スエヒコ叔父さん
今、ぼくとお父さんとお母さんは丸太小屋の中にある治療院の待合室のソファーに並んで座って事の顛末を聞いていた。
「都知事がお忍びで治療を受けに来てたんだよ、兄貴。当然SPだってウジャウジャ。大体ヤクザとSPの区別くらいつくだろうに」
丸太小屋の中の待合室で仁王立ちしている大男はあきれ顔でため息を付いた。
その声、その姿には確かにスエヒコ叔父さんの面影があった。
だけど記憶の中の姿とはだいぶ違っている、というかもはや別人。
これは後で聞いたのだが身長は約180cm、体重は約90kgという堂々たる体格。
藍色の作務衣の上から白衣を羽織っているのは粋でカッコいい。
だけどなぜ髪型をモヒカンに?
なぜ後ろ髪を弁髪に?
しかも弁髪の先っちょには赤いリボンが結んである。
とどめにドジョウヒゲをたくわえ黄色いサングラスをかけている
なんてうさん臭い風貌。
「車の運転で疲れていたんだ。こんな辺鄙なところに治療院をおっ立てやがって。区別なんてつくもんか。本当に驚いたんだぞ!」
お父さんは怒っていた。
「何かのトラブルに巻き込まれたのかと。それにその怪しい格好はどうしたの? あんまり心配させないで」
お母さんはスエヒコ叔父さんをたしなめた。
「この場所は俺がやっと探し当てた隠れたパワースポットなんだ。だから都会から離れているのはしょうがない。それに姉さん。俺はサラリーマンじゃない。個人経営の治療家だからこそ自己プロデュースが必要なんだ。食っていくにはまずは目立たないと」
スエヒコ叔父さんは落ち着いて説明した。
このやり取りだけを見ると険悪な雰囲気を感じるかもしれない。
でも実際は違う。
仲がいいからこそ本気で心配もするし、言いたいことも言える。
その場にいたぼくが言うのだから間違いない。
「おお、ケン坊。大きくなったな。ところで叔父さんのことは忘れてないよな。あの頃とは違って叔父さんはかなりカッコよくなっただろ。どうだい?」
そう言うとスエヒコ叔父さんはぼくに向かってウインクをした。
「う、うん。カッコいいというか個性的というか。よく似合っているよ。モンゴリアンというかプロレスラーのようで」
ぼくとしてはそう答えるしかなかった。
「だろう! ほら見ろ! 子どもは正直だ。よし、ケン坊。後でカッコいい車に乗せてやるぞ。本物の軍用車だ。道なき道を走破する俺のような優れモノだ」
「わかったわかった。そろそろ本題に入りたいのだが。ケン、大人同士の話をするからちょっとこの辺りを散歩でもしてきてくれ」
ドヤ顔で胸を張るスエヒコ叔父さんを制してお父さんが言った。
実はさっきから外を探検したくてウズウズしていたんだ。
ぼくは麦わら帽子をかぶって外に飛び出した。
青空には入道雲。
照りつける太陽。
絶え間ないセミの鳴き声。
遠くの丘にはヒマワリが咲き乱れている。
おだやかな南風は心地いい。
つまり、これまでにないほど夏を全身で感じていた。
丸太小屋を出て、しばらく田舎道を歩いていると水の匂いがした。
道の先には河原が見えた。
きれいな小川が流れていて何人かが釣りをしている。
周りではキャンパーたちがテントを張ったりバーベキューをしたりしていた。
この風景を見ているだけでワクワクしてくる。
映画やアニメで観た『トム・ソーヤーの冒険』の舞台、セント・ピーターズバーグを思わせるこの伊豆の山奥がすっかり気に入ってしまった。
トムやハックがひょっこりと出てきて「一緒に海賊の宝を探しに行こうぜ」なんて誘ってきても不思議じゃない。
ああ、夏休みは川遊びをして野山を駆けめぐりたいなあ。
でも今日か明日には家に帰るようなことをお父さんが言っていた。
もうちょっと泊めてもらえるよう頼んでみようかな。
そんなことを思いながら丸太小屋に足を向けた。
「ただいま」
散歩を終えて丸太小屋の中に入ると笑い声が聞こえてきた。
「さすがスエちゃんね。長年悩まされた四十肩がすぐに治るなんて。セレブや有名人がスエちゃんの治療を受けたがるのも納得だわ」
両肩をぐるんぐるんと回しているお母さんはゴキゲンだった。
「本当にな。腰の痛みがきれいさっぱりなくなったのはスゴい。おかげで帰りの運転もバッチリだ。お前は自慢の弟だよ。これならケンを任せられる。夏休みが終わるまでよろしく頼んだぞ」
お父さんが腰を前後左右に動かしながら言った。
「え、それってどういうこと?」
「おお、お帰り。今日から叔父さんがケン坊を強くすることになったのさ。なぁに、夏休みをフルに使えば見違えるようになれるよ」
「へ?」
スエヒコ叔父さんの言葉に思わず間抜けな声を出してしまった。
「さっきみんなで話し合ったんだ。スエヒコの腕は本物。そして今はケンの調子もいい。この夏休みを利用して体質改善をお願いしたんだ。もう5年生だからお父さんとお母さんと離れても大丈夫だよな」
お父さんが言った。
「宿題や勉強道具は後で送るからしっかり勉強するのよ。それじゃまた迎えに来るから。いい子でね」
お母さんが言った。
「兄貴に姉さん、ケン坊はきっと強くなる。俺がそうする。なあ、明日から頑張ろうな。ワハハハ」
スエヒコ叔父さんは豪快に笑うとぼくの肩を強く叩いた。
ぼくの意思を無視した急展開。
だけど望むところでもある。
いつまでも弱いままではいたくなかったから好都合。
見てろよ、きっと夏休みが終わる頃には……。
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