第19話  最終戦クライノート&オール


「あぁ、やはり覚醒してない彼には厳しかったようデスネ」

「…覚醒?」

クロウの手には幾つかの短剣が握られている。

脱出ショーに使われそうな細い剣、それが行ったり来たりと妙な動きをするからクライノートは傷だらけだ。

ふん。とクロウは息をつき、話を始めた。

「アナタ、獣人には疎いんデスネ?折角デスし、教えてあげますヨ」

顔には大きな弧が画かれた。




ドサリと倒れた人を廊下の隅によせるのはシャウロッテとアイリンだ。

最上階から侵入したためか、まだ人がいた。

それを倒していくのに少し手間取ってしまった。

「で?覚醒と私のヒーリングとどういう関係があるの?」

アイリンは人を跨ぎながらシャウロッテの後に続く。

「リオン殿の戦闘を見たことは?」

アイリンは首を横にふる。

金属を爪に変えて戦うと伝えると、彼女はすごいと感嘆の声をあげる。

「獣人にはそれぞれに特殊な力があると言われています。

あなたの回復術もその一つでしょう。

しかし、それが覚醒する者は僅かです」

「…どうして?」

「獣人となってから覚醒まで、本来なら10年以上の月日が必要なのです。

これは例外もありますが…

獣人は長年人間とは対立した存在だ。

虐待や、実験材料として数年で命を落とす者も多い。

そして、覚醒の条件が一つ」

人差し指を立ててアイリンと向かい合うシャウロッテの指先はゆっくり降りていき、アイリンの左胸を指す。

「生きようとする意志です」

「意志?」

「獣人の多くは孤立をし、単独で生きることになります。

群れで生きる者にとっては絶望でしかありません。

それ故に、生への欲が本来よりも乏しい。

条件を満たせない者は覚醒せずに命を絶ちます」

金色の眼は穏やかだが。

僅かにシャウロッテの声が震えているようにも聞こえる。

「…シャウは?シャウは…何か使えるの?」

アイリンは彼が10年近くレオバルトの元にいることも聞いている。

ならば、覚醒していてもおかしくないはずだ。

たとえ主の為だろうと、生きたいと願うはず。

アイリンはじっと金色を見つめる。

しばらく、ぼんやりとしていたシャウロッテは、柔らかく微笑むと

「さぁ。どうでしょうか?」

と、静かに言った。




「ま、そういう訳デス

彼はまだ3年しかたっていませんシ、元が単独の狐ならば余程の意志がなければ覚醒しませんヨ」

簡単に説明するクロウにクライノートは剣を突きつける。

まだ、立ち向かう力があったのかと、クロウは感心した。

クライノートの眼は泣き痕か、赤く腫れていたりするが、確かに強い意志がある。

そして、ハッキリと言い放った。

「興味ないんだ。僕は兄さんさえ見てくれればいいんだから」

兄弟愛と言えば聞こえはいいが、ここまでくると危ない臭いがする。

横から飛んでくる短剣を払い落とすと、彼はクロウに向かって走り出す。

向かう数本の短剣が体をかすめようともスピードは落ちない。

ぐしゃりと細い剣が貫通する。

クロウの耳元で

「狐君がどうなろうと、僕は構わないよ。その分、僕が駒になればいいんだから」

と、囁いた。

カチッ

音は小さいが、確かに聞こえた。

慌てて剣を引き抜きクロウを押し離す。

抜かれた剣に血はついていない。

「私には不思議で仕方ないヨ?血の繋がりもない兄に執着する必要なんてないじゃないですカ」

だらりと上半身をぶら下げてケタケタと笑うクロウは軽くホラーだ。

関節を無視して体が曲がっているのに笑みを絶やさない。

ブワッと壁の向こうから風が吹き抜ける。

まだ二人は戦っているのだろうか。

その風に乗って飛び交う無数の短剣にいったいどこからこんな数が出てきたのかと疑いたくなる。

剣で避けながらクライノートは立つことにも必死だった。

だか、この手品の仕掛けを彼は見つけた。

「あぁあ。やっぱり、仕掛けは見ない方が面白いよね」

飛び交う短剣の数本を掴みとる。

刃を持ったために出血はしたが、気にしてはいない。

斜め右、壊れた機械のようなクロウを無視して投げつけたのは、先ほど自分が立っていた人の山だ。

ピタリと短剣は止まる。

「ねぇ、次はどんな仕掛けの手品?」

「…バレたら手品は終わりデスヨ」

子供のような笑みに寒気がする。

人に隠れていたクロウはそこから自分の人形を操っていたわけだが、見つかっては仕方ない。

元々興味本位で『運命の剣』に入った彼は戦いで命を失いたくもなかった。

どうするべきかと悩み、彼は人山から這い出る。

そして、両手を上げて

「退散するとしまス」

また、笑う。

崩れかけた分身が風船のように膨らむ。

巨大になったそれにクロウが短剣を突き刺すと白い煙を撒きながらはぜた。

これで逃げようとクロウは窓に手をかけた。

サクッ

奇妙な音に視線を向ければ、開けた窓の先にあるはずの物がない。

「僕は優しいから、戦力にならない手品師さんは逃がしてあげる。また、手品、見せてね?

あ、無理か

指がないんじゃ、手品は無理だよね?」

親指を残して消えた指がパラパラと落ちていく。

窓から飛び出して振り替えれば、ニコニコと手をふるクライノートの口が確かに

『ぼくをなめるな』

と紡いでいた。

「さぁて、狐君のお手伝いでもしようかな?」




煙の晴れた部屋には穴が一つ

その先にオールとアグノスがいるはずだとクライノートは剣を手に覗き込む。

しかし、すぐに警戒心は晴れた。

そこにいたのはマフラーを叩くオールだけだったからだ。

「狐君?お馬さんは?」

「アグノス?…あそこだけど?」

そこには一頭分の骨が砂の上に横たわっていた。

ことは数分前にさかのぼる。




死ぬかもしれない。

そんな状況にも関わらず、やたら周りがクリアな事にオールは気づいた。

仲間同士で戦うのは確かに嫌なことだが、戦わなければ死ぬのは自分だ。

アグノスの拳を避けて離れるのが普通なのだが、彼は腕にしがみついた。

拳が壁を割り、破片をアグノスの風が吹き飛ばしたため、大した痛みはなかった。

「ぬあああ!!離れろおお!!」

思わぬ事態にパニックとなったアグノスは当然オールを振り落とす。

落とされたオールはブツブツと何かを呟いていた。

「えぇい、何かを言っているかわからん!!男ならハッキリ言え!!」

ビシッと指を指したアグノスのその指に乗るような視線の先で、黄色の眼がアグノスを捕らえる。

そして、ゆっくり口を開く。

「お前、馬鹿だから。秘密は守れないだろ?」

決意の眼、しかしそれは悲し気だった。

立ち上がったオールはそっと微笑んで

「だから、俺はお前を殺すよ」

と、言った。

その笑みは淡い赤の光に消え、凛とした美しい狐へと姿を変えた。

――――――

―――

「ロッシュ、ロッシュ!!」

山を降りて数ヵ月、梺の町で出会ったロッシュと共にオールは人と同じ生活をしていた。

消しきれない耳と尻尾は帽子や服で隠し、喫茶店やバーでアルバイトをしながら街を転々とし、それなりに楽しく暮らしていた。

何時か帰ると約束した家族を気にしながらも、人間として暮らすのも悪くないと思っていた。

政府がオールに気づいて捕まえに来たのはそんな矢先の事だった。

あっという間のことにロッシュも手が出せない。

伸ばした手を掴めなくなりオールはたった一人の親友の名を叫んだ。

戦うことを知らなかったオールは目の前でロッシュが血に染まるのを見た。

死を見たような気がした。

自分も死ぬのだろうか。

何故?

生きなければならないのに。

馬車に付けられた檻に投げ入れられ、扉が閉まる。

行き先は実験場だと聞いていた。

死にたくはなかった。

待っている家族がいるのだ。

「嫌だ!!死にたくない!!生きたいよ!!母さん、兄さん!!」

パチン

何かが弾ける音がした。

薄れ行く意識の中、目の前に現れた金色の母と兄弟達に手を伸ばし

「会いたいんだ」

と、呟いた。



「―。―る。オール!」

目を開けたそこに、ロッシュがいた。

肩を掴んで、懸命に声をかける。

「…ロッシュ?俺、連れていかれたんじゃ…」

「……何をしたか…解ってないのか?」

思い返すも思い出せない。

おそるおそる首を回すと

そこは………。



赤、赤、赤

その中心に立つ金色の獣が一匹

同じ色のマフラーが熱気で生まれた流れになびく。

「…火?」

どんなに鈍い頭でも解る

狐が支配しているのは炎だ。

火は自然界では脅威だ。

人として多少の火に慣れた獣人といえど、これ程大きな炎を相手にすることは難しい。

恐怖心でジリッと後ろに下がるアグノスの先には先ほどくぐった火の輪とは比べ物にならない火力がそびえる。

狐はケーンと一鳴きするとトンと宙に跳ぶ。

炎はそれに続くように跳ね回り、やがて辺りを包んでいく。

「来るなっ!!来るなぁぁ!!」

風を起こすも火は激しくなるばかりだ。

馬となり飛び越えようとしたが足がすくんでしまう。

狐は炎を従えてアグノスに狙いを定める。

その牙が、爪がアグノスの喉を捕えた時、小さな声で

「ごめん。アグノス」

と聴こえた。

粒子になった彼を見送って、オールはいつもの姿へと戻る。

同時に炎は全て消えた。

「俺は生きるよ」

金色のマフラーを握りしめ、彼は立ち尽くした。



「僕に何があったか教えてくれないの?」

頬を膨らませるクライノートにもオールは話をしなかった。

「ダメ。これは約束なんだ。誰にも言わない」

ツンとそっぽを向くオールをクライノートはじっと見ている。

勝ったわりに元気がない。

自分と張り合っていた時の方がずっと彼らしい。

そんなことを考えたあと、クライノートは手を差し出した。

「もっと弱いかと思ってた。見直したよ」

「……俺も」

その手を掴んだオールは、やっぱり人間として暮らすのも悪くないと思った。

「じゃ、兄さんの為に働いてよね、狐君」

即座に前言撤回したのはいうまでもない。

「お前は兄さん兄さん、うるさいんだよ!何で俺がレオバルトの為に働かなきゃならないんだ!?」

「兄さんの為の世界なんだから、君も兄さんに尽くすべきだよ」

「お前はまずその考え方を改めろ!!」

彼らが激しい言い争いをしている頃、様子を見に来た残党はこのままやられたフリをしようと、積み上げられた人の中に紛れるのであった。


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