第21話  最終戦ロッシュ&マオイン


「な、何の音!?」

爆発音にククリが縮こまる。

大きな音は聴きたくないのが獣だ。

閃光に続き爆発音ということは、ロッシュと社長が激しくやりあっている証拠なのだろう。

「ククリ、あなた、ここから逃げなさい」

ククリの服を押さえていたメスを抜き取って、マオインは爆発音のあった部屋に向かう。

「嫌だ!!僕は社長さんの為に」

「死にたいの!?」

「……うっ」

マオインを追うククリにメスを突き出して怒鳴った。

怯んだククリは涙を一杯に貯めて

「だって、社長さんだけが…僕を拾ってくれたんだ…一人で逃げたって、僕は淋しいままなんだ!!そんなの嫌だよぉ!!」

ついには声をあげて泣き出した。

ククリを置いて行こうとも考えた。

しかし、わんわんと泣く子供を放って置けるほど冷徹ではない。

「もう…泣くな、馬鹿」

呆れたマオインはククリの頭をポンと叩き。

「人は一人じゃない。必ず助けてくれるから。獣人だろうと人として生きるならきっと、仲間ができるから。ね?」

ぐすぐすと泣くククリをギュッと抱き締めて頭を撫でる。

「…強く生きなさい。ククリ」

生きろというのは何よりも強い言葉だ。

それはマオインにとっても、ククリにとっても同じだった。

コクンと首をふったククリに優しく微笑むと

「この棟は危ないから外にでなさい。少し離れたところに村があるから、そこまで走りなさい。

きっと、優しい人がいるから。

きっと、仲良くなれる友達ができるから。

強く生きるのよ?」

ポンと背中を押すとククリは走り出した。

丸くモコモコした生き物がテコテコと歩く姿は愛らしい。

窓から飛び出したククリは衝撃をその毛で緩和して、森へ消える。

その手前、一度だけ振り向いた目は、何かを心配しているようだった。

マオインは小さく手を振り、部屋の奥へと急いだ。



壁が跡形もなく吹き飛んだ。

片側を血で染めた社長はゼーゼーと息を吐く。

「今思えば、僕はサンプルに過ぎなかったんだ」

産まれた時からあの白い生き物に見張られていたに違いない。

ロッシュ左手に三本の風切り羽を持ち、槍は僅かに動く右腕の支えにしていた。

「羽を弾薬に変えるのか…」

「違うよ。爆破そのものだ。翼はポイントを示すだけ」

投げられた羽が社長の真後ろの壁に当たる。

コツンと小さな音を立てた数秒後。真っ赤な炎をあげて爆風と煙を起こした。

「しかし、無駄な爆破は禁物だ。ここは廃屋、耐久性は誰も保障できない」

ギリッとロッシュが睨み付けた。

この場所は本拠地の隅にある別館のような建物だ。

正面から突入したオール、クライノートはもちろん、『ノクティス』に用のない他四人もこの棟にはいない。

しかし、彼女はこの棟にいる。


「それで、僕が攻撃をゆるめると思うのかい?」

ロッシュは強気に笑う。

お互いを気にせずに戦おうと約束をした。

それで、目的が果たせるならばと。

それで、後悔しないならばと。

飛びかかる巨大なグリズリーの合間を飛び交う羽が光を集める。

牙がロッシュに食らいつく手前、棟はその大半を爆炎へと変えた。



「――!―シュ!ロッシュ!」

一番に目覚めたのは聴覚だった。

次に感覚だ。

それはあまり感じたくはなかったが、その次に視覚が戻ってきた。

「ロッシュ!ロッシュ!直ぐに、直ぐに助けるからね」

ボロボロと大粒の涙を流し始めたマオインを見て、ロッシュは僅かに動く左手を彼女の頬に添えた。

「無事で、よかった。少し、コントロール、したつもりなんだ」

そっと微笑むと、彼女はまた泣いた。

周りは瓦礫の山で棟はそのほとんどが崩れていた。

社長の姿はなく、マオインも少し巻き込まれたのか煤にまみれている。

中心にいたはずのロッシュを探して、瓦礫の中をさ迷ったのだろう。

白衣も黒くなり所々破れていた。

「私は無事だから。もう、喋らないで。必ず、助けるから」

「マオイン…」

立ち上がろうとした手を掴んでロッシュは引き寄せる。

「もう、いいよ」

見たこともない、優しく弱い笑みだった。

彼の上には大きな壁が崩れ落ちていたのだ。

唇を噛んで、掴んだ手を握り彼女は嫌だと叫んだ。

その時だ。

瓦礫の中から一頭の巨大な獣が唸りを上げて立ち上がった 。

「おのれ!たかが一羽の鳥に人間が負けるはずがない!許さんぞ!ロッシュ!」

黒く焼けながらも怒りを動力に立ち上がる。

マオインはメスを持ってロッシュを庇うように立ち向かう。

マオインが社長に敵わないことは承知だ。

攻撃力も素早さも敵わない。

それでも、立ち向かわなければ後悔すると、彼女はロッシュの壁となる。

「マオイン!」

メスは弾かれ、大きな爪が襲い来る。

何度も叫ぶロッシュの声を聞きながら彼女は目を閉じた。




「まったく、こんなところにいたのか…」

聞き覚えのある声にそっと目を開けると口を開けたままで倒れた社長の後ろに、刀を提げた杏がいた。

「……杏?どうして…」

「お前を探しに来たのだ。突然異国に旅立ったことを、師はお怒りだ」

目を伏せてマオインに説く杏だが、返事のないことを不審に思い、聞いているのか?と前を向けばマオインはロッシュの上にのる瓦礫を退けようと必死だった。

無視をされたと傷つきながらも、確かに人命が先かと納得する。

「マオイン、もう、いいと…」

「よくないっ…生きることを諦めないで、オールだって…私だって…あなたが必要なのよ」

杏も瓦礫に手を添えたが、触れればわかる。

動かしようがない。

弱っていくロッシュは小さくマオインよぶ。

「マオイン、彼の話を聞いてやれ。私が動かす」

動かないとはわかりながらも杏は瓦礫を押し上げる。

ぺたりと座り込んだマオインはロッシュが伸ばした手を握り、ただただ泣いた。

「マオイン、泣かないで。僕は気丈なあなたが好きだ」

彼の目はじっとマオインを見つめていた。

うん。うん。と首を動かすマオインは時おり涙を拭う。

「誰も信用できなかった僕が、初めて心の底から信用できたのがあなただ。

覚えているかな?始めてあった僕に、あなたが何と言ったか」

「……死んだような目ね…でしょ?」

「うん。それで、僕はあなたにナイフを突き立てたんだ」

鮮明に蘇る過去を一つ、また一つとロッシュが話す。

マオインと出会い、死んだような目だと言われ、生きるとは何かを問い始めた。

いつしかそれが、自分の為でなく他人の為になることだと気付き、無差別に人を嫌うことを止めた。

オールと出会い、仲間がいることに誇りが生まれ、マオインとオールだけは、なにがなんでも守ろうと誓った。

たった二人、誰よりも信頼できる仲間だったと。

血が吐き出される。

瓦礫は小さな破片は落ちるもののびくともしない。

「ロッシュ、死なないで。私、あなたがいないと…」

「マオイン、もう、足は砕けてしまった」

それは死を意味する言葉だった。

獣人の最期は砂と化す。

今まで先に逝った獣人達も獣の骨を残して砂となる。

人して生きた証しなど残りはしない。

「嫌…嫌……ロッシュ…」

泣き崩れるマオインに彼は声を振り絞る

「オールに、自分の意志を貫けって」

「うん」

「マオイン、ありがとう…」

「……」

「あなたの国に…一緒に…」

「行こう。ロッシュ…オールも連れて、一緒に泰国へ行こう…」

優しく笑ったロッシュは彼女を引き寄せて唇を重ねた。

「約束…だよ」

サァッと音を立てロッシュの姿は消えた。

握っていた手には砂しか残らず、マオインは声をあげて泣いた。

隣にいた杏は、かける言葉が見当たらず、泣き続けるマオインのそばで見守った。




ふと、オールは後ろを振り向く。

「どうかしたの?」

未だ残る残党を放り投げながらクライノートが尋ねた。

「……何か、変な感じが…」

吹き抜ける風が生温い。

気持ちの悪さに吐き気がする程だ。

「…まさか…ね」

爆音は届いていた。

ロッシュとマオインが心配だが、彼は二人の力を信じている。

彼らに限って、命を落とすはずはないと。

「なんでもない!!早く終わらそう!!」

オールは再び元気よく駆け出した


――――――

――

「…あっ!!もしもし?シーカー?あのね?今2つの色が消えたよ

うん。神様のところにすぅって消えていったの」

少女は樹に登り、無線を片手に明るく話す。

「うぅん…今日はいっぱい光ってたんだけどね、明るいのが2つ。

ふわぁって!綺麗なんだよ!シーカーにも見せてあげたいな」

少女は座り直して空を見上げる。

真っ白な空に一つ二つと星が光っては消えていく。

「神様はね、光が戻って来るといいんだって。え?シーカーは嫌なの?

……ふぅん。でもね、あの光は神様の光なんだよ?そっか。じゃぁ、神様にお願いしなくちゃね」

少女は無邪気に笑う。




血の臭いが染み付いた剣に一人の男が映る。

その隣には赤いカチューシャのセルビーンが立っている。

「クォーツテール以来ですね、レオバルト・ブラッセ公」

「生憎、記憶にないな。似たようなやつはら腐る程いる」

笑うレオバルトは一見悪魔のようだ。

エドワールがやれやれと首をふる。

「大きな爆発音もして、あなたのお仲間は楽しそうだ。そう言えば、あなたの従者がいませんね?」

セルビーンはつまらなそうにレオバルトをみている。

彼女はシャウロッテを相手にするつもりでいたらしい。

「あいつにはあいつの仕事があるんでな。あんたらの相手は、俺一人で十分だろ?」

空を斬る剣の軽さ、話すだけで伝わる威圧に

「これが…レオバルト・ブラッセ…」

エドワールは歓喜に手を震わせる。

「あぁ、セルビーン、手出しは無用です。アレは、私の獲物ですから」

「わかってるわよぉ。あたしだってぇ、エドの戦いに巻き込まれたくないのぉ」

レオバルトを前にするエドワールの表情をみて、獣人よりも獣らしいと思う。

エドワールは瞳孔を開き真っ直ぐレオバルトを見つめ、口許をなめる。

それはやはり、獲物を前にした肉食獣の表情だ。

「その銀のコートを、あなたの血で赤く染めて差し上げましょう!!」

「はっ!出来るもんならなっ!!」

ぶつかり合う剣と剣の激しさにセルビーンはごくりと息をのんだ。

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