第3話  リーバー編


シャウロッテは一度人型に戻り、襟を正していた。

ふと、上を見上げると、一つの悲鳴が聞こえた。

「(しまった…一人残してしまいました。)」

帰ったら叱られると、頭を抱える。

「(一人足りないとは思ったのですが…)」

目の前には、一層固く閉ざされた扉に耳を当て、中の音を拾う。

足音と機械音が微かに聞こえる。

絶え間なく動き続ける音に、メインコンピュータの存在を確信する。

「(では、マスターの期待に応えるとしましょう)」

重たい音で開いた扉の先は銀色の機械がはびこる室内で、シャウロッテを迎えたのは

「リンドエル・リーバーだ。よろしく」

爽やかな笑みを崩さない軍服のリーバーだった。

「レオバルト君は来ないのかい?部下に始末をさせるとは、過小評価にも程があるだろ」

やれやれと言うように首を振るリーバーを目の前にシャウロッテはいつでも飛びかかれるように身を屈めていた。

「できれば、君には下がっていてもらいたいんだ。僕らの敵は全ての環境を破壊する現在の政府だけだからね」

その言葉とは裏腹に、リーバーは背中のライフルを構える。

肩に担いだ通常よりもやや大きなタイプのライフルは銀色の部屋で黒く光った。

それでも体制を変えないシャウロッテにリーバーはため息をつく。

「仕方ない。心苦しいけど、未来の為に消えてもらうよ」

ピピピと音がする。

照準を合わせた銃口から、銃弾が飛び出す。

弾道を見分けることなど容易だ。

素早く左に飛び、すかさず前に進もうとした。

その時だ。

「ただの銃弾だと思うなよ」

リーバーが呟いた。

と、同時に爆音が轟く。

「!…くっ」

煙から転がり出たシャウロッテは獣の姿をしていた。

「やはり、その姿の方が動きやすいかい?生まれながらの姿だものね」

牙を剥き出しにして威嚇をするシャウロッテを前にしても怯まないリーバーが放つ銃弾は特殊なものだった。

得意の爆薬を上手く利用した二段式の弾薬だった。

「改良に改良を重ねてみたけど、まだまだ未完成だ。二段目の自由がきかなくてね」

余裕のリーバーは笑っていた。

姿勢を低くし唸るシャウロッテは時間をきにしていた。

レオバルトが「先に行け」と言った。

それはつまり、「俺が着くまでに終わらせておけ」の意だ。

反するわけにはいかない。

「(一発目にギリギリで…)」

硬直を保つ二人

ライフルは大きく、咄嗟の対応は難しいはずだ。

勝負は一撃で決めるつもりだった。

睨み合う中でもリーバーは笑みを絶やさない。

「実に惜しい。君みたいな自然の産物を消さなければならないなんて…

僕らが創りあげる理想郷の元で産まれたなら、君も幸せになれたろうに…」

哀れみを含む笑みに”何様のつもりだ”とシャウロッテの中に沸苛立ちがき上がる。

「次は外さないよ」

ピピピ

次の間は短かった。

タイミングをずらされ、わずかに銃弾がかするが、身をひねり前へと駆け出す。

後少しで牙が届く距離だった。

かなわなかったのは爆風のせいだ。

銃弾が飛び散るかと思われた二段目は大きな爆風を生み、それにすくわれリーバーを超えてしまう。

ここで隙は見せられない。

壁を蹴り再び、次は後ろから攻撃を仕掛ける。

あのライフルを180゚回転させる時間はないはずだ。

煙に包まれるリーバーを狙い、勢いよく壁を蹴りあげた。

晴れた煙から目の前に現れたのは、銃口だ。

そして、勝利を確信しているリーバーの笑みだった。

まさかこんなにも早く振り返られるものなのか?

壁からリーバーまでの距離は知れている。

今、ここで爆破の銃弾を射たれたらと驚いたシャウロッテは、後ろ足を振り上げ回転し、同時にライフルを蹴りあげた。

銃声は響かない。

回転のせいで体制が崩れ、リーバーへの攻撃に繋がらない。

床に滑り落ちたシャウロッテと後から落下したライフル、そして向けられた拳銃。

始めからライフルを捨てる気でいたようだ。

「バイバイ。狼さん」

笑顔のリーバーが引き金を引く。

銃声が響く。

それは室内にこだまし、幾重にも重なって聴こえた。


「……」

倒れこんだのはリーバーだった。

脇腹に突き刺さる短剣に何が起きたのか、本人もわからない。

短剣が突き刺さった衝撃で弾道が反れ、シャウロッテには当たらなかった。

「…カハッ…レオ、バルト…ぐん…あ゛っ……」

赤毛が揺れる。

水平にリーバーを射止めた短剣を引き抜くと、リーバーを蹴り倒し、その剣先を喉元に突き立てた。

「メインコンピュータはどこだ?」

翡翠の瞳はニコリともしない。

「…ハッ、ハッ…どうせ…ハッ、ハッ…殺すの、だろ…言う、必要は…ない」

途切れ途切れに苦しそうな声だが、それでも、彼は笑っていた。

「それもそうだな。貴様の無駄な意地に付き合う必要はない。時間の無駄だ」

「…酷いな…まるで、僕が何も知らずに暴動を起こしていたような言い方だ」

血が床に広がる。

吸収をしない金属の床のわずかな隙間を縫うように血が伝う。

「君は、彼のような被害を出し続けるつもりか?」

リーバーの先にはシャウロッテがいた。

「政府の開発のせいで、どれだけの命が失われ、歪められているか、君はっ………」

言葉は途切れた。

血飛沫が部屋を染める。

銀のコートに赤の斑点が散る。

「馬鹿か?善悪を問うような人間ならば、こんな仕事はしてねぇよ」

鼻で笑うレオバルトが、ようやく笑う。

「さて、どんな言い訳をするつもりだ?シャウロッテ。今回の失態は重いぞ」

深々と頭を下げる狼は翡翠の視線に合わせることすらできず、血溜まりを見つめていた。


「おぉい!終わったかぁ?」

血溜まりから一つ奥の部屋でレオバルトとシャウロッテを見つけたリオンがひらひらと手を振りながら入ってきた。

敵がいないとわかっているのか全く警戒をしていない。

「見れば分かるだろ?メインプログラムをデリート中だ」

パソコンの前で苛立つレオバルトの指がカタカタとキーを押す。

軽快に動く指をシャウロッテは浮かない表情で眺めていた。

「何だぁ?シャウ、ミスでもしたのか?」

肩に腕を回しながら、リオンは冗談のつもりで話した。

すると、暗かったシャウロッテの表情はさらに暗くなる。

「…おっと、これはマズかったか?」

反省の色は全くないが、リオンはポンポンとシャウロッテの肩を叩いた。

ピーーー

画面に映る『パスワード入力』の文字が映った。

「…五文字のパスワード…か…」

「何だよ、わざわざ開かなくとも、壊しゃいいじゃねぇか…」

横から口を挟むリオンを睨み付け、不本意な説明を始める。

「『運命の剣』が所有するプログラムには仕掛がある。コンピュータ本体に強い衝撃が加わると自動でデータが他に流れる仕掛がな。」

「…でもよ、開いてどうするんだ?初期化したところで、完全に消せる訳じゃねぇんだろ?」

「だから、内側から破壊するんだよ」

取り出したCD-Rには赤いバツ印が書かれていた。

「何だぁ?それ」

「政府が作ったコンピュータウイルスだ。他に感染はせず、コイツを入れた物のデータを破壊、再起不能にする」

画面を見据え、パスワードを探す。

パスワードは支部ごとに異なり、幹部のみが管理していた。

翡翠の瞳が天井を睨む。

レオバルトが浮かべたリンドエル・リーバーの姿は以前連れて行かれた軍で出会った。

活きの良い若い青年だった。

あの頃はまだ、『運命の剣』は存在していない。

あれから彼が政府を敵に回さなければならなくなった理由…

指が一つ一つキーを押す。

『E M I L Y』

「…Emily?エミリー…って…」

パスワードは認識され、画面が明るくなった。

「リンドエル・リーバーの死んだ娘の名だ。環境がどうとか言っていたからな。公害病で死んだ娘への弔いだった可能性があっただけだ」

機会はCD-Rを飲み込む。

毒はたちまちデータを浸食し、プツリと画面の光は消えた。

「しかし、非情なもんだな。娘の仇討ちの為に起こした革命だったんだろうに」

隣の部屋で横たわるリーバーを見つめリオンが呟いた。

レオバルトは視線を向けるのみで何も言わない。

かつかつと足音を響かせて部屋をでていった。

銀のコートを追い、シャウロッテが、そして、リオンが続いた。

「武器庫は確認しなくとも大丈夫なんだろうな?」

「あぁ。もちろん、完璧さ」

胸を張って答えたリオンをじっと睨むレオバルト

「…だったら、その手にあるファイルはなんだ?」

リオンが唯一持ち出したのは例のファイルだった

「あぁ、これな。別件の資料がたまたまあってよ。せっかくだから、頂いてきたってわけさ」

リオンは軽いがブラッセに仕える者、いくら次期当主といえど、情報を漏らすようなことはしない。

レオバルトはそれ以上の事は聞かなかった。

地上に出るとすでに日が傾きはじめていた。


空が赤から青へ見事なグラデーションに染められている。

翡翠に映る夕陽はまさに燃え盛る炎のようだった。

「シャウロッテ、お前には罰を与えるからな」

「………はい」

肩を落とすシャウロッテにも容赦はしない。

罰を与えられる事よりも期待に応えられなかった事の方が、彼のダメージは大きいようだ。

「俺は直接本家に戻るから、ここまでだな」

ぐしゃぐしゃとシャウロッテの頭を撫でるリオンの手つきは撫でるというよりは掴んでいるように見える。

「元気出せって、次で取り返しゃいいだろ?」

バシバシと肩を叩かれ顔をしかめるシャウロッテが呆れた表情のレオバルトを見つける。

何かを考えているようにもとれる表情に、少し対応が遅れた。

以前は人並みには及ばないものの、それなりに喜怒哀楽がはっきり読み取れた。

今はどうだろう。

いつも眉間にシワを寄せて、乏しかった表情がさらに乏しくなった。

特に、外に出ているときは。

「マスター?」

つい口に出した言葉は不快だったのだろうか。

背を向けたレオバルトは

「帰るぞ」

と、一言だけ発した。



「神様、神様、リーバーが死んじゃった。結局、あの人は何も分かっていなかったのよ」

少女は樹に登り、そっと頬を寄せる

樹はさわさわと揺れ、風を感じさせた。

「神様。どうして人は全てを知りたがるのかしら?全てを知る事にどんな意味があるのかしら?」

少女が伸ばした手の先に一枚の葉が舞い降りる。

「私は……そんな人…嫌いよ………ね?神様。神様も、嫌いでしょ?」

空は白い。

雲の白さではない。

本当に真っ白なのだ。

樹が揺れる。

ざわざわと音をたてて。

「大好きなのは神様だけ。私は神様の物だもの。……だからお願い…」

少女が葉を掴み、握りしめた。


「私を守って」



―ブラッセ家・本邸二階―

綺麗に掃除がしてある長い廊下を使用人が数名慌ただしく歩いている。

突き当たりの部屋の扉の前に一際磨かれた取っ手を隠しながらリオンは扉を三回叩いた。

「お帰り。リオン」

中から声が返る。

しかし、扉は開かない。

「無事、任務は終えたぞ。レオは相変わらずイライラしてたよ」

「そっか……何か良いことあったかい?声が明るいな」

男とリオンは扉を挟み、背中合わせに会話を進める。

「探していた情報が少しな。やっぱり、『運命の剣』と繋がりはありそうだ」

「慌てない方がいいよ。利用されてるだけっていう可能性もなくはないんだから」

「分かってらぁ……でもよ…確かめずにはいられねぇ」

リオンの拳は強く握りしめられていた。

「分かってる…だから、もう少し接触してみよう」

男の声が上を向いた。

扉がわずかに開き、その隙間から封筒が渡される。

色は……

「黒……か……?2つ?」

封筒は2つだ。

「赤い蝋印は君に……頼めるかい?」

「あぁ。わかった……立て続けに黒はまずいんじゃねぇか?レオのストレス考えろよ」

頭をかいて浮かべたのは眉間に深いシワをつくるレオバルトと、その横で小さくなるシャウロッテだ。

「大丈夫。今回はただの急用。中身は大したことないから」

穏やかな声だった。

「あまり無茶させんなよ?」

「分かってるって

大事な子だからね」

男の声が一層優しくなる。

黙り、俯いたまた聞いていたリオン

「じゃ、俺は行くな。」

「気をつけて」

一言だけを残して、扉を後にした。

足音を聞きながら、男はそのまま腰をおろした。


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