第17話  始動編

―シルズレイト東部某所―

赤い土壁に描かれた壁画はランプの灯に照らされてボンヤリと浮かび上がる。

跪く人びとの上には真っ黒の炭で竜が描かれている。

「闘神ルチャルは何を願い、我らに力を与えたのか?」

褐色の肌の男は問う。

「さぁ。でも、自然に逆らえとは言わない」

振り向いたブラスティーナはランプを掲げて男を照らす。

「そうさ。ルチャル神は決して人の味方ではなかった。いつでも、生きるモノの味方だ」

「…私はラグナとして、国の計画を阻止したい」

「あの子への弔いか?復讐に身を委ねるのか?」

ブラスティーナは黙り、壁画へ向き合う。

荒々しい竜が描かれた壁画には人びとがルチャルに許しを乞う姿も描かれている。

「あんな計画さえなければ…あの子は死ななかった」

揺れた貝の装飾は高い音を響かせる。

握られた手が震えるほど何かを憎んでいるのは明らかだ。

「『シナリオ』が進めば阻止できると…本当に思っているのか?」

感情的なブラスティーナに対し、男は冷静だった。

真っ直ぐ彼女を見詰め問いただす。

「少なくとも…開発は終わるはず」

「それはどうかなぁ?」

突然の声にブラスティーナは目を丸くする。

あまりの驚きに上手く声が出ない。

「…サウト…どういうことだ?……何故…コイツがここに?」

サウトと呼ばれた褐色の男は静かに口を開いた。

「彼は真実を知っているからだ。『シナリオ』は、計画阻止の為にあるわけではないのだよ。ラス」

サウトの後ろ、僅かにランプが照らし出す闇の中で不気味な笑みが浮かんだ。

「さぁ、真実を聞いた君は、どちらにつくのかな?」


―――――――

―――――

―――

「神様、リーバーがいなくなって、レイルも消えちゃった。

神様のところに来たかしら?

リーバーは…いらない?レイルは?

彼は鼬の子なんだって

ねぇ、みんな終りに期待しているみたい。

どうしてかしら?

ウィリアムは言ったわよ?

終わりが来たとき迎えるのはただ一人の死だって。

誰の事かわからないけど、たった一人の死にどうして期待をするの?

期待と希望を間違えているのよ。

神様、神様は私を殺す?

私は神様になら殺されてもかまわないわ。

だって、神様が私の死を望んだってことでしょう?

私を守ってくれる神様の為なら受け入れるわ」

少女は樹に寄り添う。

そうして一筋の涙を流し

「ありがとう。神様

大好きよ」

と 呟く。

雲も太陽もないまるで異空間のような場所、真っ白な空を眺めなから少女は何を思うのか。


―シルズレイト南東部 運命の剣本部―

「やぁやぁ皆さん。よくお集まりくださいました」

ハッハッハと笑うエドワールは上機嫌だ。

「…エドってぇ、こんなキャラだったかしら…」

明らかにおかしな振るまいにセルビーンは気味が悪くて仕方ない。

鳥肌が立つくらいだ。

「たまにはハメを外すのも悪くないでしょ?セルビーン」

上機嫌なエドワールは壇上に上がると集まった人びとを見渡した。

「決意を持った方もそうでない方も、今宵は存分に楽しもうではないですか

来るべき終演は私達の『神』が決めること。

迷う事など何一つ無いではありませんか?」

歓声が沸き上がる。

ここにいる者は全てが『シナリオ』の為に戦うわけではない。

盗賊の一部や組を追われたヤクザ、ただ戦いたい者、理由は様々だ。

共通しているのは政府を善しとはしないことくらい。

そんな奴らの士気を高めて何になるのだろうと、セルビーンは不満気にエドワールの話を聞いていた。

「オヤ?ご機嫌ななめデスカ?では、手品をひと…」

「いぃらぁなぁいってぇ、何度言ったらわかるのぉ?」

横から現れたクロウの顔面に拳が埋まる。

潰された顔を押さえてのたうち回るクロウを見下してセルビーンは余計に苛立った。

「おや、クロウ。『ノクティス』のお客を案内していたのでは?」

『運命の剣』と合流した『ノクティス』も本部に到着していた。

獣の多い『ノクティス』の為に施設の一角を使うように社長には話してある。

「社長サン、のみ込み早いネ。説明する意味なかったヨ」

殴られた部分が赤くなっているが気にする者はいない。

ケタケタと笑うクロウにセルビーンは威嚇を続けている。

「それにしても楽しそうダネ。エドワールサン」

「楽しまずにいられないでしょ?漸く、レオバルト・ブラッセの殺害許可が降りたのですから」

キラキラと変な輝きをするエドワールにクロウもセルビーンも唖然とするしかない。

紳士的な彼はいったい何処にいってしまったのか。

荒い呼吸を整えながらエドワールはニコリと笑う。

「あぁ、取り乱してしまいました。かのブラッセ公の後取りがどんな顔を見せてくれるのかと思うと…」

鼻血を出して輝くエドワールの後ろには『変態』の二文字以外何もない。

「エドワールサン、恐いヨ…」

最早、クロウの声はエドワールに届いていない。


「社長、ロッシュとマオインを敵に回すのはまずいのでは…」

『ノクティス』内で彼らの力は群を抜いていた。

その事は社長でなくとも知っていることだ。

そこにオールの名が無いのは哀れとしか言いようがない。

慌てる仲間たちに社長は冷静に答える。

「中途半端な覚悟でいられても困るだろ?大丈夫。お前たちは役目を果たせばいいんだ」

その目の力強さに周りは言葉を飲み込んだ。

「それに、強さなら負けてはいないはずだ」

所詮は獣、似たような力なら充分にある。

「そうだよ。僕らが倒せばいいんだよ」

モゾモゾとタオールケットから顔を出した少年は目を擦りながらあくびをした。

「ククリ、起きていたのか?」

「僕らを拾ってくれたのは誰?社長さんでしょ?その恩を忘れたんだから、身内で何とかするべきだよね?」

仲間たちは顔を見合せ、そうだそうだと掛け合う。

ククリはチラッと社長の目を見て

「社長さんが何を考えていようと、僕は従うからね」

と呟き、またタオールケットに顔を埋めた。

 

―リバーサント ブラッセ邸―

速達便で届けられた封筒を手にとるリオンは、ゆっくりと息を吐いた。

それぞれが思い思いの午後を過ごしている。

「親父からの手紙か?」

「ぎゃぁ!!れ、レオ…いるならいるって言えよ」

胸を押さえながら振り向いたらリオンの額には冷や汗が浮かんでいた。

レオバルトはあくびをしながら封筒を見ている。

「『運命の剣』の情報じゃねぇぞ?個人の因縁ってやつだ」

慌てて隠すのを黙っているレオバルトの翡翠の目はつまらなそうにしている。

「…な、何だよ」

何か言いたげな目をしているくせに口を開かない。

リオンはドキドキしながら眼鏡越しに睨む。

そんなことは無駄だとわかっている。

暫くして翡翠の目が真っ直ぐリオンに向かう。

ガラリと雰囲気を変えたその眼に息が詰まった。

「因縁はいいが、憎悪に囚われると死ぬぞ?」

重く突き刺さるような低い声は、空気を凍らせるような寒気が襲いかかってくるようだ。

「『シナリオ』に、お前の死はないんだろ?雑魚に紛れていなければの話だがな」

ポンと肩を叩くとレオバルトは暗い廊下へ消えていく。

未だに激しく脈を打つ心臓を抱えて、リオンは目を丸くした。

「何だ?心配してんのか?気持ち悪い…」

冷徹なレオバルトらしからぬ言動に別の怖さを感じていた。


「レオやリオンさんは武器を使うでしょ?シャウやオールは何か使うの?」

窓際で本を読みながらアイリンは呟いた。

そこにいたシャウロッテとオールは顔を見合せて

「武器…使ったことあるか?」

「いえ。殆どありません」

と答えた。

「銃とか剣とか相手に素手なの?」

よくよく思い返せば確かに彼らは武器の類いを必要としない。

レオバルトとクライノートは剣をもち、リオンはナイフを所持している。

「戦いかたが違うというか…何というか…」

「主にトランスだもんな…俺ら」

オールは助け船をだしたつもりだったがアイリンは納得していない。

難しい顔をして首を傾げる。

「狼や狐の姿では武器を扱うのは難しいんです。牙や爪の方が便利ですから」

アイリンは本を机に置くと自分の手を開いたり閉じたりしていろんな角度からみた。

その様子にもう一度目を合わせるシャウロッテとオールはハッとする。

「そっか、イルカに爪はないもんな」

そう言ってオールは自分の右手を狐のものに変える。

淡い赤の光から姿を表したそれには小さくはあるが鋭い爪がある。

「ほれ。これが俺の武器」

自慢気に見せるとアイリンは興味深そうに覗き、ツンツンと指先で触ってみたりする。

「シャウにもあるの?」

「えぇ、私は部分的なトランスは苦手なので、お見せすることはできませんが…」

困ったように笑うシャウロッテに今度はオールが問いかけた。

「お前さ、俺より獣人歴長いくせに何でできないんだ?」

敵同士だった彼らが何度か接触すればそれなりの戦闘にもなった。

シャウロッテは必ず人か狼のどちらかの姿だ。

セルビーンやオールのように腕だけを獣にすることも、レイルやリオンのように特殊な力を使う事もなかった。

「得意不得意の違いです」

シャウロッテは笑って答えた。


時は経ち、幾度目かの夜を迎えた。

月の光がうっすらと道を照らし出す。

深夜、そろそろ日付が変わるであろう時間に始まりの時は訪れる。

「兄さんの為に頑張るよ」

細い剣が光る。

「不本意だけど手伝うからな」

金色のマフラーが揺れる。

「怪我はちゃんと塞ぐからね」

蒼い目が笑う。

「引き返せないものね」

タバコの煙が消える。

「無事を祈るぜ」

耳飾りが揺れる。

「ケジメは必ずつける」

黒の帽子が闇に溶ける。

「期待に、応えます。マスター」

スーツが正される。

「一つのミスも許さないからな」

翡翠の瞳が闇に映えた。

「目的は壊滅。抵抗をするものは逃がすな」

闇夜に散った影は廃屋を囲むように別れていった。





『シナリオ』の最終戦が始まる。




「なんて皮肉なことなんだろうね。

まさか、今日があの子の命日だなんて。

ごめんね。レオ君、リオン

必ず…勝ってくれ」





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