第7話  小休憩

「全く何を考えているかわからないな」

「俺はロッシュの考えも見抜けないけどね…」

頬を膨らませたオールが石ころを蹴飛ばす。

数メートル先で角にぶつかり2つに割れた。

「何をふて腐れているんだい?」

「だってさ、俺だけ話に入ってなかったじゃないか!!あの海豚は別にしても、何で俺を外すんだよ!?俺だって『ノクティス』の一員だってのに…」

「なんだ…仲間外れが気に入らなかったのか?珍しいな、狐のお前が仲間意識とは…」

単独行動を好む狐であるオールが周りとの同調を求めることは珍しいことだった。

もちろん、獣人と言えど人の社会に紛れてしまえばその思考も自ずと人間に近づくだろうと言われている。

「う、うるさいなぁ!仲間外れは気にしてねぇよ。情報をわけろって意味だ!!」

「あぁ、わかったわかった。だから機嫌を治せ」

唾が飛ぶ勢いで否定するオールを上機嫌で笑うロッシュは狐より仔犬の方が似合っているなと思った。

ふてくされたオールはロッシュと目を合わせずに歩いていった。

「とにかく、勝手な行動をしたのは事実だから、上から何を言われても知らないからな」

オールはギクリと体を強張らせた。

まっすぐ集合場所に集まるはずだったのだが、偶然見かけたシャウロッテを追いかけてしまった。

「…弁護はして…くれますか?」

「するわけないだろ?どれだけ君を探したと思っているんだ」

突然走り出したオールをロッシュは途中で見失ってしまった。

細い道も人通りも多いこの商店街で人を探すのは至難の技だった。

事実オールを見つけるまで走り回っていたのだ。

「ヤバい…絶対怒られる!!っていうか、殺されるかもっ」

泣きそうなオールをよそにロッシュは先へと進む。

「だから、勝手に彼に接触した罰だと言っているだろ?ただでさえ、僕らは雑用が多いというのに…」

勝手な行動の多いオールのせいで、ロッシュまでもが雑用に付き合うはめになる。

行動範囲は広がるが、雑用を快く思うはずがない。

うなだれるオールを引きずりながら二人は目的地へと向かった。


「おぅ、シャウ、アイリン、無事だったか?」

シャウロッテとアイリンが大通りで出会ったのは大きな口をあけて二人を呼ぶリオンだった。

「あ、リオンさん!!心配しなくても、ちゃんとお使いできたよ」

ぴょんぴょんと自慢気に魚が入った袋を見せる。

「おー。偉いじゃないか」

笑顔で頭を撫でてやるとアイリンは子供のように喜んだ。

まるで親子のようだ。

「リオン殿は何故ここに?」

「あぁ、アレだ。えっと…獣人のグループ……あぁ…えぇ…何だっけ?」

「『ノクティス』ですか?」

「そうそう。そいつが近くに来てるって聞いてな。アイリンはまだ知らねぇだろ?」

「それなら先程接触しましたが…」

リオンの元に『ノクティス』の情報が届いているということは、何かしらの活動をするつもりなのか…

ロッシュの言葉を思い出すも、彼もまた優秀と呼ばれる獣人で、直結する情報は無いだろう。

「大したことはわかりませんが、私はマスターに報告します」

「あぁ、それがいい。アイリンにはそのうち俺から詳しく教えておくからな」

魚を掲げているアイリンを見て微笑むリオンにシャウロッテは眉を寄せ少し首を傾げた。

「正しく教えていただけますか?」

過去に何かあったのか、シャウロッテは時々リオンの言葉を警戒する。

それに気を良くするはずかないリオン

「お前なぁ、いくら俺でも敵の情報は改ざんしねぇっての」

それはレオバルトやシャウロッテと共に行動する上では知っておかなければならない事で、常に付きまとう危険から身を守る一つの武器にもなる。

「…それなら良いのですが…まだ獣人についてもアイリンはよく知らないと思うので、あまりおかしな事は…」

何も知らない時に多くの情報を得ると偏見を抱いてしまうのではないか。

特に彼女はこれから裏社会で生きることになる。

『獣人』という存在には偏見を持たないで欲しい。

『人間』と見るか『獣』と見るかは自由だが、市民のように『化け物』だとも危害を加えるモノだとも思って欲しくはない。

しかし、あまり『獣人』を持ち上げで人間に対する嫌悪感を懐かれても困る。

姿形は違えど、『獣人』も『人間』も同じような生き物なのだと思ったほうが彼女のためになる。

だから少しずつ、理解ができるようになったら教えていこうと考えていた。

「分かってるさ。だから基本的な事はお前に任せるんだろ?」

『獣人』であり、シャウロッテは人間側についている。

そして、彼はどちらの味方につくかではなく、あくまでレオバルト・ブラッセ個人に仕えると誓う身、中立な指導としては絶好だった。

「ねぇ、シャウ、早く帰ろ?レオも待ってるよ」

深刻そうな2人の間から蒼い瞳を輝かせた愛らしい顔が覗く。

「あぁ、そうだな、アイリン」

優しく笑ったリオンがアイリンの肩を抱く。

シャウロッテも表情を柔らかくした。

「あまり遅くなると、また叱られますからね」

2人から同意を得たアイリンはいっそう嬉しくなり満面の笑みを浮かべた。

「っと、俺はこのままサムワールに戻ると伝えてくれ。」

思い出したリオンが立ち止まる。

サムワールとはシルズレイトの首都でありブラッセの本拠地もそこにあった。

「何か呼び出しでもあったのですか?」

「いや、私用だよ。頼んであった時計の修理が終わってな、受け取りに行くんだ」

そう言えば、そんなことを言っていたな、とシャウロッテは納得する。

なんでも古い腕時計らしく、修理ができる店を探すのに苦労をしたとか。

「受け取ったらすぐに戻る」

「待ってるね、リオンさん」

「おぅ」

2人に背を向けて歩くリオンにアイリンは大きく手を振っている。

人波に消えていくリオンの背を見てシャウロッテは首を傾げた。

リオンが腕時計を身に付けていたことがあっただろうか。

豪快に仕事をこなすたくましいその腕に時計がついていたことがあっただろうか。

リオンのいう時計の姿が全く見えない。

不思議な感覚を覚えながらもシャウロッテはアイリンの手を引き、リオンに背を向けたのだった。



―シルズレイト東部某所ー

「もぅ、電車なんて嫌いなんだからぁ」

「文句を言わないでください。セルビーン。クォーツテールからここまで、歩いたら何ヵ月かかるかわからないでしょう」

ほほを膨らませたセルビーンをエドワールがなだめる。

長い電車の旅がかなり辛かったらしいセルビーンはストレスが溜まっている。

手当たり次第に石ころを蹴りとばしていた。

「おや、お早い到着ですネ。お久しぶりデス。お二人サン」

後から現れたのは大きなサングラスを頭にかけた狐目の男だった。

「お久しぶりです。クロウ、貴方こそ今日は早いではないですか」

「偶然近くにいただけデス。…セルビーン…ワタシの顔に何かついてますカ?」

クロウの登場から眉間にシワを寄せて、鋭い眼光で睨みたおしている。

「あんたの顔ってぇ、イライラするの」

「う~ん、ワタシは満足してますヨ?」

「そんなこと知らないんだけどぉ」

「もう、仕方ないですネ」

そう言いながら髪をかきむしると、何処からともなく白いハトが飛び出した。

「きゃっ……とか、言うと思ったのぉ?」

呆れているセルビーン

「驚いてくれないと商売になりませんヨ」

クロウの本職は手品師だ。

いつも商売道具は身に付けている。

以前は驚いていたセルビーンも、慣れてしまえばなんてことはない。

それでも毎回会う度にクロウは手品を披露する。

ハトをパッと消すと、今度は手のひらから花束を出した。

「クロウ、遊んでいる場合ではないですよ?珍しく召集がかかったのですから」

『運命の剣』に属する彼らが集まったのは言うまでもなく上からの命令で、しばらく音沙汰のなかった『ボス』からの召集命令だった。

「リンドエル・リーバーによってこの国の軍の情報は大方そろっているはず。そろそろ本格的に動くのでしょうかね?」

エドワールの台詞に笑みを見せたのはセルビーンだった。

「そういう命令なら面白そうよねぇ」

エドワールの肩に頭を預けた。

そこに口を出したのはクロウだった。

「おや、聞いてませんカ?すでに次のステップは始まっているようですヨ?」


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