縁は異なもの味なもの
教室のドアを開けると皆んなの視線の集中砲火を浴びた。
「おお、無事で良かった。今、クラスの全員でケンの安否を気遣っていたんだ。病欠は親が電話連絡するはずなのにそれはない。そもそもミーナが今朝早くケンとランニングしていたから病欠はない。だとしたら事故や犯罪に巻き込まれた可能性がある。もう少ししたらケンの家に連絡を取り、場合によっては警察にも届けるところだったんだがそうせずにすんでまずは一安心」
思いっきり遅刻をしたので権八っつあんに怒鳴られるのを覚悟していたが肩透かしをくらってしまった。
「と、言いたいところだが遅刻した理由を正直に言ってみろ。理由によっては罪は問わんぞ」
ギロリとぼくを睨む権八っつあんは迫力満点。
もとよりウソをつくつもりもないので正直に答えることにした。
「朝、ランニングをして火照った体を冷ますため水風呂に浸かりました。朝食をしっかり取るとヤバめな時間に。近道をしようと通学路を外れて公園を突っ切ろうとしたらキレイな蝶々につい見とれてしまい……」
「このパコすけ! 確かに正直に言えと先生は言った。だが正直に言えばいいってもんじゃない! 身勝手な振る舞いで皆んなに心配をかけた罪は重い。放課後、職員室に来い!」
権八っつあんの怒鳴り声が教室に響き渡った。
怒るのもごもっともなので、ぎっくり腰のおじさんを指圧した
しょんぼりと着席すると隣の席のミーナがウィンクを飛ばしたので反射的にウィンク返しを決めた。
「今朝“また学校で”って言って別れたのに。とっても心配したんだから」
休み時間になるとミーナは頬を膨らませてオカンムリ。
「ああ、ゴメンゴメン。本当は気が変わってサボるつもりだったんだよ。ただ初めてのチャレンジだったから勝手がわからなくて。どうもサボるにも段取りが必要だってのがよくわかったよ」
権八っつあんの一喝でトライ&エラーの重要性が理解できたのはウソじゃない。
「まあ、悪い人」
ミーナがポカポカとぼくを叩いてきたのですべて防いでみせた。
ボクシングでいうところのパーリング。
すなわち我が手掌で相手のパンチを叩き落とすディフェンステクニック。
他には距離を詰めて相手に抱きつき、打撃技を無効にするクリンチもあるがさすがに女の子には使えないので今回は封印。
「ねえ、ズイブンと見せつけてくれるじゃない」
「ホントホント。いつの間にそんな仲良くなったんだ?」
「お~い、式には呼んでくれよ」
「お幸せに!!」
ぼくとミーナとのやり取りはかなり目立っていたようで、クラスの皆んなから囃し立てられた。
だけど悪い気はしない。
所詮はガキの振る舞い。ヤキモチ。
それにミーナは誰にでも別け隔てなく接するのでそのアイドル的可愛さも相まって男子からの人気は断トツ。
(ちなみに次点はマッキーこと
いずれにせよ昔の自分では信じられない状況。
弱い自分に打ち勝って獲得したトロフィーを見せびらかすのは勝利者の特権だ。
「エヘヘ、そんなんじゃないって。実はケンはボクの命の恩人なんだ。とってもカッコ良かったんだから」
ミーナが誇らしげに言った。
「へえ~。その話、もっと詳しく!」
「何だかよくわからねえが、こうなったらもう結婚するしかねえな」
クラスの皆んなが面白がって無責任に囃し立てる。
初めは楽しかったが、この空気にもいい加減疲れてきたので席を立った。
「あっ、ケン。どこに行くの?」
「ちょっとションベン」
それだけ言ってトイレに向かってダッシュした。
教室を出ると見覚えのある男がこちらに歩いてくるのが見えた。
あれは今朝のぎっくり腰のおじさん。
「おじさん、もうすっかり腰は良くなったようですね」
「やっ!? 君はここの生徒だったのか!?」
「はい、5年3組です」
「おお、それは丁度いい。ちょっとミーナを、いや娘の美波をここに呼んでくれないか。体操服の忘れ物を届けにここまで来たんだがさすがに教室にズカズカと入りたくはない。だからお願いしていいかな」
これには驚いた!
目の前のおじさんがミーナの父親だったとは!
ミーナと似ていないけど本人がそう言うならそうなのかもしれない。
「ええ、お安いご用です。今呼んできます」
ぼくは教室に戻るとミーナを連れ出し、父親に引き合わせてからダッシュでトイレに駆け込んだ。
トイレから戻ると教室の前から大きな声が聞こえてきた。
「ケンが遅刻して怒られたのはパパのせいなんだから後で先生にキチンと説明して!」
「いや、これからパパは仕事が」
「パパは自由業なんだから時間の都合はどうにでもなるでしょ! 昨日話したボクの命の恩人はケンなんだよ!」
「そうだったのか!? わかったわかった。放課後にまたちゃんと来て説明するから。もう授業が始まるし一旦帰るよ。じゃ、また後で」
ミーナのパパはそう言うと一目散に帰っていった。
皆んなが見ていた。
そこへタイミングよく権八っつあんがやって来て、
「おい、休み時間は終わりだ。とっとと中へ入れ」
とドスの利いた一言。
何事もなかったかのように次の授業が始まった。
蛇足かもしれないけど一応、この後の出来事を軽く記しておきたい。
抜き打ち小テストがほとんどの科目で行われた。
皆んなはブーたれていたけどぼくは確かな手応えを感じていた。
授業では積極的に発言もした。
体育ではプールが故障しているために体育館でドッジボール。
以前と違い、ガンガンと向かってくるボールをキャッチできた。
給食の献立はスブタ。
昔のぼくなら食べられずに残していたが、今回はお代わりをした。
そして放課後。
掃除当番を終え職員室に入るとミーナのパパと権八っつあんが話し込んでいた。
なぜかミーナも同席している。
「ふう、事情は大体わかりました。おい、ケン。なぜ遅刻した理由を正直に言わなかった?」
権八っつあんはぼくを睨んだ。
「いや、言おうとしたらあまりの剣幕に怖くなってしまいまして」
「嘘をつけ。お前は先生が怒鳴っても少しもたじろがなかったクセに。まったく、大したタマだ。だが皆んなに心配をかけたことは反省せよ。説教終わり。もう帰ってよし」
ぼくとミーナとミーナのパパ。
3人仲良く校舎を出ると"コケコッコ~”とニワトリ小屋から鳴き声が聞こえた。
「そういえばこの松ぼっくり小学校ではニワトリを飼育してるんだってね」
「もう、パパったら。前にボクが話したじゃない」
「ああ、そうだった。で、教育の一環として
「パパッ!」
内容はともかく、父と娘の会話がはずんでいる。
親子水入らずを邪魔する気はないので黙っていた。
夕暮れ時、帰り道を歩く3人
「ところで君、君はニワトリが襲ってきたらミーナを守れるかね? いや、そんなホラーパニック映画を昨日観たからふと疑問に思ってね」
ミーナのパパが話しかけてきた。
「う~ん、経験上どんな動物もナメちゃダメですよ。人間VSニワトリですか。正直ニワトリはかなり手強いです。日本刀を持ってやっと互角……。と、ある本に書いてありました」
「ほう、それは興味深いね。ところでこの先の塀の上にノラ猫が昼寝をしているだろう。あれが襲ってきたらどう戦う?」
「逃げます。もしくは急所の防御に徹します。決して戦ってはダメです。ネコは小さなトラだと思ってください」
「う~ん、君はなかなかユニークだね」
「まあ、山ザルとは実際に散々やり合いましたから」
石松との戦いは忘れようにも忘れられない。
「パパ、そんなことより早く本題に入って!」
ミーナがそう言ってパパの背中を叩いた。
「ああ、そうだった。君、好きな食べ物と嫌いな食べ物を教えてくれないか」
パパの質問には慎重に答えねばならない。
好きな食べ物と嫌いな食べ物を知ることでまだよく知らぬ人物を推し量ろうとするのはグルメ漫画でよくあるパターン。
「え~、好きな食べ物はアジのなめろう。これさえあればご飯は何杯だっていけます。嫌いな食べ物は焼き肉のミノ。あれはなかなか噛み切れなくって」
もっと気の利いた食べ物を選べばよかったんだけど、平凡な答えになってしまった。
やっぱ好きな食べ物は無難にハンバーグとかお寿司にしとけばよかったかな、なんてボーッとしていたらミーナがくすくすと笑い出した。
「つまりお礼としてケンを食事にご招待することになったの。親子ともどもお世話になったからね。さっきの質問はそういう意味。もちろん招待を受けてくれるよね」
そう言うとミーナがぼくの手をつないできた。
「コラ、そういうのは正式に交際している男女がするもんだ」
パパがたしなめた。
「じゃあ、今から正式に交際する。ケン、ボクと付き合って」
ミーナはぼくに体を寄せてきた。
「君、今すぐミーナから離れなさい!」
パパは鬼の形相でぼくとミーナの間に割って入ってきた。
それに構わずミーナはぼくの手をギュッと握りしめる。
こういう時、どうすればいいのかは師匠も教えてくれなかった。
ぼくの真価が問われている場面。
しかしミーナの手の感触は温かく心地よく。
無理やり振りほどくなんてできるわけがなかった。
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