第18話  最終戦クライノート&オール

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「いいか?騒ぎを起こせば必ず雑魚は先に集まるはずだ。

その火付け役はお前らにまかせる」


レオバルトはそう言ってルートを記した地図を渡した。

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「だからってさぁ…だからってさぁ…

こんなに集まるなんて聞いてねぇ!」


百近い狂気の群れの先頭を走るのはオールとクライノートだ。

正面から突っ切るように走り抜け、集まった者を始末するのが役割だった。

「うるさいよ、狐さん。僕は君なんかと組みたくないんだ!!早く兄さんの所に行きたいんだから!」

細い剣を振りかざし、前からの敵をなぎ倒すクライノートはさっさと終わらせたい一心なのか、攻撃に容赦がない。

「俺だってお前みたいな奴と組みたくない!」

オールは事前にもらった手榴弾をクライノートに向かって投げるが、いとも簡単に避けられる。

当然、被害を受けたのは後ろを追っていた『運命の剣』の雑兵だ。

「酷いよ、兄さん。僕をこんな能無しと組ませるなんてさ」

「能無し言うな!!泣き虫に言われたくない!」

「君よりは役にたてるもん」

「なんだと!?」

後ろから「待て」とか「止まれ」とか「死ね」とか、品の欠片もない言葉が飛んでくるが二人には届かないようだ。

「だいたい敵の君に任せられるわけないだろ!?」

「お前だって似たようなもんだろ!?聞いたんだからな」

「あれは兄さんへの愛だよ」

「馬鹿かお前!?」

「馬鹿っていうほうが馬鹿なんだよ」

「ブラコンもいい加減にしろ!!」

激しい言い争いに最早雑兵すらも唖然としている。

ゴォォォと音を立てる殺気は何故かお互いに向かって放たれ、本当の敵が目に入っていない様子だ。

オロオロとする雑兵に

「「とにかく」」

二人は大きく息を吸い込むと剣と爪を雑兵に向け

「「暴れさせろ!!」」

と叫んだ。




爆音と悲鳴が響き渡る。

衝撃で建物がミシミシと音を立てた。

「派手に暴れてんなぁ…」

羨ましそうに溢したのはリオンだった

彼らとは対称的に他の入口からこそこそと侵入したことが不満のようだ。

「相性悪そうだからな。お互いに張り合えば嫌でも派手になるさ」

クツクツと笑うレオバルトにどこまで計算していたのか恐ろしくなる。

そもそもクライノートを仲間に率いれたのもこの為だというのだろうか。

バタバタと人が動く。

緊急事態に応戦するのだろう。

「じゃ、早いとこ危険因子を潰すか…のんびりしてたらあいつらが危ない」

白い光で獅子となったリオンは高らかに吼えて駆けていく。

左耳につけられた金色のリングが重なり合い、綺麗な音色を響かせた。

戦闘に似合わないその音は、いつかのレクイエムを思い出させる。

ラグナのレクイエムはこの建物のどこかで奏でられているのであろう。

未だ激しく鳴り響く爆発音に耳を傾けながらレオバルトは目を閉じた。

「さて、俺は俺の仕事をするとしよう」

後方に剣を突き立てれば呻きと共に血が飛び散る。

袖に付いた赤を舌ですくい、ゆっくりと赤い弧を画く。

視覚も嗅覚も味覚さえも血で染められたこの空間で彼は何を思うのだろうか。



「「邪魔だぁ!!」」

渾身の一撃を喰らった雑兵はあらかたのびている。

山のように積み上がった人の上にオールとクライノートがたっていた。

「あれ?…疲れてる?」

「お前こそ、息あがってる」

息が上がる二人はいまだににらみ合う。

どちらも互いの実力を認めたくないようだ。

「いやぁぁ、見事にやってくれましたネ!!」

バチバチと火花を散らしている二人に軽い声がかけられた。

理解不能なセンスの服を着た細目の男は異様な雰囲気で、町中でであったら必ず避けるだろう。

パチパチと拍手をする男は辺りをグルリと見渡して、ため息を一つこぼした。

「はぁ…だかラ言ったんでスヨ。戦力にならない駒は邪魔なだけダト」

ポケットから取り出した紐をパンッと引っ張ると、それはステッキに変わる。

突然のことに目を丸くした二人にステッキを向けると

「ここからは私タチが相手になりまスヨ」

と、笑う。

ステッキが振り上げられると中に火の輪が浮かび上がり、それをくぐるようにして、一頭のサラブレッドが駆け出した。

「あっ!!お前、アグノス!?」

馬の姿をみた途端にオールが指を指して叫んだ。

アグノスはパカッ、パカッと軽快なリズムで室内を一周する。


「……聞いてないね」

「……」

しばらく指をアグノスにそって動かしていたが、クライノートの言葉にピタリと止まる。

そのアグノスはというと、男の前までやってくると銀色の光と共に人型へと変わった。

黒の長髪を後ろでまとめ、顔立ちも整っている。

だが、何故かタンクトップに短パン…そして、男の胸ぐらを掴み。

「何故、お前の芸に付き合わねばならんのだぁぁ!!」

と、今更火の輪をくぐらされたことに激怒した。

まぁまぁ、とアグノスをなだめている男は

「ホラ、早く片付けまショウ?」

と、アグノスを振り向かせる。

ピタリと目がオールとぶつかる。

「ぬぬぬ?そこにいるのは…オール!?しかも二人だと!?お前、分身の術が使えるのかぁ!?」

突然叫びだしたアグノスに男も眉を寄せた。

アグノスの目には緑の服を着た者が二人映っている。

「あぁぁ!!だから、お前は馬鹿なんだよ!!」

「こんなのと一緒にされるなんて心外だよ」

頭を抱えて唸るオールと項垂れるクライノート、そんな二人を無視して

「クロウ、オールは『ノクティス』の仲間のはずだが?」

と、男、クロウに向かって話をしている。

「アナタ、社長サンから聞いてないんでスカ?彼は『ノクティス』を抜けたんでスヨ?」

流石のクロウも呆れているようだ。

『ノクティス』一の馬鹿とは聞いていたが、ここまでとは誰が予想しただろうか。

「貴様ぁ!!社長への恩を忘れたのかぁ!?」

「うるせぇ!!俺は社長についていくって言った覚えはない!」

オールの言葉に嘘はない。

獣人になってから拾ってくれたのはロッシュだったし、彼に付いて『ノクティス』に入ったにすぎない。

入ってから間もないオールにとってはロッシュとマオインのいない『ノクティス』に価値はなかった。

「ぬぅ…クロウ、俺はオールをやる。身内のことは身内で始末するのが道理であろう」

「いいでスヨ。こちらも、一応元同志ですからネ」

キンッと音が響く。

ステッキとクライノートの剣が交差した。

「流石、素早いですネ」

オールとアグノスが口論をしている合間もクライノートは隙を狙っていた。

雑兵の山から駆け降りクロウの首を狙ったのだが

「何入ってるの?それ」

ステッキごと斬るつもりでいたのだが、塗料が剥がれただけで折ることも叶わなかった。

クライノートを弾き返したクロウはニッコリと笑い。

「手品道具デス」

と答えた。




一方、裏口から侵入したロッシュとマオインは音を聞き分けながら自分たちの相手を探していた。

もちろん、社長のことだ。

「あの子、大丈夫かしら」

普段のマオインからはありえない言葉に、ロッシュは口を開けたまま振り向いた。

「…あの子が失敗したら計画も台無しなんでしょ?」

彼女は聞こえないように呟いたつもりだったのだろう。

振り向いたロッシュから目を外し、少し顔を赤くして早口で言葉を足した。

ロッシュは帽子を深くかぶり直してクスクスと笑う。

からかわれていると思いムッとするマオインに

「心配しなくても、オールはちゃんと戦える。下手をすれば、僕でも勝てないよ?」

ロッシュの実力は『ノクティス』では誰もが知っている。

その一方でオールは足を引っ張る存在だった。

そのオールがロッシュを超えるというのか。

「いくら何でも過大評価しすぎよ」

「いや、知らないだけさ。少なくとも、彼は獣人に負ける事はないはずだ」

ロッシュは信じきっている。

マオインは大きな口を開けて笑うオールの顔を浮かべながら、能無しにしか見えないなと思った。



瓦礫が落ちる。

避けるようにして走るオールとそれを追うアグノスが追いかけっこをしている。

「おぉぉるぅぅぅ!!」

「くそっ、流石に速いな」

追い付かれると悟ったオールは足を止めてアグノスに向かい合う。

右手には鋭い爪がある。

アグノスの速さを利用して突き立ててやろうと考えたのだ。

雄叫びをあげながら急接近するアグノスに未だと腕を伸ばした。

が、

「ぬあああああ!!」

「……へ?」

直前でアグノスは見事な跳躍を見せた。

余裕でオールを飛び越えていく。

読まれた!とオールは焦り、直ぐに振り向くと、スピードに乗っていたためか、アグノスは壁にぶつかっていた。

そして、額から血を流しながら

「急に止まるとは何事だぁ!?危ないだろぉぉ!!」

と叫ぶ。

どうやら、先の声は雄叫びではなく悲鳴だったようだ。

「やりづらい…」

どこまでもズレているアグノスにオールは対応策が見いだせなかった。

こうなったら先手を打つしかない。

壁に激突した直後ならばと足を踏み出した時だ。

スパッと音を立てて何かが頬をかすめた。

僅かな間を置いてつぅっと血が流れる。

「おヤ、外したネ…」

壁には短剣が突き刺さる。

「お前の相手はクライだろ!?」

「ハッハッハッ!!だからって一対一にする必要はないヨ」

クロウはクライノートの剣を受け止めながら時折弓のような目から鋭い視線を向けている。

それが不気味で仕方ない。

「うぉぉ!!オール!!ここからが本番だぁぁ!!」

叫ぶアグノスを中心に風が舞う。

それを追い風として、先ほどよりも速い速度で迫る。

ただでさえ素早いアグノスだ。

こうなってしまえばオールは目で追うのが精一杯だ。

アグノスの拳が腹に当たり、反対側の壁まで吹き飛ばされた。

「狐君!?」

その様子を見ていたクライノートは一瞬敵から目を反らす。

と、同時に視界に入って来たのは自分に向かってくる短剣だ。

風の力でクルクルと回転するそれはクロウの手に収まる。

「へぇ…どんな仕掛けなの?」

「さぁ?マジックは見破られたら終わりデスヨ」

クルクルと楽しげにクロウは笑う。



「ああ…痛い」

殴られた腹を押さえながらオールは呟く。

実戦は苦手だとか思いながらぼんやりと瓦礫を見つめた。

視界には、人の山と、アグノスと金色のマフラー

【いいかい、オール。それは僕と君との秘密だからね】

その秘密を守る為なら、弱いと言われるのは仕方ないと思っていた。

「俺の風にはついて来れまい!!諦めるんだな、オール!!」

また、風が舞う。

壁との距離はなく、この間合いで風を使うということは、次で決めるということだろう。

オールは落ち着いた目でアグノスを見つめながら、弱いのはいいけど、死ぬのは嫌だなと、思った。

衝撃音が鳴り響く。

砕けた壁の破片が飛び散り、広い部屋の中心にまで転がしている。

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