第2話 リーバー編
爆音が轟く。
祝日のウォルステール街は不気味な程に静まり返っていたというのに、一部、三番通りでは派手な爆破劇が繰り広げられていた。
「…リオンめ、派手に動きやがって」
銀のコートがなびく。
レンガの壁が崩れかけていてもレオバルトが気にすることはない。
まるで落ちる場所が分かっているかのように瓦礫を避けている。
ふと視線をあげるとダークスーツに身を包むシャウロッテが雑魚を片付けていた。
彼の動きは最小限の音しか立立てていない。
「…性格が出るな…」
遠くでまた爆音が響いた。
どうやら、武器庫の破壊は順調らしい。
少し張り切り過ぎなリオンにレオバルトの心配は彼が被害を拡大しないかというところだ。
「シャウロッテ、状況は?」
最後の一人を地面に叩きつけると少々乱れた襟元を正しながら金色の瞳が辺りを見渡す。
人影は見当たらない。
立ち込める死者の香りから生存者を探すが漂うのは鉄臭い血溜まりばかりだった。
「おそらく、警備は以上かと」
屍を越えながらレオバルトの元に戻る。
忠犬のように、わずかな距離をしっかり保ち後ろに回った。
「さて、突入するか。獲物は最下層。覚えているな?シャウロッテ」
「えぇ。もちろんです」
翡翠の瞳の輝きが増す。
パチッと音を立てて銀のコートが閉じる。
握られた短剣がちらりと光を反射させた。
剣先が弧を描き笑みと重なる。
「せめて、楽しませろよ?『運命の剣』」
一方、爆破の起こった武器庫周辺では火のような鬣を揺らす大きな獅子が暴れていた。
突然現れた獅子を前に近隣の住民は逃げ出し、『運命の剣』の連中は武器庫を守る為に立ち向かうが巨体にもかかわらず俊敏な動きをみせる獅子に成す術がない。
明らかに武器庫を狙う獅子のその堂々たる姿は正しく百獣の王に相応しいものだ。
周囲の爆破にも動じることなく目的の場所に向かうのだった。
「はぁ、かったりぃな。危険組織ってわりに手応えねぇじゃねぇか…」
不満を漏らしながら伸びをするリオンは、上着に付いた砂ぼこりをバタバタと払いのけぐるりと周りを見渡す。
「だいぶ暴れたからなぁ…しばらく近づかねぇか」
グラグラと揺れる天井と手を加えなくとも崩れゆくであろう武器庫に人の気配はない。
しかし、こうも簡単に、何もする事なく任務を終えたところで満足感は得られない。
「何かねぇかな…ちょっとやそっとじゃ壊れねぇような………?」
目に飛び込んできたのは金庫だ。
武器庫に似合わない硬い鉄鋼でできた明らかに貴金属をしまうその箱に、退屈していたリオンは興味深げに近づいた。
「なんだよ。あるじゃねぇか。」
鼻歌を交えながら鍵穴をいじる。
それは数分でカチャリと音を立てて、蓋が上がった。
金庫の中に入っているものは貴金属の類いでも武器でもない。
メタリックブルーの表紙の一冊のファイルだ。
光が届かない暗い地下通路には所々に蛍光テープが貼ってありぼんやりと光っていた。
地を這うネズミが危険を察知し、慌ただしく駆け巡る。
生き物の気配はそれ以外に存在しない。
「マスター、火薬の臭いがします。前方8メートル付近です。保管室と思われます」
慎重に歩いていたシャウロッテが足を止めた。
彼の嗅覚が発見したものは未だ嗅ぎ慣れない爆発物の素だった。
「そうか…水でも撒いてやりたいが、あいにく湿度には気を使っているらしい」
地下の割りに乾燥している。
地下水が染み出していてもおかしくないのだが、火薬の敵である水分を避けるための防水対策がきっちり施してある。
水一滴ありはしない。
「量は推測できるか?」
「…」
クンクンと鼻を動かすシャウロッテだが。
「申し訳ありません。量までは…」
金色の眼がうつむく。
距離は測れたとしても、様々な種類が混在する火薬の量を測定する事は難しい。
そっとレオバルトの顔色を伺うと、彼は苛立ってはいるものの、さほど気にしてはいないようだ。
「仕方ない。ここからは更に注意を払え。僅かな火薬でも意外に威力はあるものだ」
爆薬の怖さは破壊力だけではない。
遠近操作が可能になることもその一つ。
ライフルのような直線のみの武器ならば、距離、方向、速度により対応が可能になる。
更に、相手が自分を直接見られる位置にいることも、その場所も限られる。
しかし、遠近操作が可能な爆薬は監視カメラで十分で、わざわざ危険をおかして至近距離まで近づきはしないだろう。
「かしこまりました」
黒の髪がふわりと揺れた。
「さぁ、来い。その先は僕の結界の中。引き返す事は許さないよ」
モニターに映る影は2つ
黒と白の青年のみ
「久しぶりだね。レオバルト君。まさか、こんな再会になるとは。」
リンドエル・リーバーは足を組んで映像を見つめていた。
軍服に身を包み、背にはライフルを提げている。
「さぁて、次期ブラッセ公の実力を見せてもらおうか?」
黒い革の手袋を着けた手がボタンに伸びる。
「まずは出口を塞ごうか」
モニターの一つに映るシャウロッテだ。
一歩一歩を慎重に進む彼の顔をカメラはハッキリと捕えていた。
指に力が入る。
「ゲームスタート」
カウントダウンが始まる。
赤いデジタルの数字が一つ一つ減っていく。
10あった数字はあっという間に0になった。
「……!?…っ…マスター!」
爆音と共に狭い通路を煙幕が覆う。
はるか後方で起きた大爆発は生き物のように黒い煙を押し寄せる。
「チッ…走れ!少しでも先へ行くぞ!」
地響きと共に揺れる通路は崩壊が心配されるが後には引けない。
黒い魔の手がすぐ傍まで迫っている。
どんなに速く走ろうとも、相手は黒煙だ。
たちまち、二人の姿は煙に包まれた。
「ゴホッ…ゴホッ……」
ハンカチで鼻と口を被い、極力煙を吸わないよう息を潜める。
辺りは一面の黒。
ここは地下通路だ。
簡単に煙は晴れないだろう。
「(アイツは俺より速い…あまり距離がなければいいが…)」
この煙幕を利用して奇襲があってもおかしくない。
あてにならない視覚より聴覚に神経をつかう。
むやみに動き回ることはしない。
細心の注意をはらい、忠犬を待つ。
遠くで倒壊の音が止む。
静かになった通路に足音が響く。
視界は相変わらず黒に支配されている。
「(あの馬鹿犬が…遅すぎる…)」
苛立つレオバルトの前方にまで足音が近づいた。
レオバルトの手には短剣が握られ、それは何のためらいもなく、足音の主へと突き立てられた。
突きによる風圧に煙が流れる。
探検はぐしゃりと音を立てて突き刺さり、足音の主にそれ以上の動きは見られない。
徐々に煙が晴れていき、遂にその姿を確認する。
「残念だったな」
ガスマスクで顔を覆った名も知らない男だった。
腹からは赤い血液が、装備服から短剣を伝って滴る。
串刺しにされ、成す術もなく命が尽きるのをまつ。
愚かな男だ。
レオバルトはそう思った。
「シャウロッテ。何をしていた?」
先程まで目指していた先に目を向けると、同様のガスマスクを身につけた人を壁に押し付けている忠犬の姿がある。
煙が晴れたことに気が付くとレオバルトの方に向かって頭を下げた。
「申し訳ありません。少々手間取ってしまいまして…」
自慢の嗅覚が使えない黒煙の中でガスマスクを装備した敵を片付けていたようだ。
壁には幾つかの傷痕が残されていた。
「一撃で倒せと言っているだろ…こんな奴に手間取ってどうする?」
敵地に入ったその瞬間から互い以外は敵と見なす。
これはそういう仕事だった。
「まぁいい。どうやら相手が動き出したようだ。さっさと終わらせるぞ」
短剣に付着した血液を拭い、翡翠の眼をつり上げたままシャウロッテを追い越した。
「はい」
ただ一言、シャウロッテの返事が煙の晴れた薄い通路に響く。
「ところで、お前、火薬はかぎ分けると言っていたが…これはどういう事だ?」
爆発は遥か後方だ。
つまり、今まで歩いてきた道ということになる。
あるいは
「ここまでの通路には何もありませんでした……その…さらに後方…では…?」
「……言い訳か?」
「………すみません」
ここまでの道は迷いなく進んできた。
事前に設計図に目を通したといってもほぼ一本しかない通路に別の道があるとは考えにくい。
だが、シャウロッテがそう簡単なミスをするとも考えにくい。
嘘は言わないだろうし、主人のレオバルトがいる限り細心の注意をはらうはずだ。
「いずれにせよ、分かった事が一つ。」
翡翠の瞳がギラリと光る。
天井に向けられた眼は小さなカメラのレンズを僅かにとらえていた。
「敵は俺達を迎えてくれるらしい」
まるで誰かがそこにいるかのように挑発的な笑みを向けるのだった。
「やれやれ。最初は失敗か」
翡翠を映す画面に向かい不服そうにため息をつく。
「一撃くらい当たらないのかい?使えないなぁ」
画面左下に映る二人の死体を見ながらつまらなそうに頬杖をついた。
「まぁ、彼らに殺らせようなんて思っていないけどね」
足軽に先へと進むレオバルトと、その後をついていくシャウロッテを画面で確認すると見取り図に目を向ける。
ビッシリと書き込まれているのは爆弾の配置図だ。
「残念だけど、僕は負けないよ。」
その余裕なのか焦る様子のないリーバーは、実に堂々としていた。
足音が響く。
「隠れる必要はなくなった。ならば、好きなようにさせてもらおう」
クックッと笑うレオバルト。
大分奥までやって来た二人は更に地下深くを目指していた。
「しかし、よく見つかりもせず作り上げたな…こんな巨大な空間に気付かないなんて、よほど政府は間抜けらしい」
それは秘密と言うには広すぎた。
これを黙認するとなると、それなりの金額が裏で動いていたに違いない。
表に出れば、官僚はことごとく首を切られるだろう。
自身の役職を守る為だろう。
資料には赤字でこう書かれていた。
『関係者は如何なる理由があろうと削除せよ』
つまり、現在この地下に身をおくものはレオバルトら三人を除いて殺せということだ。
通路を使う以上、戦闘は避けられない。
あの煙幕のあとは隙をつこうと何人もの人が飛びかかってきた。
中には女性もいたかもしれない。
官僚の言い分はふにおちない。
しかし、所詮凡人の寄せ集めだ。
レオバルトが断ろうとも、いずれ『運命の剣』は潰される。
そして、官僚達はのうのうと生き延びていく。
正義を貫いたところで、報われるとは限らない。
この世界はズルく汚い者ほど生き残る。
鮮血で汚れた銀の短剣を振り、また、一つの命を奪う。
彼らが通る後には血溜まりだけが浸食を許された。
「マスター、足音はあと4つです」
シャウロッテは戦闘体制を崩さない。
「そうか…最下層まで、だいぶ近づいた…先に行け」
「はい」
短く返事をすると階段を飛び降りた。
青白い光をまとうと、シャウロッテの姿は黒い狼へと変貌する。
床を蹴りあげる足音はすぐに消えていった。
「俺が行くまでに終わらせておけよ」
余裕の笑みで見下ろすレオバルトは後ろから忍び寄る刺客に短剣を突き立てた。
激しい音を立てて、金網に人が叩きつけられる。
「たかが人間に、ブラッセが負けるわけがないだろう?」
噴出した血液をレオバルトの冷たい目に映っている。
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