回らないお寿司屋さん
こじんまりとしたお寿司屋のテーブル席の向かい側にはしかめっ面ををしたパパが座っている。
対するぼくの隣の席にはニコニコしているミーナが座っている。
目の前には上寿司がそれぞれ人数分並んでいる。
新鮮なネタ、光るシャリ。
なんて美味そうなんだろう!
「では堅苦しい挨拶は抜きにしよう。今日は何かとお世話になったケン君へのささやかな気持ちとして一席設けた。存分に堪能してくれ給え。さあ、食べようじゃないか。いただきます」
「「いただきます」」
パパの挨拶の後に全員が声を揃え、寿司を食べ始めた。
「わあ、ほっぺが落ちそう。ママが退院したらまた一緒に来ようね、パパ」
「そうだな。ここは最近友達から教えてもらった取っておきの穴場だ。美味いだろう。ママもきっと気に入るはず。どんどん食べてくれ。足りなかったら追加注文をしよう」
親子同士の会話からこの場にミーナの母親がいない理由がわかった。
どうやら何らかの事情で入院しているらしい。
好奇心は猫を殺す。
根掘り葉掘りと聞くのはマナーとして避けるべき。
しかし、それはそれとしてミーナのパパが何をやっている人なのかは少しだけ気にはなる。
自由業らしいが、こちらとしては美味い寿司が食えればどうでもいい。
「ところで君、新聞は読んでいるかな?」
パパが尋ねた。
「ええ、一応は目を通しています。ヨミカキ新聞ですが」
「なら毎週土曜の政治面に『政界ざく切りみじん切り』というコラムが連載されているのは知っているかね?」
「はい。前はよく読んでました。ただ、小学生にとっては難しい専門用語が多すぎて。それと最近は政権への感情が先走りすぎているのと、批判のための批判が鼻につくので読むのを止めました」
「……すまない。そのコラムを投稿しているのは何を隠そう、この私なんだ」
「っ!? それは恐れ入りました」
「これからは小学生の読者にも理解できるよう気を付けよう」
「ぼくはてっきり『このガキが! ナマイキだ』と怒鳴られるもんかと。その器の大きさ、見習いたいです」
失言をフォローしたつもりだったが、雰囲気がシラけたのは間違いなかった。
「ねえ、さっきから2人だけで難しい話ばかりしていてツマンナイ。ボクはとっくに食べ終わっちゃたよ。ねえパパ、次は特上を頼んでいい?」
見るとミーナの目の前の寿司はきれいに無くなっている。
「おお、気が付かずにスマン。どんどんジャンジャン頼んでくれ。寿司は食が進むからね。ん? 君の寿司も残りわずかだがどうする? 特上を頼もうか?」
さっきの失言の件もあったのにパパは気前のいいところを見せている。
「いや、さすがに寿司の二人前はお腹いっぱいになってしまうので……。その代わりお刺身の盛り合わせをお願いします」
ぼくの言葉にパパはニコッと笑った。
ミーナは追加注文した特上寿司を全て平らげ、眠くなったのかうつらうつらと船を漕いでいる。
ぼくも刺身に舌鼓を打ち、パパはビールを飲んでご機嫌の様子。
「しかし、君の治療は痛かったなあ。いや、今さらとやかくは言うまい。確か、叔父さんが治療家と言っていたが一体どんな人なんだい?」
「今年になって伊豆の山奥で治療院を開業したとか。名前は
「ハテ、どこかで聞いたことがあるようなないような。もしかしてモヒカンで弁髪だったりするかな」
「はい、まさにその通り」
「なら間違いない。ここ最近、大物政治家たちの間で引っ張りだこになってるよ。西洋医学に見捨てられた患者も凄まじい腕前で治療してしまうともっぱらの評判だ。私は今でこそしがないコラムニストだが、昔は政治をテーマにした小説を書いてそこそこ売れたもんだ。その時の人脈がまだ生きているからイヤでも政界の情報通になってしまう。っとそろそろお開きにしようか」
ミーナはぼくの肩に寄りかかって気持ちよさそうに眠り始めたのだから楽しい食事も終わり。
子どもはおネムの時間。
「今日はごちそう様でした。本当に美味しかったです」
帰り道、ミーナをおんぶしているパパにお礼を言った。
「喜んでくれたのなら何より。ところで君、孔子の『男女七歳にして席を同じゅうせず』という言葉は時を超えてなお輝きを放っていると思うが君の意見を聞かせてほしい」
聞かれたからには答えねばならない。
「孔子は時代時代の権力者から都合よく解釈され利用されて来ました。孔子がどんなに名言を残したとしても儒教はこれからのグローバルスタンダードにはなりえないでしょう」
師匠がかつて話していた内容を覚えていたのでそのまんま答えた。
「それでも君、娘を思う父親の心は古今東西変わるわけがない。ケン君、君という人間が大体はわかってきた。感じたのはバランスの危うさだ。
パパはそう言うと黙ってしまった。
前に師匠からも似たような警告をされたのを思い出した。
ミーナはスヤスヤとパパの背中で眠っている。
その幸せそうな寝顔を見てたらどうでもよくなった。
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