第13話  おつかい編

―リバーサント街道―

街は相変わらず賑わっている。

天気のよい昼下がりは特に活気に満ちている。

がやがやと賑やかな大通りをアイリンはキョロキョロと見渡しながら歩いていた。

持たせて貰った小遣いを手のひらに握りしめ、目的のモノを探しながら注意深く進んでいる。

「う~ん…見つからないなぁ…」

本屋も八百屋も過ぎた。

魚屋もお菓子屋も文具店も店頭に並ぶ品物をじっと眺めては、ため息をついて歩き出す。

「ないのかなぁ…お店の奥にあるのかなぁ?」

イルカの彼女が目的のモノを見つけるのは難しい。

店ごとに品物は違うし、そもそもソレの分類がわからない。

ぐるぐると同じ場所を回っている。

これだけ歩けば足も疲れてくる。

石を敷き詰めた街道には多少段差があるわけで。疲れた足が引っ掛かり、ついには転んでしまった。

「いたたた…あっ、お金…」

勿論握りしめていたコインは辺りに散らばっている。

全部で五枚あったコインを拾おうと手を伸ばしていると、一緒に拾ってくれている手があることに気がついた。

集めたコインを差し出され、上を見上げると睫毛の長い金の眼が見えた。

みたことのない服をきて、何処と無く雰囲気の違う人物に戸惑いながらも、込み上げてくる感謝は言葉に出したくて、パッと手をとった。

「ありがとう。『お姉さん』」

とたん、ピシッと音をたてて…いや、音がしそうな勢いで手前の人物は固まった。

アイリンは何が起こったのかわからずに首を傾げている。

(こ、これが異国の試練か!?)

この人物というのは、数日前シルズレイトに到着した旅人(男)で、波にさらわれた後、何とか川を伝ってこの街に来ていた。

黒の長い髪と長い睫毛、細い首を見れば一見女性のようにも思われる。

また、着ている和服のような服も体格を隠し区別を困難にしたのだろう。

「少女よ…私は…男だ」

いきなりの誤解に少々心が折れかけたが、なんとか誤解をとかねばならない。

そうでなければ一生アイリンの記憶に女の旅人と記録されるだろう。

動揺は顔に出さないように告げれば、アイリンは口をあけたまま驚き

「えっ。ごめんなさい」

と謝った。

大きく開かれた瞳はどこまでも澄んだ蒼だ。

旅人はその眼をみて、思わず笑みをこぼした。

「いや、分かってくれればいい」

シルズレイトに降り立ってから数日が経つ。

見慣れぬ衣装の旅人に不審な目を向けない者はいなかった。

「探し物をしていたようだが、何を探していたんだ?」

全く邪険にしないアイリンを嬉しく思い、旅人は会話を続ける。

アイリンは探し物を思い出して声をあげた。

「あっ!!そうだった。おね…えっと…お兄さん。白くて長い布みたいなのを売ってるお店、知らない?」

「ム?白くて、長い布?……手拭いか?」

「えっとね…細くて、くるくる巻く布…」

「……あぁ、それなら先程見かけた。案内しよう」

その言葉にアイリンは大喜びだ。

満面の笑みで旅人に抱きついた。


「お兄さん!!あったよ!ありがとう!!」

店から出てきたアイリンが旅人の前で跳び跳ねている。

品物を入れた紙袋を大事に抱えていた。

「よかったな」

「私、お兄さんに何かお礼がしたいな」

キラキラとした瞳が旅人の金色の目を見つめている。

正直、旅人は喜んでもらえただけで十分だった。

けれど、旅の目的もあるわけで、折角だからと口を開く。

「実は、人を探している。

『マオイン』という女性を知らないか?

もしくは、真っ白の梟を見たことはないか?」

旅人の目が心なしか鋭くなる。

アイリンは口をへの字に曲げて考えている。

「う~ん…分かんない。私もこの街に来たばかりなの。ごめんなさい」

しゅんと落ち込むアイリンをみて、

「いや、謝ることではない」

優しく微笑むと、アイリンも微笑む。

「お兄さん、優しいね。シャウみたい」

「ム?しゃう?」

大通りからのびる路地の一角にワンピースの少女と和風の男という不思議な組み合わせの二人が壁にもたれて会話をしている。

「私の、えっと…なんだろう…先輩?かな?」

「そうか…私はこの国に来たばかりで、知り合いはいない」

「海から来たの?」

「ム?何故わかる?」

驚く旅人の袖をつかんでアイリンは匂いを嗅ぐ。

「海の匂いがする」

彼女の故郷の匂いなのだろう。

ニコニコと上機嫌だ。

「ム……川で洗ったんだが…」

波にさらわれたあと、何度も洗ったのだろうが、強い磯の香りはなかなか抜けないようだ。

「嫌いじゃないよ。私、海の匂い大好き。私の産まれた場所だから」

海の中で生まれて、しばらくは家族と泳いで生活をしていた。

変化が彼女を引き離すまでは…。

少し悲しい記憶を思い出したのかアイリンはうつむいてしまった。

「嫌いじゃ…ないんだよ」

会う人は優しかった。

船に近寄れば手を振ってくれたり、ダイバーと一緒に泳いだ。

そして、ルノアール卿と出会った。

決して辛いことばかりではなかった。

「お兄さんはどうして海に?」

次に見せた顔は曇りのない笑みだ。

暗い話になってしまったのを後悔しているようだ。

「私は海を渡って来たのだ。人探しのついでに修行も兼ねてな」

「修行?」

旅人の目がなんだか活き活きしている。

アイリンも興味があるようだ。

「私は母国で剣を極めて旅をしていた。異国の強者とぜひとも手合わせをしたいのだ」

確かに、旅人の腰には刀が提げられている。

「私も修行中なんだよ!!まだ始めたばかりだけど」

「そうなのか。」

「うん。私もみんなの力になりたいの!

だから、組み手を教えてもらってるんだけど、なかなかうまくいかなくて」

困ったように笑うアイリンの姿を見ながら、旅人は諭すように口を開いた

「戦うことだけが力ではないだろう?不向きもあるだろう。何ができるかはそれぞれだ」

旅人の視線はアイリンを見ているようで、どこか違う景色を見ているようだった。

視線の意味はわからなかったが、言葉の意味は何となくだが、心に染みた。

戦い方を教えてほしいと言ったとき、シャウロッテの表情が曇ったことを覚えていたからだ。

「私にできること…」

「例えば、それを使う事とか」

旅人が指したのは先ほど買ってきた紙袋だ。

「……できるかな?」

不安気な蒼の瞳がのぞく。

旅人はアイリンの頭を撫でて

「何事も努力次第だ」

と言った。

じっと旅人の眼をみていたアイリンは、ニコッと笑い

「そうだね」

と返し、頑張るぞ!と、元気に跳び跳ねた。

「お兄さん、何だか私ばっかり励まされちゃった…」

くるくると歩いて旅人の正面に立つと、白いてを差し出した。

「私、アイリン・クォークス。お兄さん、今度会ったら力になれるように頑張るね」

「ウム。私は杏[シン]という。海の向こう、泰[タイ]国から来たのだ」

杏がアイリンの手をとる。

細長い指だが手のひらにはたくさんのマメができている。

「海の向こう?そんな遠く、私も行ったことないよ」

シルズレイトはガスラ大陸の西の端で、杏のいた泰国はガスラ大陸の南、ラーバール大陸の東にある国だ。

海流に乗ってシルズレイトに着いたという。

「小舟で来たのが悪かった。波に何度かさらわれかけたが、無事に陸に上がれてよかった」

「すごいね!!海はいつも大きな船ばかりだったよ。小さい舟は波にぶつかって沈んじゃうんだよ」

彼女がイルカだった時、沖には漁船をはじめとする船がたくさんあった。

荒々しく高波が暴れるとき、小さな船はことごとく沈んでしまうのをみていた。

時おり逃げ出した人間を背にのせたが、最後は冷たい海の底に力尽きていく。

「訳あって大きな船に乗れなかった。知り合いに頼んで舟をもらったんだが…」

現在、その舟は木くずどなって海を漂っているだろう。

上陸したのが砂浜ではなく岩肌が露出した場所だったから…。

「帰りはこちらの船に乗るしかないな」

ため息をついた杏を見上げて

「その時は協力するね。船がたくさんある場所なら知ってるから」

アイリンは笑顔を向けるのだ。

先ほど出会ったばかりだというのに様々な表情を彼女は見せる。

他人に全くというほどに警戒心を持っていない。

それだけではなく、その場の雰囲気を支配するというか、彼女の感情で場の空気が変わる

そんな気がした。

「不思議な少女だな」

杏が呟くと、アイリンはきょとんとしている。

青く丸い目がじっと杏を見つめている。

話の続きを待っているようだ。

「私の知り合いにはいないタイプだ。いろいろな顔を見てきたが、こんなにたくさんの表情を短い時間で見せてくれる人はいなかった」

小さく笑いながらアイリンに話す杏はどこか楽しそうだ。

「不思議なことなのかな?

言葉で伝えられないことも口や目で気づいてもらえるんだよ。

それに、私が笑うと笑い返してくれる人だっているんだよ」

アイリンにとって、それが一番うれしいことだった。

この時の笑みが、どれほど輝いていたことか。

「そうか」

きっと彼女を取り巻く人たちは優しい人なのだろうと杏はおもった。

近くの教会で鐘がなる。

時間を思い出したアイリンは慌てて道に飛び出した。

「いけない。シャウと約束してたのに」

時計の針は今まさに約束の時間を示している。

「杏さん、今日はありがとう。今後会うときには私、絶対出来ること見つけてるからね!!」

大きく手を振るアイリンに杏も手を振り返す。

彼女の眼には確かに希望を感じた。

自分も負けてはいられないと空をあおげば狭い青が高く広がっていた。

「私も行くとしよう」

アイリンが人の波に姿を消し

賑わう街の人々は暗い細道に目を向けない。

鐘がなりやむころ、一匹の白蛇が路地を這い、さらに暗い奥へと消えていった。


「シャウ!!ただいま!!」

邸の外まで迎えに来ていたシャウロッテを押し倒し、アイリンは飛び込んだ。

時間は少々遅れていたが、シャウロッテは彼女の無事を喜ぶ。

「無事で、何よりです」

右手がアイリンの髪に触れると本当に心が軽くなったように感じた。

アイリンもニコニコと嬉しそうだ。

「優しい人が手伝ってくれたんだよ!お店を教えてくれたの」

街での出来事を楽しそうに語るアイリンに見ず知らずの人に気を許すなと言いたいところだが、ため息一つで済ませてしまった。

起き上がるとアイリンはじっと吊るされた左腕を見ていた。

「何か…汚れてるね」

出かける前より土や傷が目立つ。

シャウロッテは頭をかきながら苦笑いだ。

「クライノートにいろいろ。彼もマスターの為に何かしたいようで」

エティアが仕事に戻った後は何度もシャウロッテを追い回したようだ。

クライノートにとってシャウロッテは邪魔者でしかないのだろう。

それを聞いたアイリンは紙袋に手を入れた。

「私が替える。エティアさんがね、予備がなくなるって言ってたから、買ってきたんだ!!」

取り出したのは真新しい包帯だった。

シャウロッテの声も聞かず、左腕をとり巻かれていた包帯を外す。

ガーゼはそのままに上からゆっくりと買ったばかりの包帯を巻いていく。

はじめてのことで綺麗にとはいかないが、真剣に丁寧に巻いていった。

時おりきつく巻かれ、痛むこともあるが、シャウロッテは何も言わずに任せていた。

包帯が巻き終わるとアイリンが手を添えて

「早く治りますように」

と呟いた。

「残りはエティアさんに渡しておくね!」

元気な笑顔を向けると、アイリンは走って行く。

緩んでしまった包帯を見ながらシャウロッテは疑問符を浮かべた。

先程までの痛みは何処へいったのか。

ずきずきと走る痛みが嘘のように消えている。

そっと触れてみれば傷がない。

彼は一人少女の背中を追った。


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