第28話  最終戦 VSシーカー

『幸せになろう。誰もが羨むくらいに』

誓いは果たせなかった。

奪ったのは自分自身だ。

嘲笑うように新たな研究を続けるシーカーが憎くてならない。

どんな仕事を受けてもこの憎しみは消えない。

今もまた、命を見下し道具として扱うシーカーが許せない。

今度こそ逃してなるものか。

獅子は大広間にたどり着いた。

中央に見える祭壇の上でシーカーはニコニコとリオンを向かえた。

「なんて偶然だろう。奇しくも今日は彼女の命日だ」

25年前、ラグナの民が姿を消した日、晩秋の冷たい空気に初雪がちらついた日だ。

「僕を殺したくて生きたんだろ?彼女を食らってさ」

淡々と話すシーカーを待つ必要はない。

正面から飛びかかるリオンをシーカーは避けることはしない。

「飼い主を間違えちゃいけないよ、リオン・レオパード」

途端にリオンの動きは止まる。

体中に鎖を巻かれたように前に進めない。

「僕はルチャルル神をこの手におさめたんだ。ルチャルの余波で得た力を制御するなんて、容易いことだよ」

さらりとたてがみが揺れる。

触れている手を噛み千切りたいのに叶わない。

「あ、レオバルト君が連れていた狗と戦わせようか?どっちが生き残るか見物だよね」

「させるかよ!てめぇは俺が殺してやる!!」

口だけは自由が利くのはシーカーの加減のせいか、リオンの意地か。

動きを止められてもなお敵意を剥き出しにしているリオンにシーカーは満足していた。

「グランツのシナリオでは君は死なない。静かに身を引いていればどんな結果でも生き延びれたはずなのにね。

君はここで僕に殺される。そしたら、グランツはどんな顔をするかな?

僕はシナリオに従うつもりはないから、君を殺したらレオバルト君も殺してしまおう。

そしたら、シナリオはエンディングを迎えられないね」

橙の目が光る。

それはたった一瞬、シンシアを亡くし、仲間を失った日、リオンは彼女の墓前に誓いを立てた。

『二度と仲間を死なせない』

この誓いだけは、たとえ命を奪われようと守ってみせる。

それだけがリオンを突き動かした。

ルチャルがなんだ神がなんだ。

身を守るのはいつでも自分だ。

頼りになるのは神じゃない。

自分を取り巻く人々だ。




シーカーの目が丸くなる。

バチンと音をたてて飛び上がったのは腕、シーカーの右腕だ。


「へぇ。面白いね。流石、グランツの従者だ。でも、ここまでだよ」

血が煮えるように熱くなる。

小さな傷口から血が吹き出し、嫌でも死を感じる。

それでもリオンはシーカーに立ち向かう。

逝くなら彼女に恥じない戦いをしたかった。

「バイバイ」

突き立てられた剣に爪が届かずとも、不思議と敗北は感じない。

大事な利き腕を食いちぎったのだ。

「ざまぁみろ。俺に、飼い主なんざ、いねぇんだよ」

真っ赤に染まる獅子を踏みつけて、シーカーは広間を後にした。

体が朽ちるのを感じ、すべての抵抗を止めた。

(シンシア、俺は、最後までバカだったな)

人の姿に戻る力もなく、獣のままで迎えた最期に自然と笑いが込み上げてきた。

痛みは酷く、煮える血は熱い。

祭壇で横たわる獅子はピクリとも動かない。

さらさらと砂と化し始めた獅子の前にさしのべられた手を彩る蒼白い装飾品は確かにラグナのものだった。

「連れていってくれよ。お前の元に」

トランスは解いていない。

それなのに、見える手は人のものだ。

掴んだ手はリオンを引き上げ抱き締めた。

『ずっと一緒よ。リオン』

小さな肩を強く抱く。

「シンシア…シンシア…」

大粒の涙を流すリオンとシンシアの陰は獅子が崩れると同時に姿を消した。

大広間の祭壇には立派な獅子の骨格が堂々と横たわっている。



「……リオン?」

男は上を向き、背筋を走った寒気に身を震わせた。

彼は覚悟をしていた。

友を止めないこと。

全てを捨てること。

世界から消えることを。

「やっぱり、辛いものは辛いよ」

涙を拭い、手を組んだ。

「シナリオは…必ず成し遂げる。たとえ、僕が悪役になってもだ」

誓いの中に見せた瞳は冷たい翡翠の色だった。



「に、にに、兄さぁぁん!?どうしたの!?酷い怪我じゃない!」

慌てふためくクライノートが到着したのはシャウロッテが出て間もなくの事だった。

アイリンの治癒により回復していたレオバルトは心配して駆け寄るクライノートを蹴り倒す。

「怪我人のわりに元気じゃん」

後から入ってきたオールはクライノートに呆れていた。

集合は別の場所のはずだったが、なかなか集まらない為に一番近いレオバルト達に合流したのだ。

二人はかすり傷こそ負っているがレオバルトに比べれば無傷と同じ。

敵はそれほど強くはないと思っていたらしい。

「シャウロッテは?あいつはイルカといたんだろ?」

「シャウは、リオンさんを追っていったよ」

キョロキョロと何かを探しているオールの口からはシャウロッテの名が出た。

アイリンの返答を聞いてもまだ探している。

「心配?」

誰を探しているのか気づいたアイリンが尋ねると、オールは首を横に振って笑った。

「二人共俺より強いからね。負けるわけないって」

自慢の仲間なんだと付け加え、オールは窓の外をのぞく。

瓦礫が未だに砂煙をあげているが、静かだった。

「兄さん、ライオンさんや狼さんが戻ったら直ぐに帰ろうね。傷の手当てをしなくちゃ」

包帯を巻き直すクライノートは泣きそうだった。

アイリンの治癒は傷口を塞ぐので精一杯だった為に出血は止まったものの、いつ開いてもおかしくない状況だ。

「帰れるなら帰りたいところだがな」

反論しかけたクライノートの口を塞ぎ、レオバルトがゆっくりと立ち上がった。

目の前に現れた男を睨み付けてだ。

「…あ、あんたは」

「オール、知ってるの?」

「知ってるも何も、レオバルトの親だよ」

後ずさるオールは冷や汗をかいていた

突然現れた男はグランツ・ブラッセ、現ブラッセ当主であり、レオバルトの父、暗殺業の数こそこなさなかったが、頭脳に関しては右に出るものはいないという。

レオバルトが仕事を担うようになってからは実戦から身を退いていたのだが。

「な、何で父さんが!?」

「お前の親父じゃねぇよ」

完全に父親と思い込んでいるクライノートにレオバルトは冷たく言い放つ。

それどころか自分の親かどうかも怪しいものだ。

同じ髪の色と同じ瞳、性格は真逆と言われるが確かに遺伝子を受け継いだ容姿だ。

「ここに何の用だ?あんたは参加しないんじゃなかったのか?」

緊迫した空気が続く。

グランツはそっと微笑み歩み寄る。

「シーカーがこっちに来ていると聞いて仕事内容の変更を報せに来たんだ」

並ぶとグランツはわずかにレオバルトより低い。

悪態をつくレオバルトだが、文句の一つ口にしない。

「直ぐにシーカーを追ってくれ。次の機会は何時になるかわからないから」

その目に映る覚悟はギラギラと光った。

「ま、待ってよ。レオは酷い怪我をしたんだよ。今すぐなんて、体がもたないよ」

誰もが息をのむ間に立ちふさがったのはアイリンだ。

傷を治していた彼女は誰よりレオバルトの傷の深さを知っている。

「あぁ、新しい子か。大丈夫だよ。レオ君はそんなに弱く創ってないから」

「「!?」」

「…どういうこと?」

オールとクライノートは目を丸くし、アイリンは顔をしかめた。

レオバルトは冷静さを保ったまま、アイリンの肩を掴んで後ろに下げた。

「詳しい話はあんたの口から必ず聞く」

短剣を提げレオバルトはグランツの横を過ぎる。

「クライノート、アイリンとオールを連れて先に戻れ。邸でエティアが待っているはずだ」

振り返ることなく発した言葉に皆が反論しようとした。

だが、それより早く彼は続けたのだ。

「必ず戻る。先に待て」と




大広間にたどり着いたシャウロッテは全てが終わっていた事を知り、膝をついた。

目の前には獅子の骨が転がっている。

「リオン殿…すみません。もっと、早く追いかけていれば…」

溜まる血の中には嗅ぎなれない臭いが混ざっている。

おそらくシーカーのものだと判断し、臭いをたどる。

せめてシーカーを捕えたかった。

全てを狂わせた原因を許しては置けない。

何より、それが主の仕事なのだ。

深手を負ったレオバルトは遅かれ早かれシーカーを追う。

ならばその前に自分が捕らえてしまうべきだ。

黒い狼は獅子の骨を一つくわえて駆け出した。



ズルリと体を引きずって歩くのはレオバルトだった。

コートは見事に赤く染まり、始めの色がわからないほどだ。

歩いたことで傷から血が滲む。

あの出血では生きているのもやっとのはず。

いよいよ化け物だと苦笑するも受け入れきれないのは事実だ。

グランツにとどめを刺されてしまっては開き直る以外に立つ術はない。

ただでさえブラッセとして忌み嫌われた存在だ。

加えて創られた命となればシナリオの先は見えてくる。

足取りは重い。

今まで感じたことがないほどにだ。

「クククク…まったく、らしくない。この程度で動揺するとはな。今さら何を恐れる必要があるんだ

何もない。何も掴まなかったんだ。失うものはないはずだ」



ゆっくりと扉を開く。

先にいたのは片腕を失ったシーカーだ。

「やぁ。レオ君。歓迎するよ。ルチャルもほら、君に会いたがっていた」

シーカーの後ろに見えた影は巨大な竜の形をし、あるはずのない赤い目がギョロリと光る。

「本当に立派になったものだね。僕が見た時はまだ人の形をしていなかった」

片腕を失っても飄々とした態度は変わらない。

クスクスと笑いながら自由に話を続ける。

「グランツは君に賭けているみたいだけど、彼らしくないんだよね。

グランツは完璧主義の一面があってさ、特に研究では人一倍神経質になっていた。

なのに、レオバルト君は欠陥だらけ。これじゃぁ、完璧とは言えない」

「何とでも言えばいい。俺は俺だ。創られたものでも、不完全でもだ」

真っ直ぐ、短剣を向けたレオバルトにシーカーはため息をついた。

ニコニコと弧を画く口はそのままに眉と目だけが表情を伝えている。

「ねぇ、レオバルト君はどうしてグランツに従うんだい?その気になればグランツを殺すなんてたやすいだろ?

それとも、グランツが強制的に従わせているのかな?君は君だと言い張るなら、どうしてグランツに従うんだ?

君は誰かに従う質じゃないだろ」

誰かに縛られることは嫌いだった。

誰かの指図を聞き入れるなど滅多にない。

傲慢だと言われようとも意志は貫く。

だが、確かにグランツを、命を裏切った事はない。

「容易い答えだ。あいつは仕事以外で俺に近づかない。この仕事は俺の証明だ。断る理由はない。それたけだ」

強く、冷徹であれ。

その教えを最大限に活かせるこの仕事こそが、レオバルトの証明の唯一の手段だった。

仕事以外で接触のないグランツを親として見るこれもなければ、人として尊敬したことすらない。

彼にとってグランツは仕事を与えるものでしかなかった。

暫くの間を置いて、シーカーは漸く剣を手にした。

噛みきられた右腕は麻酔でも打ったのか痛みを感じているようには見えない。

「作り物に僕が殺せるか?」

竜が唸る。

赤い目は苦しそうにもがいていた。

「ルチャルは大地を生み出した神の一つ

対する破壊神は地下の神

最大の敵同士なんだよ」

ルチャルの叫びと共に沸き上がる感情の何とも言えない高揚に傷を忘れてしまう。

それは確かにレオバルトの中から溢れていると言うのに他人のもののように感じる。

闘神ルチャルを前に核となった破壊神が疼き出したというのか。

細めた翡翠が鋭く睨む。

顔を歪めて笑うシーカーが腹立たしいのではない。

初めから『レオバルト・ブラッセ』の存在が無かった事に焦燥感を覚えただけだ。

細い剣先がシーカーに向けられる。

「俺は俺だと言っただろ。お前を殺すのは仕事だからだ」

精一杯の強がりを吐き捨てて床を蹴った。

「そう。好きにすればいいよ」

交わる剣からは悲しいほど綺麗な音がした。

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