第20話  最終戦ロッシュ&マオイン

巣から落ちた雛は生きられない。

どんなに大きな声で叫んでも、どんなに激しく暴れても、餌を取りに言った両親には届かない。

助けて欲しい。

生かして欲しい。

迫り来る大蛇の気配に気づく事はない雛は精一杯鳴き続けた。



「出会いなんて、良いものじゃなかった」

槍を片手にロッシュは呟いた。

折り畳み式の彼の武器は銀色に光る鉄の槍だ。

「マオイン、援護は任せたよ」

帽子を被り直して槍を構える。

マオインはくわえていたタバコを放り投げ

「もちろんよ」

と答えた。

不意討ちは卑怯な真似か?

いや、自然界では常に不意討ちだ。

不意討ちが出来る者こそ生き残る。

力がないなら知恵を付けろ。

いかに低リスクで乗りきれるかを見極める悪知恵を、それが彼らの本能だ。

ドアは粉々に砕かれ、突撃した先の標的を目でとらえる。

横からやって来た少年をマオインが取り押さえ、ロッシュの槍は真っ直ぐ突き立てられた。

無駄はない  余分な動作も音もない

見事な襲撃だった。

「あぁ、やはり惜しいな。如何に獣人が戦闘に長けているとは言え、ここまで美しくこなす者はお前くらいだと言うのに」

槍は壁に突き刺さり、その直ぐ隣で社長は手を組み微笑んだ。

「戦闘に美しくもなにもない」

真っ向から反発するロッシュ表情は帽子で隠されているが確かに苛立っている。

槍を引き抜いてようやく社長が腰を上げた。

「お前は賢い。だから後悔しているよ。

早くに殺さなかったことをね」

「ロッシュ!!」

声を頼りに飛び上がる。

マオインから逃れた少年は逃げることなくロッシュに立ち向かった。

かわされても直ぐに体勢を整え、次を狙っている。

真上では社長が既にトランスを終えてグリズリーと化していた。

槍を盾に一打を受ける。

社長の得りはその攻撃の重さだ。

片手の一振りにも関わらず、ロッシュの体は吹き飛ばされた。

「~~っ!!」

反対側の壁にぶつかり、帽子が落ちる。

灰色の髪の下から覗くのは獲物を仕留めんとする猛禽類の眼だ。

「社長さん、こいつら、僕が始末しますよ。社長さんを裏切るんて、僕は許さない」

少年は冷ややかな目で二人を見つめていた。

憎しみというよりは軽蔑だろう。

社長は穏やかに笑い、少年の頭を撫でる。

「うん。しかしね、私はどうしてもこの手で彼の始末をしなくてはならない。

彼を率いれたのは私だからね。

だから、ククリ。お前はあの梟を捕らえなさい。

殺してはダメだよ?いろんな情報を聞き出さなくちゃならない」

ククリは口を尖らせながらもコクリと頷いた。

「別に、二人を相手にしても構わないんだけどね」

強気なロッシュに社長は声を出して笑う。

「ロッシュ、野生のお前が情を持つことはマイナスでしかないんだよ?

昔のように戦えないお前が、私に勝とうとするのもおかしな話だ」

何の話だろうと、マオインは戸惑った。

彼女からしたら昔も今もロッシュは強い存在だ。

風を切る素早さと、瞬時に判断できる頭の良さは誰もが認めた。

あの頃から変わりないはずなのに社長は弱くなったと…。

「昔話はいらない。僕はあなたを許せない。それだけだ」

彼の目はただ一点、社長のみを見ている。

「その目…いいだろう。やってごらん?生への欲に勝るものがあると言うならね」

ぶつかり合った二頭の獣、槍と爪が交互に交わる。

時おり舞い散る羽は、ロッシュのものだ。

トランスを上手く使い、翼と腕を活かす戦い。

宙に飛び上がる翼と地を這う腕、隼の脚は槍を掴むこともできる。

攻撃の範囲は誰にも劣らない。

「あなたは言った。僕ら獣人が生きることができる社会を創ると…」

槍が社長の肩を抉る。

「あぁ、言ったさ。『シナリオ』を崩した上で訪れる未来の為に」

社長の爪がロッシュの足を斬る。

退けば終わりと言わんばかりの激しい争い。

「バカなことを言うな。その『シナリオ』の中で僕らを産み出した奴に味方することが、獣人の為になると言うのか!?」

「だからと言って、『シナリオ』を続けると言うのもおかしくないか?」

「『シナリオ』に興味はない。僕は僕の敵を倒すだけだ」

頭に血が上っていた。

飛び上がったはずだった。

しかし、それは叶わない。

トランス途中の翼は右肩ごと社長の力に捕まり床に叩きつけられた。

バキバキと折れる音がする。

「ぅ、あっ…」

声が漏れた。

動かない右腕をなおもミシミシと押し潰す社長の腕を退かす術はない。

「他人の為になどと、何時から思うようになった?であった頃のお前は、犠牲は問わなかっただろ?」

歯を食いしばりロッシュは社長を蹴り飛ばす。

一瞬できた隙に一発の閃光弾が放たれる。

白くなった部屋が落ち着く頃、組み敷かれていたロッシュの姿はなかった。

「ふむ。やはり惜しいよ。ロッシュ」




カッカッと軽い音をたてて壁にメスが突き刺さる。

「放せ!!放せよ!!マオインの馬鹿ぁ!!」

服を縫い付けられて身動きがとれなくなったククリが泣き叫ぶ。

はじめから勝負になっていない戦いのようだ。

マオインはたばこに火をつけながら

「ラム肉って美味しいのよね」

と、呟く。

その冷たい目はやはり猛禽類のもので、ククリは身の危険を感じた。

「社長はロッシュが何とかするって言ったけど、気になるのよね…」

先程の会話によれば社長はロッシュの弱さを知っているらしい。

「ふんっ!!ロッシュなんて社長さんの敵じゃないもんね!!今頃食べられてるっ…!?<ガッ>

ギャーー!!ごめんなさい!!」

どす黒いオーラを放ち、メスが投げつけられた。

目が怪しく光り、何か後ろに化け物がみえる。

私が食ってやろうか?と言わんばかりの眼光にククリは謝り続けた。

そもそもククリは動きを封じてしまえば大したことはない。

羊だからか攻撃力があるわけでもない。

恐るべきは防御だ。

あの豊富な体毛は衝撃の吸収にはもってこい。

刃物すらも途中でとめる縮れ毛はなかなか厄介だ。

「動いたら、本当にラム肉にするからね」

しかし、やはり羊は羊だ。

仲間がいなければ戦意は半減する。

ただの子供と同じだ。

涙をこらえて必死に首を縦に振っている。

その時だ。

奥から強い光が漏れた。



人間は敵だ。

僕の家族をみんなみんな殺した。

僕を縛り付けて殴ったり蹴ったりする。

人間がいるから、僕はこんな姿になったんだ。

嫌いだ。人間なんて。



「…ははっ…思い出したくもない。僕は…確かに変わったんだ…」

こだまする過去の想いに自嘲する。

「嫌いさ…今だって…でも、壊すべきじゃないことを知ったんだ」

視線の先、小さな窓に映る空を覗き、彼は手を伸ばした。

15年程前の話だ。

獣人は片っ端から捕え、研究所に送るのが一般的だった。

シルズレイトの高い山脈の広がる場所でロッシュは産まれた。

タマゴを突き破りようやく覗いた空は高く高く、初めて目にした美しい翼は母のものだった。

声をあげ、母を呼び、生きたいと叫ぶ。

口に運ばれた餌が喉を通る度に、生きていると実感した。

時々巣を覗くおかしな生き物以外、彼は両親以外の生き物を見たことがなかった。

餌はいつも、親が肉として持ってきていたからだ。

殻から脱け出して数日、彼の体は悲鳴をあげ始めた。

ミシミシと骨はのび、小さな体はブチブチと筋を裂く。

何が起こったのかわからない。

両親は餌を取りに行ったまま、小さな巣に入らなくなった彼は産まれてくるであろう兄弟のタマゴと共に地に落ちた。

「あっ…ああぁ…」

翼が消える。

クチバシはもうない。

脚は太くなる。

ガクガクと震えながらも彼は精一杯叫んだ。

生きたい、生きたいのだと。

蛇が落ちたタマゴを食らう。

飲み込まれた兄弟に不思議と感情はない。

ただ、自分が生きたいのだ。

地べたを這いながら蛇を避ける。

タマゴを全て飲み込んだ蛇は首を傾げて彼をみた。

そして、よくわからない音を出しながら蛇は潰れた。

「間に合ったようだ」

無機質な声を見上げれば白い防護服をきた生き物が手を伸ばす。

目の前の光景を理解しきれない彼は怯えた目で泣き叫んだ。

連れて行かれてはいけない。

頭の奥の方から警告が聞こえる。

痛む筋を無理に動かして彼は必死に暴れた。

助けて!母さん!父さん!

声が届いたのかはわからない。

しかし、確かに二羽の隼は白い生き物に立ち向かった。

我が子を守ろうと爪をたてた。

「くそっ!!何なんだ!?」

彼を抱えた白い生き物は片腕を大きくふって二羽を払う。

それでも二羽の隼は諦めようとはしなかった。

幼い彼は一生懸命、親の元に帰ろうと翼のない手を伸ばした。

<パーン>

一発の銃声が響くまでは、確かにそこにあった光が消えていく。

頭を潰された蛇の隣に落ちた一羽の隼、その胸からはまだ温かい血が流れ出る。

<パーン>

崖に消えたもう一羽、感じたことのない痛みが彼を襲う。

伸ばした手は何も掴むことなく。

白い生き物に奪われ。

小さな檻に閉じ込められた。

 


地獄という言葉がぴったりだろうと苦笑する。

連れて行かれた場所は血生臭い死骸がならぶ暗い部屋にはメスをいれられ解体された動物が並ぶ。

何度この腕に針を通されたか。

何度痛みと熱に意識を奪われたか。

何度再び空に戻る日を夢見たか。

白い生き物が人間だと知り、自分が獣人という異色の生き物だと知り、その為に両親は撃ち殺されたと知った。

人間は敵だ。

自分達が生きるためにはいてはならない。

憎悪が激しく膨れ上がり、彼は研究所を飛び出した。

爆発音を後方で聞き、繋がった管を切り裂いて、教わったわけでもない飛行をし、空へと舞い上がった。

高く、高く、高く、限界まで舞い上がり、その目で空に浮かぶ真っ白な光をハッキリとみた。

雫が零れ、声をあげた。

まっ逆さまに急降下をし、地面ギリギリでまた舞い上がる。

何度も何度も、その翼がくたびれるまで繰り返した。

そうだ。生きているんだ。

生きていく為に壊さなければならないものがあるのなら、ためらう必要はない。

何よりも大切なのは自分が生きることだ。


「マオイン、僕は昔の自分を恥じるよ。無知で自分勝手な僕を…」

掴んだ槍が風を斬る。

再び光を宿した瞳の奥に憎悪があるというのだろうか。

「だから、負けられない。これから生きる人の為にも」

思い出すのは慕ってくれるオール、マオインや信じてくれたエティア、アイリン、シャウロッテ

『シナリオ』が向かう先が彼らの道を阻むなら、それを阻止すればいい。

今は確実に、『運命の剣』が目指すものを止めるだけだ。

「僕はもう、自分だけ生きられればいいなんて思っていない」

槍が押さえた猛獣の爪がギシギシと音を立てる。

被さるように迫った牙をよけ固い毛に覆われた腹に蹴りを入れる。

思った以上に筋肉質で蹴った足の方が悲鳴をあげた。

「甘い考えは命取りだ」

叩きつけられた太い腕に力の差がここまであると笑えてくる。

息を整えながらロッシュは社長を睨んだ。

「甘い…か。それでも、僕にとっては力だ」

ピンと空気が変わる。

社長は振り上げた手を止めて辺りを見回す。

変わったところはない。

変わったのは雰囲気だ。


「社長、一つ言っておくよ。

僕は初めからあなたに全てを知らせるつもりはなかったんだ」

傷付いた右腕を抉り引き抜いたのは一枚の風切り羽だ。

「オールのことも、僕のこともね。裏切りの計算も、なかったわけじゃない。

知らないだろ?僕が覚醒していたこと」

オールの炎を秘密にしたのはいざという時に役立つ力だったからだ。

誰もが弱いと思い込んでいた彼が自然界での脅威を力にしたのなら、誰もが彼を追うことを諦める。

そう判断したからだ。

ならばロッシュ自身が隠した力とは何か。

羽は空気の抵抗をはね除けて社長の横を通過する。

「弾けろ」

閃光が音を立てて部屋を破壊した。

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