第24話 最終戦レオバルト
部屋の隅で頬杖をつくセルビーンの目の前で繰り広げられる攻防は普段の彼女なら疼いて仕方がないはずなのに、気迫にやられて戦意を失っていた。
「手出しは無用ってぇ…手出しのしようがないんだけどぉ…」
レオバルトもエドワールも見た目は楽しそうなのだ。
それがかえって恐怖になる。
「あなたとこうして剣を交える日が来るとは!ずっと待ちわびていました」
「そりゃどうも。こちらもその薄気味悪い皮を剥がしてやりたかったよ」
激しい打ち合いの中の何処に会話の余裕があるのだろうか。
既に数分は続いているというのに2人は息を乱さない。
獣人とは違う化け物なのではないかとセルビーンは思う。
両者の剣が交わる度にビリビリと空気が震える。
下で支える形となったエドワールが唇をしならせる。
手の動きが変わったことに気づいたレオバルトが足を回し、床に叩きつけた。
滑るように這うエドワールは興奮した表情を見せる。
「あぁ、あなたにも、赤い血が通っているのですね!?」
片手に握られたナイフがレオバルトの頬を切った。
一筋の弧を画いて落ちる血は確かに赤い。
「なんだ?緑や青かと思っていたのか?」
「いえいえ。ただ、グランツ・ブラッセが造り上げた傑作がどんな血を流すのか興味があったので」
クツクツとエドワールが笑う。
「傑作ねぇ…」
高い音を立てて剣と剣が交わる。
否定をしなかったレオバルトにエドワールは真っ直ぐ剣を向けて語りだした。
「ニ十数年前、天才と呼ばれた科学者が二人いました」
彼は話すことに集中したいのだろうが、レオバルトがそれを許すはずがない。
目的は危険人物の削除のみだ。
わざわざ話を黙って聞くほどお人好しではない。
激しく好戦した後にも関わらず衰える事を知らない剣をぶつけ合いながらもエドワールは話を止めはしない。
この状況を楽しむように軽快に話すのだ。
「一人はグランツ・ブラッセ。シルズレイト最大の暗殺者のブラッセに産まれなければその功績は歴史に名を残したことでしょう」
ブラッセの仕事はあくまで暗殺業だ。
たとえそれに関わる研究をしていたとしても、本来の仕事を放棄していたグランツの政府の評価は低かった。
それは政府のブラッセに対する期待の大きさを示すことにもなる。
「もう一人は我らが『運命の剣』を創設したシーカー。ウィリアム・グラウン
彼はその探究心にのみ従順で素晴らしい結果を残してきました。
その最大かつ最高の結果が『獣人』です」
「獣人の親はシーカーだと言いたいのか?つまらん話は飽きた。そろそろ喉を潰してやろうか?」
苛立ちを露にするレオバルトに向かいエドワールは妖艶な笑みをみせた。
「本題はこれからですよ。全ての獣人を産み出したのはシーカーなのか?いえ。それは誤解です」
ピクリとセルビーンが反応した。
「シーカーが産み出した獣人はラグナの闘神ルチャルのエネルギーを抽出し、生命に与えることで発生した変異体
人の手がない限り産まれることはありえないのです」
剣を押し返され二人に距離がうまれる。
体勢を立て直す時間を与える前にレオバルトはコートから銃を取りだし発砲した。
彼の武器は短剣だけではない。
大抵の武器は使い方を教わっている。
全ては仕事を確実にするためだ。
左肩から鮮血を滴らせながらもエドワールは楽し気だった。
「おわかりでしょう?獣人を生み出したのはシーカーのみではない。グランツも同罪なのですよ」
彼の主張はこうだ。
シーカーが獣人を生み出したと同時に、グランツが行っていた研究も獣人を生み出した。
それは国中の生物をランダムに獣人へと変えた。
そこに彼の意思があったかは別にしてだ。
「生憎、人の罪に興味はない。獣人に対しても俺は関心がないんだが」
レオバルトにとってグランツは他人でしかないのだろうか。
だが、エドワールは微かな揺れに気づいていた。
「どんな扱いを受けようとも、やはりあなたにとっては『お父様』ですか?腕が、とまりましたね」
触発されたように銃声が響く。
今まで僅かな隙すら許さなかったレオバルトの攻撃が止んでいた。
エドワールを睨むレオバルトは奥歯を噛み締めた。
はめられた気分になったからだ。
容易く挑発に乗ってしまった。
銃声は強がりにしか聞こえないだろう。
父親らしい事もされた記憶はない。
ブラッセとしても評価の低いグランツは目標にもならなかった。
共に暮らすことすらなかったグランツを何故父親と呼べるのか。
「この程度で揺らいではいけませんよ?あなたは『シナリオ』の重要人物
あなたの生死こそが『シナリオ』を左右するのですから」
今度は飛びかかるエドワールをレオバルトが受ける。
先よりも重みを増した斬撃に踏みとどまるのもままならない。
その間にもエドワールは攻撃を止めはしな。い
「シーカーが手にしたのは闘神ルチャル
ならば、グランツが手にしたのは何か!?
彼はルチャルに対向できる力を望んだ。生み出す力ではなく、破壊の力!!」
エドワールが剣を振り上げた隙に放つ銃弾はよろけた彼の足を払い床に叩きつけた。
それでも笑みを失わないエドワールに跨がって、剣を喉元に突き立てる。
その間際、エドワールの声が部屋に響いた。
「あなたですよ!!レオバルト
なんて愉快な事件でしょうね!かのブラッセの後継ぎが試験管の中で生まれたなんて!!」
ピタリ止まった切っ先が、細かく震えていた。
翡翠の瞳は限界まで見開かれ、まるで時を止めたかのように硬直した。
何が起きたのか、脇で見ていたセルビーンにもわからない。
彼女の視界には突然動きを止めた二人の男しか映っていない。
「揺らいではいけないと、言ったではありませんか。
信じられないのならば否定をすればいいではないですか!?」
自信に満ちたエドワールは確信をもってレオバルトを追い詰める。
レオバルトは過去を思い返し否定を試みる。
しかし、いくら過去を巡れども否定の材料が見当たらない。
むしろ、辻褄があう。
グランツの態度も、この欠落した身体も、見覚えのない母も、全てがエドワールの言葉を肯定した。
ここでエドワールに剣をつきたててしまえばこれ以上を聞くことはない。
先程の反応からセルビーンが知っているとは考えにくい。
つきたててしまえば全て終わるというのにレオバルトの剣は動かなかった。
まるで、続きを待ち望んでいるかのように。
「エド…あたしにもわかるように教えてくれない?」
今まで黙っていたセルビーンが口を開いた。
その表情は眉を寄せ、歯を噛み締め、エドワールを睨んでいる。
彼女にとって人間の争いなどはどうでもよかった。
これから獣人が生み出されようと大した問題ではないと考えていた。
この争いに加わったのは暇潰し程度でしかない。
だが、彼女も獣人だ。
自分の生まれを知りたいのは当然で、今まで信じていたものと違う事実が明らかとなったなら無視はできない。
何より、山猫の時の彼女には人の手に触れた記憶がない。
妖しく弧を画く唇が開きかける。
「それ以上しゃべるな!!」
耐えきれなかったのはレオバルトだった。
ようやく突き立てられた剣は床に刺さる。
充分すぎる間はエドワールに好機を与えた
するりと抜け出すと剣を弾き、セルビーンの隣へ立つ。
セルビーンの腕はすでに戦闘状態だ。
茶色の毛に覆われた獣の腕になっている。
彼女が飛びかかろうとするのをエドワールがそっと制する。
腕に阻まれ、先をみると、呼吸を乱し、壁に手をつくレオバルトが飛び込む。
翡翠の眼は焦点を合わすことなく左へ右へと泳いでいた。
真っ白な部屋に一本の大木の根本にたたずむ男は妖しげな笑みを浮かべた。
「さぁ、いっておいで。僕の可愛いうさぎさん。一つ残らず食い荒らしてくるんだよ」
いりくんだ廊下を走る狼はシャウロッテだ。
アイリンは必死に狼のかたい毛にしがみついていた。
「シャウ、何処に向かっているの?」
狼は答えることなく走っている。
獣の状態でも人語を話せる獣人もいるが、生憎シャウロッテにはできなかった。
アイリンはふてくされながらも残党を振り払いながら進むシャウロッテの毛に顔を埋め
「大丈夫。信じてるから」
と呟いた。
狼は小さく頷いて速度をあげる。
向かうのはただ一人の主君のもとだ。
あちこちで激しさを増していた乱闘が静まりかけ、胸につかえる違和感がざわめき始めた。
嫌な予感がしてならない。
少女を乗せた狼は風の如く駆け抜けた。
命の定義とは何か。
いつも以上に血の気のない指先は氷のように冷たい。
たとえ、獣人と呼ばれる者であろうと必ず『親』の存在がある。
それが、自分にはない。
ならば、ここにいるのは『人』あるいは『命』として成り立っているのだろうか。
生きる気力のない身体は『生きるべきではない』という忠告だったというのか。
「シーカーが闘神ルチャルを手にした頃、グランツもまた、神を手にした」
エドワールの声が響く。
「ラグナに伝わる地の王者
破壊神
ルチャルが闘い護る神ならば、破壊神はその名の通り壊す神
ラグナにとっては永遠の敵です」
ラグナと提携していたブラッセが破壊神を得るのは容易だったのだろう。
敵の力を人の役にたてるのならば、ラグナも協力したに違いない。
だが、その結果として創られたのがレオバルトただ一人だったとすれば、グランツの目的が兵力の拡大とは考えにくい。
「あなたが創られたその日から、獣人の数は激増しました。
闘神と違い、覚醒までの期間が短く政府にとっては脅威になりえる力です。
グランツはシーカーに罪を押し付け、獣人の回収に精をだしていたようですが」
政府の依頼とは別に行っていた獣人の保護は罪滅ぼしだったのか。
「おかしな話ですよね。実際に回収を行っていたのは、根源であるあなたなのだから」
声と共に鳴り響く銃声にもエドワールは驚かない。
銃弾が反れることを分かっているように一歩たりとも動かないのだ。
硝煙の昇る銃口を向け、レオバルトは翡翠の瞳をエドワールに向ける。
セルビーンからはそれが精一杯の足掻きに見えた。
「あたしも…破壊神の方なのねぇ」
セルビーンがボソリと呟く。
彼女は荒れた山岳で産まれ、知らず知らずのうちに街へと出た。
街へ出る前は人間の存在すら知らなかったものだ。
エドワールの言うことが真実であれば、彼女は破壊神の影響を受けた獣人ということになる。
「では、破壊神側につきますか?私は構いませんよ」
「馬鹿言わないでよぉ。あんな弱い奴の味方なんて嫌だからぁ」
獣の手で宙を切りながら彼女はハッキリとそう言った。
「誰が原因なのかなんてぇ、あたしには関係ないしぃ。今のままで十分可愛いでしょぉ?」
ニコリとエドワールに向けた笑みは確かに満足気だった。
赤いカチューシャのよく映える金の髪はキラキラと光っている。
「フフッ。セルビーン、あなたは本当に可愛い方だ」
本能に従順で、難しい情は関係ない。
自分勝手で素直なセルビーンにエドワールは柔らかい眼差しを向ける。
人間とはわずかに異なる感性は少なからずエドワールには刺激的なようだ。
「あたしはぁ、目の前の獲物を捕まえられるならそれでいいのぉ」
「そうですか。では、つまらない『シナリオ』も、ここで終わらせましょうか」
歪んだ唇をなめ、エドワールが剣を向ける。
左肩の傷などは痛みとして認識されない。
今、彼は最大の高揚の中で剣をふるっているのだ。
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