ。

「嘘だって言ってよ、ねぇさん。俺、まだあいつに…何にも返せてないんだよ。

命助けて貰って、迷惑かけて、一緒に旅して、一緒に…恩返し、何もできてないんだ。

嘘だって…言ってよ」

地面に染みが浮かぶ。

ぽたぽたと広がるそれは雨のようだ。

アイリンが口許を隠してうつ向くとクライノートはそっと手を貸した。

マオインもまだ現実を受け入れられていないと思った杏は二人を支えようと手を伸ばす。

だが、マオインは急に手を振り上げオールの頬を思いっきり叩いた。

この時、振り上げた手が杏に当たった事は触れないでおく。

「ね、ねぇさん?」

茫然と見上げたマオインは泣き腫らした目から静かに涙を流しながらも強い眼をしていた。

そして、オールのマフラーを掴むと力の限りに彼を地面に叩きつけたのだ。

「私だって信じたくないわよ!!だからって嘘で誤魔化して良いことじゃないの!!目を反らして良いことじゃないのよ」

ぐじゃぐじゃの顔で耐えるオールの涙は止まらない。

ぼふりとその頭にロッシュの帽子が被せられる。

「ロッシュが『強く生きろ』って」

「ぅっ…ふぅ、…ぁっ…あぁぁあぁぁぁ!!」

帽子を深く沈め声を出して泣くオールを優しく抱き締める彼女もまた、大粒の涙を流していた。

空は嫌になるほど高くまで澄んでいた。




そこは地下の一室だった。

窓もなければ入ってきた扉以外の出入り口はない。

その扉は今固く閉ざされている。

全ては標的であるシーカーを逃さない為だ。

「神の子は何処だ」

「その深傷でよく喋れるね」

「お互い様だろ」

「そうかな?」

シーカーの剣は黒い刀身をもつ細い剣だった。

左腕のみでも軽々と振り回せるほど軽いというのに、ぶつかり合ってもびくともしない強靭な刃だ。

「レオバルト君、君は神様ってなんだと思う?」

突然の問いに顔をしかめるとシーカーはにこにこと笑う。

「生憎、信じる神はいないんだが」

「そうじゃなくて、神様の定義だよ」

神に祈る事をしないレオバルトにとって、その神のイメージは一番身近であったラグナのルチャル神だ。

世界を産み、命を創ったもの、それが神のイメージとなる。

「生命の全てはタンパク質の塊から始まる。この大地は岩の塊から始まった。

そこに、神の介入があったと思うかい?僕は思わない」

一度距離を取るレオバルトに向けられた黒刀が光る。

そのさらに向こうには赤い目がみえた。

「ルチャルはただの黒い蛇さ。少しばかり特殊な力をもった真っ黒な蛇に過ぎないんだよ」

苦し気な声が響く。

それはシーカー足下の影から発せられた。

ルチャル神の悲痛な叫びだ。

「神の子なんて初めから存在しない。敢えて言うなら、それはさっき殺したウサギかな?」

影が揺れ、大きな口を開けてシーカーを飲み込もうとする。

黒い刀身が影に突き立てられるとスルスル引き下がっていった。

ルチャルがシーカーに協力的でないのは明らかだが、彼は逆らうことが出来ないらしい。

もし、一般に言われるようなものが神ならば、その呪縛をとうに引きちぎりこの男に制裁を下していただろう。

レオバルトに突き刺した剣を見て泣いた少女は微かな声で確かに『あなたも私をいじめるの』と問いかけた。

「ならば、貴様を殺せば俺の仕事は終わるわけだ」

翡翠はどこまでも冷静だった。

「いくらレオバルト君でも、僕には叶わないんじゃないかな?」

銀と黒の直線が交わる時、綺麗な衝撃と音が弾ける。

赤に染まったままの2つの影は何処と無く人の形をしていない。

戦いが長引けば不利になるのはレオバルトだろう。

ただでさえ多量の出血で目眩がしているのだ。

息はきれ、熱が上がる。

本来なら立っているだけでもおかしいのだ。

「血を流すのは久々かい?クライノート君は君には優しかっただろうからね」

剣を降りながらレオバルトが睨む。

クライノートの件は報告していないにせよ、『運命の剣』の黒幕ならば全てを聞いているのだろう。

この短期間で二度も失態をおかしている事に腹がたつ。

仕事量が増えたのは明らかで、その分の睡眠が減ったのも事実だ。

しかし、それは言い訳にはならない。

歴代のブラッセが担った役目であり、彼はそれを越えなくてはならなかった。

振り上げた剣が宙を舞い、シーカーの黒刀が頬を撫でた。

「言ったでしょ。君は余りにも不完全なんだ。グランツが産み出したのは生きる意志をもたない君だ。

同情するよ。君が人として育てられた事をね」

視界が歪む。

薄れた意識の中


「―――――!」


聞き慣れた声が聴こえた。



ルチャルと破壊神は相対する存在だ。

ルチャルの余波に当てられたシャウロッテは頭痛のような違和感が頭に残っていた。

だが、止まってはいられない。

シーカーの臭いをたどるうちに共に近づいて来たのは主の臭いだ。

何故、自分より先に主がシーカーを追えたのかはわからないが、大怪我を負った主はその目に焼き付いている。

扉を前に、手が止まった。

「――生きる意志をもたない君だ」

シーカーの声が漏れて聴こえたのだ。

シャウロッテは唇を噛み、血を流す。

鉄の味が広がり、それを飲み下した。

大きく、胸一杯に息を吸い込んで、派手に扉を突き破る。

「マスターを離せ!!」

そう、叫んだ。

パチパチと青白い閃光が飛び交う。

「来たね。狼君」

横たわるレオバルトを放り出し、シーカーの黒刀はシャウロッテに向けられた。

爪がかかった白衣を脱ぎ捨て牙をかわす。

いつもレオバルトの後ろについていたシャウロッテが追いかけて来ることは予測済みなのか。

シーカーは慌てる素振りを一切みせない。

「心配しなくていい。主と逝けるなら本望だろ?」

狼の視線がチラリとレオバルトに向く。

ピクリとも動かずに床に伏せた銀色からは赤が滲み出ている。

牙を剥き出しに唸るシャウロッテに残っていた頭痛はかき消され、金の目が捕らえたのは黒い影を持つ男ただ一人だ。

赤い目を細く揺らめかせる影はもがくように叫びをあげた。

『人が憎い

この男が憎い

全てを奪うこの男が憎くて堪らない』

剣を避けるシャウロッテに伝わってくる思念は強い憎悪だった。

『こんなにこの男を憎んで何故

何故この体は動かない

何故この力は男を殺さない』

その思念はルチャルのものであり、憎悪はシーカーに向けられている。

神と崇められた竜の哀れな嘆きだ。

ひしひしと伝わる痛い程の憎悪が哀しい事だがシャウロッテに味方する。

「おや、ルチャルが暴れているね。この程度で僕が手放すわけがないのに」

黒い刀身からパチパチと飛び出す火花は明らかな抵抗だというのに、この男には些細な事にすぎないようだ。

リオンが腕を奪った右側から攻撃を仕掛けるものの、軽い剣に阻まれる。

それどころか刃の角度を変えながら確実に傷を付けるのだ。

「そんなにムキにならなくったって、レオバルト君はもうダメさ。わかるだろ?もう虫の息だ。

それに口では強がっていたけど、彼はグランツを憎んでいる。

復讐するなら今ここで、僕に殺されるべきだ」

ぺらぺらと言葉が連ねられる。

得意気なシーカーは全てをその目で見てきたかのように自信に満ちていた。

シャウロッテは言葉を聞かない獣になりきり、シーカーに飛びかかった。

口を歪め笑うシーカーの剣を受け、その体を押し倒す。

飛び散る赤、猛々しい声と共に溢れた赤、光ったのは銀色だ。

黒の獣は床に落ち、静かに赤を浴びた。

「レオ…バルト君……」

苦し気な呼吸を繰り返しながら、レオバルトはシーカーの背に剣を突き立てた。

シャウロッテが押し倒したシーカーは銀の剣におち、胸を貫いたのだ。

前足の付け根に刺さった剣を引き抜くことなく横たわるシャウロッテはじっと二人をみていた。

「君は…グランツを…許せるのかい?」

未だ敗北の表情を見せないシーカーは不気味に映る。

支えていた剣を引き抜くと人と同じ赤い血だ。

同じ体温のある血だった。

伏せるように沈んだシーカーは最期まで笑ってみせた。

翡翠がゆっくり閉じ、レオバルトもまた床へと伏せる。

安堵とは程遠い色の目に映ったのは、天に昇る真っ黒な竜だ。

そして、ルチャルを失った影に立つ金糸の少女が立っていた。

半透明の彼女はレオバルトに向かって微笑む。

『ありがとう。これで、神様は貴方に救われたわ

きっと、もう―――』

最後は聞き取れなかったが、少女は穏やかな表情だった。




大広間の獅子の前でグランツは一人祈りを捧ぐ。

長い長い祈りの後、獅子の骨を一つ拾い立ち上がった。

「リオン…君だけが、僕の友達だった。君だけが…」

頬を伝って落ちた雫が頭蓋骨に当り弾ける。

何度も何度も

「君だけは…シナリオで死なないはずだった

君だけは…ずっと僕の側にいてくれると…信じていたんだよ」

全てを犠牲にしても為し遂げたい事があった。

それでも親友は殺せないというグランツをかつてリオンは怒鳴り付けた。

『全てを犠牲にするならまずは俺を犠牲にしろ

人の道を外れる覚悟をしたなら全ての苦しみを背負え』

動くはずのない獅子の骨はまだ怒鳴っているように牙を剥いていた。

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