Chain Of Fate

文目鳥掛巣

第1話  リーバー編

「レオバルト様?どこにいらっしゃるのですか?」

広い屋敷を使用人が走り回る。

その中に黒の髪を揺らしながら無言でこの屋敷の主を探す青年がいた。

彼がとある部屋の戸を開けようと手を伸ばした時だ。

「シャウロッテ!黙らせろ!俺が本を読んでいるときは静かにしろと言っているだろう!」

乱暴に開けられた扉は青年、シャウロッテの顔面に叩きつけられた。

扉を開けたレオバルトは髪をくしゃくしゃとかき、苛立ちを示す。

シャウロッテは鼻をおさえながら立ち上がった。

「で?用件はなんだ?手短に済ませろ」

レオバルトはシャウロッテのことなど全く気にかけず、不機嫌そうに読みかけの小説に目を戻す。

シャウロッテは一通の手紙を渡した。

「シュバルツ殿からのお手紙です」

「シュバルツ?あのじじい、何の用だ?」

ざっくりと封を切り開け、中の文章を目でおう。

シャウロッテは立ち上がり手紙を読む主を見守っていた。

読み進めるうちにだんだんとレオバルトの眉間にシワがよる。

「…ッチ…面倒事ばかり押し付けやがって」

ぐしゃぐしゃに手紙を丸めると部屋の暖炉へ放り込んだ。

ぼぅっと音を立てた紙くずは瞬く間に炭に変わる。

「マスター?」

顔色を変えないシャウロッテが声をかけると、ソファーにかけてあったコートを掴みとった。

「仕事だ。行くぞ。シャウロッテ」

「はい。承知致しました」

それが当然のように、一切の戸惑いを見せずついていくのだ。


銀色のコートが揺らめく。

足元には一匹の犬、いや、狼だろうか。

黒く光る首輪がそのバサバサと、しかし柔らかな毛並みから時より顔を覗かせる。

目の前には獲物が一人。

必死で逃げ回る麻薬の売人だ。

この売人ジョニー・スラッカーにより町中に薬が広まり、何十人もの人の神経を麻痺させたという。

しかし、薄汚い中年の男に、それほどの経済力があるのか疑わしい事だ。

おそらく、薬の事など表向きの言い訳に過ぎず、何処かの裏切り者か何かだろう。

情報が漏れる事を恐れて、こうした依頼にしたはずだ。

「…ジョニー・スラッカー……あの男に間違いないな…」

逃げるジョニーを目で追い、写真と見比べる。

レオバルトはジョニーを指し示す。

狼は金色の目でその先をじっと見つめ、指示をまった。

「…3分だ……殺れ」

<パチン>と指を鳴らすと、狼が勢いよく飛び出した。

まるで風の如く素早く回り込み行く手を阻む。

右へ左へ、前へ後ろへ、ジョニーが何処へ逃げようとしても狼がすぐに回り込む。

知らず知らず彼は行き止まりの路地に誘導されていた。

レンガの壁に手をついて、これ以上進めない事が分かると膝を付き命乞いを始めた。

「頼む。どうか…命だけは助けてくれ!……金ならいくらでも出す」

盗んだ金だろう。

目の前にいくつもの札束を並べた。

しかし、相手は狼、それも主人の言い付けをよく守る忠犬だ。

牙が光った次の瞬間にはジョニー・スラッカーの血液が宙に舞っていた。

「…2分39秒……上出来だ」

銀時計を閉じたレオバルトは静かに目を伏せる。

蓋にはブラッセの文字が並ぶ。

路地にはすでに狼の姿はない。

「…帰るぞ。シャウロッテ」

代わりにいたのはシャウロッテだ。

赤が目立たない黒のスーツを着こなした青年がいた。

「かしこまりました。マスター」

面を上げた彼の目は透き通る金色をしている。


“ブラッセ公”

このバルラチア大陸で有名な名だ。

ただし、良い噂は一度として立たない。

表向きには交易等で成り立っていると言われているが実際は裏社会での仕事が大部分で、先程のように表向きには公表出来ない殺しを行っている。

その依頼の中には政府からのものも多く、その為に治安が安定している事も現実で、世間の評価もそれぞれ異なる

ブラッセ家を犯罪者として告発すべきだと言い張る者もいるが、それは少数派だ。

彼らが告発されれば、同時に国を告発する事になる。

それに、彼らは身の危険を感じない限り、依頼以外の殺しはしない。

だからこそ、堂々と構えていられるわけだ。

レオバルトはそのブラッセの跡取りである。

「はい。終わりましたよ。シュバルツ殿……………名簿?…いえ、ありませんでしたよ。…それに、それは範囲外のはず。………えぇ。では」

相手が電話を切った事を確認すると、レオバルトは受話器を叩きつけた。

「うるせぇぞ!ジジィ!文句つけるならテメェで始末しやがれ!」

シュバルツからの依頼を終えて戻ったレオバルトは終了の報告をしていた。

無事に済ませた事を告げるとシュバルツはジョニーが名簿を持っていなかったか聞いてきた。

彼の所持品は異様に少なく、重要な物は何も無かった。

彼が持っていたのは古い万年筆と小銭のみが入った汚い財布だけだった。

もちろんそれらは依頼主であるシュバルツに送られたわけだが…

「おっと、ご機嫌ななめかい?シュバルツ殿の文句はいつもの事だろ?」

コーヒーを片手に現れた金髪に眼鏡の男。歳はゆうにレオバルトを越える。

「…リオン…聞いていたなら分かるだろ?」

リオンはレオバルトに銃を向けられ手を挙げた。

彼は先代からブラッセに仕える従者だ。

「あんまりイライラすんのは良くないぜ?ほら、スマイル、スマイル」

にかにかと笑うリオンは楽し気で、レオバルトは表情を変えずに引き金に力を入れる。

<パーーン>

ギリギリ髪を掠める所を撃ち抜いた。

流石に固まるリオンは恐る恐る弾痕に目を向けた。

壁に穴が開き、ひび割れる。

銃口からは一筋の煙が、白く細く伸びていた。

「お前……ホントに撃つか?」

「誰に向かって口をきいている?」

「お前にだよ。レオバルト殿」

再び銃口を向けるレオバルトに一瞬も怯むことなく橙色の眼が覗く。

「獅子の俺にゃぁ、お前が誰なのかは関係ないだろ?なぁ、ブラッセ公」

眼鏡の下から捕らえる視線は限りなく獣に近いものだった。

「たかが獣だろう…俺にそんな目を向けるな。リオン」

翡翠の目がつりあがる。

鉱石のような光を見せる瞳はその見た目と同じく温度を感じさせない。

にらみ合いが続く中、何処からか足音が聞こえる。

だんだん近づく音は部屋の扉の前で止まり、音の主は勢いをつけて扉を開けた。

「マスター!ご無事ですか?」

「うるさいぞ!シャウロッテ!」

心配して心配して、急いで駆けつけたシャウロッテをまず迎えたのはレオバルトの怒鳴り声だった。

「えっ?あっ…す、すみません」

突然の事に何が何だか分からないシャウロッテの視線は両者の顔を行ったり来たり、そうしてようやく、銃声を発したのはレオバルトの方なのだと理解した。

おどおどしているシャウロッテを笑みで見守るリオンがぐぅっと背を伸ばし一枚の黒い紙を取り出した。

「さて、本題に入ろうか?シュバルツ殿の任務直後に悪いが、御父上のご命令でな」

黒紙の命令は最優先事項となっている。

と同時に危険な任務でもある。

受け取ったレオバルトの表情は真剣そのものだ。

「…この時期に黒紙ってことは……『運命[ファートス]の剣』に関する事か?」

「ご名答。アジトの一つが見つかったんでな、その壊滅さ。今回は、俺も同行する」

『運命の剣』とは、右翼勢力の一つで近年勢いを増してきている。

無差別のテロ行為は国家を脅かす勢力として政府が追っている。

「警察では対処ができないって言うのか?」

レオバルトの目がリオンを睨む。

リオンは一枚の地図を取りだし机に拡げた。

そして、胸のポケットから赤いペンを握り、マークをつける。

「アジトが見つかったのはこのあたり。」

ぐるりと丸を付けられた場所は

「ウォルステール街だと?」

首を傾げるシャウロッテ

そこは三大都市の一つリバーサントの街で百万を超すリバーサントの中心ともいえる街だ。

もちろん、政府の支部も設置され近くには軍の施設もある。

まさに灯台もと暗しといったところだろう。

「地下に空間があるらしいが、用途は不明。さらに、コイツが見つかった」

それは一枚の写真だった。

そこに写る人物の左腕に『運命の剣』が決まって彫る、悪魔を絶つ剣のシンボルだ。

「なるほど、支部をおさえて本部を吐かせたい、が、それが街中にあるため派手な突入は不可ってことか」

「そ。だからこそ、俺達の出番だろ?国家も認めざるを得ないブラッセ公の力のな」

堂々と胸を張るリオンの眼は鋭く光る。

獲物を前に闘争心を隠しきれないといったところだ。

レオバルトは不快ながらも、父からの命に逆らうわけにもいかず渋々詳細に目を通す。

ターゲットは三つ

本部のメインプログラムのデリート

武器庫の破壊

そして、幹部の暗殺

「ん?…リンドエル・リーバー?…コイツは確か…」

リストに見覚えのある名があった。

というのも、リンドエル・リーバーは国家警察官としてレオバルトとの面識がある。

「国の組織にテロリスト…裏工作でもされてたんじゃないのか?」

「そりゃ無いわけねぇ。上層部の連中を金で黙らせていたんなら、国としては真っ先に消してぇだろうよ」

リオンが書類を捲る。

「確か…お前とは面識があるはずだが?」

「あぁ、コイツが爆発物処理班にいた頃にな」

どんな爆薬も完璧に処理をする優秀な人材だと聞いていた。

つまり、それはどんな爆薬も扱えるということだった。

「爆弾のプロか…面倒だな」

ため息をつきながら書類をテーブルに放り投げ、どさりとソファーに腰をおろす。

柔らかくも硬くもないソファーは少し沈み中途半端にレオバルトを支えた。

「シャウロッテがいれば問題ないだろ?コイツは鼻が効くからな」

リオンの言葉にピクリとシャウロッテの肩が動く。

彼はまだ、仕事の内容を理解していない。

黒い髪の下から覗く金の眼は、主人であるレオバルトの指示をあおぐ。

彼はレオバルトの言うことを良くきく従者だった。

滅多なことがない限り、反論も意見も言わない。

「シャウロッテ、爆弾の火薬の臭いはかぎ分けられるか?」

左足を右足にかけて交差させる。

レオバルトは翡翠の瞳をシャウロッテに向けることなく、ただ宙をみている。

「…状況にもよりますが…嗅ぎ分けることは可能です」

「流石だなぁ、シャウ」

リオンが大きな手のひらでシャウロッテの黒い髪を撫でる。

力の加減を知らないリオンの行為に、シャウロッテがわずかに沈む。

迷惑そうにリオンを睨むが効果は無いようだ。

「トランス状態でなら…時限装置の音も聞き分けます。その他の雑音が少なければ…ですが」

リオンの大きな手を払いのけて、ぐしゃぐしゃになった髪を戻す。

黒くさらさらした髪は直ぐに元の形に戻った。

金色の瞳はレオバルトからそらされる事はない。

レオバルトはじっと考え始めた。

こんな大仕事が回って来るには何かありそうだ。

父親の意見にしろ、政府の意見にしろ『運命の剣』を未だ家を継いでいない若者に任せるのだ。

「期限は今月いっぱい…残り15日…また、急なことだな」

苛ついたレオバルトは一度目を瞑る。

ウォルステール街は人通りの多い商店街、爆発が起これば被害は最悪だ。

にぎわう週末は避けたい。

「狙うなら、3日後の火曜だな」

「火曜?人通りを気にするなら定休日の多い木曜じゃねぇのか?」

レオバルトの決断にリオンが口を挟む。

翡翠の目が開かれる事はない。

そして、リオンの問いへの返事もない。

ただ、ひたすらレオバルトは闇の中に策を描き出していた。

「リオン殿、確か、火曜はカルエントスの収穫祭があります。おそらく、人通りは木曜以下になるのでは?」

納得がいかないリオンにシャウロッテが答えた。

カルエントスの収穫祭は毎年盛大に行われる。

わざわざ遠くの地から収穫祭の為だけにやって来る客もいる程だ。

「なるほど…収穫祭の日には商店街はしまってるか…」

ようやく理解したリオンはぽんと手を叩く。

レオバルトの顔は天井の飾りにむいている。

不思議な紋様の装飾、どこかエスニックな雰囲気、しかし、西欧の気品を兼ね備えた見事な技術だ。

交差する指がピタリと止まる。

翡翠に耀く瞳がゆっくりと瞼の下から姿を表すと唇が弧を画く。

「リオン、武器庫はお前に任せよう。俺とシャウロッテは残りの仕事だ」

赤茶の髪が揺れるたび笑みがこぼれる。

「難しい事じゃない。たかが無謀なテロリストにわざわざ全力を出す必要もない。」

弾かれた黒い封筒が暖炉に潜り込む。

チリチリと黒を赤が包み、あっという間に炭にした。

「おいおい、まさか三人だけで乗り込むつもりか?相手は『運命の剣』だぞ?」

「他に誰を連れていくんだ?俺はシャウロッテとお前以外と仕事をした記憶はない」

酷く人間を嫌う性格だった。

社交的であればあるほど疑っていたし常識に欠けたバカは蹴り飛ばすような人だ。

人付き合いのいい親とはうってかわって、彼は人を寄せ付けることすらなかった。

「…しかしだなぁ…」

いくら他人を使わないと言っても、相手にするのは過激派のテロ団体だ。

リオンが呆れるのも当然だった。

「父上の期待に応えなければならないだろう?こうなる事もあの人には分かっていたはずだ。そうだろ?リオン・レオパード?」

妖しく光る翡翠の瞳は鋭く光る。

わざとらしく名前を呼ばれ、リオンは声が出せない。

ピリピリと空気を縛るのは恐怖だけではない。

荒々しくも、その奥から覗くのは快感にちかい。

自信、興味、期待

決して清々しいものではないがリオンのやる気を掻き立てるには十分だった。

「やってやろうじゃないか。百獣の王の力、見せつけてやるよ」

ギラギラと輝く獣の目が満ちていく。

それは手頃な獲物見つけた捕食者のものだった。

満足そうにリオンを見ていた翡翠はふと隣のシャウロッテに向かれた。

「できるな?シャウロッテ」

「はい。貴方の命なら必ず応えます」

笑みなどはない。

シャウロッテの金色の瞳はじっとレオバルトを見ていた。

レオバルトはニヤリと笑う。

「決まりだな。急いで準備をしろ。3日後、ウォルステール街で支部を叩く」

勇ましい声が硝子を震わせた。



「それは仕方ない運命だなんて、誰が決めたの?」

「「さぁね。だけど、それが真実とは限らないよ」」

「へぇ。だったら、あなたは知っているの?『真実』ってやつを」

「「どうだろう。案外、知っていたりして」」

「…ふふっ…嘘つき。知っている人なんていないんでしょ?知っているのなら、あなたは余程つまらない人よ」

「「あぁ、そうだね。きっと僕はつまらない人間なんだよ」」

切られた無線から、規則正しく音がなる

「ねぇ、神様、あの人は何を勘違いしているのかしら?『真実』を知っているのは神様だけなのにね」

白いブラウスが風に揺れる。

金糸を舞わせながら少女は樹に寄りかかる。

「何もかも知ってしまえば、何もかもをなくしてしまうのにね」

純粋で汚れのない笑み。

それは微かに悪を含む笑みだった。

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