第22話  最終戦リオン

最上階の部屋に音が鳴り響く。

穏やかでどこか切ない音は美しい。

「……みつけた」

入り口に立つリオンは小さく呟く。

彼の呼吸にあわせて、金色の耳飾りが揺れる。

鈴に近い高い音が、まるでデュエットのようだ。

「ラス、『シナリオ』は進んでる。巻き込まれたくねぇなら、早く脱出しろ」

部屋の中にいたブラスティーナは振り向くことはない。

じっと、髪や衣服の装飾が奏でる音に耳をすましている。

彼女は以前、『シナリオ』を進めたいと言った。

『運命の剣』が阻止に回っていることを考えれば、彼女は偵察のために侵入したのだろう。

ならば、ブラッセが動き出した今、彼女が『運命の剣』にいる必要はない。

敵としてみる相手ではないはずだ。

「ラス…」

返事のないブラスティーナに歩み寄る。

彼にとっては、どうしても敵にしたくない相手だった。

ここから離脱すれば、戦意のない者として逃がしてやれる。

そう思い、肩に手を伸ばしたのだ。

「…『シナリオ』が、悲劇を繰り返さない為のものだと…信じていたから」

音が弾けたように大きくなった。

ひゅっと風を切り裂いて、突きつけられたのは青白い刀だった。

喉を僅かにかすり、血が垂れる。

「…ラス?」

「教えて。あなたは、全部しっているのでしょう?」

突きつけられた眼差しはギラギラと光る鋭いものだった。

「ま、待て。お前は『シナリオ』に賛成なんだろ?俺と戦う理由はねぇはずだ」

前後左右に振り回される刀を避けながら、リオンは後ろへ逃げる。

話し合おうと説得するも、ブラスティーナは聞き入れない。

「私は『シナリオ』があの悲劇を防ぐ為だと信じてきた。だから、『運命の剣』に入って情報を送っていた。

なのにっ…なのに!」

トンと背中が壁にぶつかる。

刀を両手で掴み、真っ直ぐ降り下ろされた。

金属とも違うラグナの剣は薄く堅い貝の殻は金属に劣らない強度を誇る。

土で作られた壁など敵ではない。

深く突き刺さった刀がリオンの真横に穴を空けた。

視線を刀からブラスティーナに向けると、彼女は唇を噛み締めてリオンを見つめている。

刀を握る手はカタカタと震えている。

ポタリと涙を落として、リオンにすがるのだ。

「リオン、私、何を信じればいいの?あの子の仇を打ちたいのに…どうして、あなたを殺せないの?」

ペタリと座り込むブラスティーナのその手をとって、思う。

やはりラグナといっても女性なのだ。

「…わかった…話すよ。お前には、嘘はつけねぇからな」

チリンと耳飾りが揺れる。

「始まりは25年前。グランツが、ブラッセ当主になった時だ」



―25年前―

首都サムワールに建つブラッセ邸、この日、たった18のグランツ・ブラッセは当主となった。

「嫌だって言っているんだ!リオンの馬鹿!僕は研究所に行く!」

「だああぁ!!諦めろ!!ブラッセ当主が仕事を断るたぁどういうことだ!?」

壁にしがみつく当主を若きリオンが引っ張る。

ブラッセの前当主が病に倒れ、国からの仕事ができなくなった為、半ば無理やりグランツが当主となった。

グランツ・ブラッセは現在でもできの悪いブラッセ公と言われる程に、仕事を嫌い、研究所にとじ込もっていた。

特別人を嫌うことはないものの、暗殺という仕事が余程気に入らないらしく、駄々をこねては、従者のリオンを困らせた。

「僕はブラッセなんて大嫌いなんだよ!!」

壁から引き離されるとポカポカとリオンの頭を叩く。

その様子はまるで子供だ。

そんなグランツを慣れた手つきで玄関まで引きずると、一人の女性が顔をだす。

「あら?グランツさん、また嫌がっているの?」

褐色の肌に銀髪、そして青白い髪飾りはラグナのものだ。

丸い目を伏せて笑う彼女にグランツは頬を膨らませた。

「シンシア、僕は仕事を回さないでって言ってるのに、リオンは仕事を持ってくるんだ。

研究所にいた方がずっと楽しいのに!あと少しで成功しそうなんだよ?」

涙目になっているグランツにシンシアはニコリと微笑み、

「わかっていますよ。グランツさんは研究所の方がお似合いです。

しかし、国からの以来にブラッセ当主が顔を出さないわけにはいきません。

仕事は私たちがやりますので、グランツさんは付いてきてくださるだけでけっこうですよ」

と。

グランツは諦めたのかようやく首を縦に振った。

リオンが大きな口を開けて笑い、グランツの背中を押す。

三人は馬車にのり、目的地を目指すのだ。

この頃、僅かに残っていたラグナの戦士達は戦いを求めてブラッセの下についていた。

寄せられる依頼の大半をラグナが行っていたという。


チリン

綺麗な音にグランツが顔を上げた。

仕事が終わりぐったりと横になっていたが、聞きなれない音を探してキョロキョロと目を動かした。

「ん?どうした?」

コーヒーを手渡すリオンと共にまた、チリンと音がした。

「鈴みたいな音…」

「あぁ、これか?良いだろ?シンシアに付けてもらったんだ」

右の耳に通された金色のリングはぶつかり合う度に綺麗な音色を奏でる。

「……痛そう」

「は?痛くねぇよ。ちゃんと冷やしてやったんだからな」

「だって、かなり重そうだ」

ぶつぶつと言うグランツだが、その目はなかなか耳飾りから離れない。

それが、ラグナの民の伝統だと知っていたからだ。

「リオン…ラグナになるの?」

ソファのクッションを抱いて、ぼそりと尋ねた

寂しそうな声にリオンは一瞬ためらう。

「ラグナにはならねぇよ」

「でも……それ…」

「…」

リオンは顔を真っ赤にしてそっぽを向く。

彼の頭が動く度に心地のよい音色が鳴る。

コーヒーを一気に飲み干したリオンは耳まで真っ赤に染めていた。

「シンシアと……その…」

「結婚するの?」

「っ……まぁ、な」

「おめでとう」

優しく笑ったグランツに、リオンは頬をかきながら礼を言う。

小柄なシンシアはいつでもリオンのそばにいて、優しく笑う可愛い人だ。

グランツはリオンとシンシアが並ぶ姿を浮かべて、お似合いだなと思った。

耳飾りはラグナのシンシアを受け入れる為に付けたのだ。

民族の違いなど越えて、幸せになれればいいと。

 



「ねぇ、結婚祝いって何をすれば良いのかな?」

ポコポコと泡立つ試験管を前にしてグランツは呟いた。

「さぁ?ペアの食器でも贈ったら?…誰か結婚するのかい?」

「うん。僕の従者なんだけどね…」

「ふぅん。君の従者ねぇ…」

「ウィル…知ってるよね?僕の従者のリオン・レオパード」

ウィルと呼ばれた青年はビーカーに怪しげな液体を入れながら、

「あぁ、やたら強そうな名前の人ね」

と答えた。

ビーカーの中身はボンと音を立てて煙を上げる。

「強そうって言うか、強いんだよ…リオンは僕よりずっと強い」

悪臭が漂うも動じない二人に対し、周りの研究員は慌てて換気扇を回した。

「でさ、やっぱり、結婚したら従者を辞めるのかな?安全な仕事を探すよね…普通」

それはわからないと言いながら、ウィルは二度目の爆破をさせた。

もくもくと煙があがる。

「ところで、ウィルは何をしているの?」

「ん~?」

覗き込めばキラキラと光る液体がいくつか並んでいた。

見たこともない色にグランツは眉をひそめる。

「神様の培養実験だよ」

ニコリと笑うウィルはふざけているのかと思わせた。




チラチラと雪が降る。

秋も終わり空気は冷たい。

「初雪だな」

鼻を赤くしたリオンはコートに手を突っ込んで小さくなっている。

「そうね。綺麗な雪」

シンシアはマフラーこそ巻いているものの、伝統衣装は寒そうだ。

ピタリとリオンに寄り添って細い指に雪を乗せる。

白い雪は肌の熱であっという間に溶けてしまった。

「今日はラスを見なかったな」

「姉さんはお仕事よ」

寒さなど感じさせない明るい笑みにリオンも笑う。

今日は二人きりだと喜んでシンシアを抱き寄せた。

「今日はね、ラグナの集会があるんだけど、私は行かなくてもいいんだって」

リオンのコートに潜り込んだシンシアは寂しそうに呟いた。

心なしか震えている背に手を回し「そうか」と返す。

ラグナを追い出されたような気持ちに整理がつかないようだ。

「…幸せになろうぜ。シンシア。誰もが羨むくれぇによ」

強く抱き締めて頬を寄せる。

明るい笑いが冬の夕暮れに染み渡る。

街灯の灯よりも暖かく、幸せな時間だった。

「そうだ。リオン、私からのプレゼント」

「ん?時計?あぁ、こないだのか」

ニコニコとシンシアは腕時計をリオンにつける。

シンプルなデザインだがリオンにはよく似合った。

「こないだのお礼。指輪の変わり、ね」

高価な指輪は買えないからと、彼はシンシアに時計を渡していた。

「はははっ、俺らの指輪交換、時計交換にするか?」

冗談を言いながら、リオンは喜んだ。

銀色の時計が街灯に照らされてキラキラと輝く。



「……?」

グランツはガタリと身を乗り出してカーテンを開けた。

自室に戻ってきて手紙を書いていた時、外の異変に気づいた。

「……燃えてる?」

夜の闇の中、ぼんやりと赤く染まる建物がある。

それはラグナの人々が宿舎にしていた建物だ。

「何が…!?リオン、シンシア?」

真っ先に浮かんだのは信頼する従者とその恋人だ。

グランツは剣を手にして急いで部屋を出る。

廊下ですれ違うメイド達には目もくれず、冬の夜だと言うのにコートも忘れた。

冷たい風が身を切るようだが、彼は止まらなかった。

嫌な予感がしてならない。

ウィルから今日はラグナの集会があると聞いていた。

彼はいつもと違う実験をしていた。

別れ際、彼はグランツに言った。

「研究成果を試すには、何処がいいかな?」

もし、あの実験が成功していたとしたら。

彼がサンプルとして選ぶとしたら。

闘神ルチャルに最も近いラグナだ。

神様の培養実験とは何を意味するのか。

「ウィル、いったい、君は何をした?」

赤く染まる空が不気味に光る。

掲げた剣に震える手を添え、彼は業火に飛び込んだ。




同じ頃、リオンとシンシアも異変に気付き宿舎に乗り込んだ。

辺りは一面火の海で、すでに通れない道もある。

おかしな事に人の姿が見当たらない。

シンシアがいくら名を呼べど、一つの返事もないのだ。

「くそっ…何が起きてんだ?」

炎を掻き分けて進む二人は大広間を目指す。

集会があったのならば人がいるはずだと、一面の赤の中、燃えずに残る大広間の扉を抉じ開ける。

その先にあったものを、見なければよかったのにと、二人は後悔する。


「やぁ、いないからあきらめていたんだよ」

ラグナの屍の中心に立つウィル、ウィリアム・グラウンの姿だった。

片手に掴む一人の身体はぼろぼろと朽ち果て、やがて骨を残して砂になる。

信じられない光景に言葉は出なかった。

「何人かはしばらく動いていたんだよ。ルチャル神のそばにいるラグナでも、無理だったか…」

ふむふむと骨を見つめながら観察をするウィリアムに恐怖の色はない。

宿舎を利用していたラグナは百近い。

それが、この男一人に全滅したと言うのか。

「テメェ!!何しやがった!」

怒鳴るリオンにキョトンとしながら、当たり前のようにウィルが答える。

「ルチャル神のエネルギーを投与してみたのさ。残念ながら制御できるモノはなかったけど」

そばのケースには注射器が並ぶ。

妖しい光を放つそれが、ルチャル神のエネルギーだという。

「ラグナは…あなたの実験の為に…」

シンシアが怒りに震えていた。

この屍の中には彼女の両親もいるはずだ。

「探求に犠牲は付き物さ。サンプルの数があればあるほど、より正確なデータが得られる。中には数少ない成功例が生まれるものさ」

ウィルが指を指す。

シンシアが刀を手に飛び出した。

リオンがシンシアを呼び止めるが間に合わない。

彼女の身体は、ヤギとも熊ともいえない化け物に吹き飛ばされた。

オオオォォォォ!!

苦し気な叫びをあげて化け物は崩れ行く。

骨を折ったシンシアはその場にうずくまり、化け物の顔を見た。

「…母さん?」

わずかに残る面影はリオンとの婚約を唯一賛成してくれた母だった。

「ウィリアム!!」

ナイフを握り、リオンが駆け出した。

これ以上、シンシアを戦わせてはならない。

怒りに身を任せ、銀の刃がウィリアムの首を狙う。

「あぁ、君には用があるんだよ」

ニヤリと笑ったウィリアムを狙うも、悲鳴をあげながら立ちはだかる化け物を、リオンは貫けなかった。

骨になりかけた腕に掴まれ床に押し付けられた。

暴れても、暴れても、耳飾りが音を立てるだけだった。

「君には取って置きを残しておいたよ。リオン・レオパード。

強い君なら、きっとルチャル神は気に入るさ」

「放せ!!殺してやる!!テメェは許さねぇ!!」

暴言の数々も無力に終わる。

固定されたその腕に、針が刺さる。

叫びが響く。

熱く激しい痛みが身体中に駆け巡った。

「リオン!!」

愛しい声が遠ざかる。

楽し気なウィリアムの声に脳内は感情に支配された。

『殺してやる』




思わぬ浮遊感に死んだものと錯覚した。

それは本当に不思議な光景だった。

臨死体験として、自分を別の角度から見るというが、まさにそれだ。

リオンは自分が何処にいるのかわからない。

ただ、下の方には確かに自分らしき人がうめき声あげている。

ウィリアムの姿も、シンシアも見える。

「シンシア、早く、逃げろ」

叫んでも届かない。

ふと、見下ろすと自分の体が異常な痙攣を起こしている。

それもバキバキと音をたてながらだ。

ウィリアムが高らかに笑うそばで、彼は自分の体が獅子へと変貌する様を見せつけられた。

「おい、嘘だろ?俺、だよな?」

吼えた獅子に喜ぶウィリアムは感嘆の声を上げた。

「やっぱり、君は最高の材料だ!!ありがとう。お陰で成功が立証できた」

たてがみをさらさらと撫でる。

耳には金色のリング、確かに、自分のものだ。

唸る獅子の耳許でウィリアムが囁く。

「さぁ、餌の時間だよ。リオン・レオパード」

獅子の視線の先には動けないシンシアがいた。

化け物が砂に変わる。

いや、最早化け物は自分だ。

リオンはひたすら叫んだ。

「止めろ!!止めろ!!逃げろ!!シンシア!!」

牙が、爪が彼女に向かう。

真っ赤な鮮血を吹き出し、彼女はリオンを受け止めた。

細い手を首に回して

「リオン、生きてね」

と、残した。

その後の景色は思い出せない。

酷い吐き気と胸の苦しさ、ぼろぼろと泣きながら意識が途切れた。

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