第一幕 ヤイト拳開眼

夢見る少年

 結局は誘惑に負けて焼き鳥を食べてしまった。

 食欲を刺激する香ばしさには勝てるわけがない。

 だからぼくはこれから語らねばならない。

 ヤイト拳の秘密。師匠のこと。ヒザの怪我の原因。

 さあ、物語を始めよう。



 初めにぼくの健康状態から説明したい。

 幼い時から小児ぜんそくに苦しめられてきた。

 アレルギー反応によって気管支がせまくなり呼吸困難になる病気。

 ”ゼーゼー、ヒューヒュー”という呼吸音はまるで命をけずる音のよう。

 大抵は夜中に発作が起きる。

 苦しみをやわらげる気管支拡張剤はなぜかぼくにはあまり効かない。

 お母さんはぼくの背中をさすってくれたり、水を持ってきてくれたりするが呼吸の苦しみは良くならない。

 明け方になる頃になんとか発作は自然と治まってくる。

 それでも良くならない場合はお父さんが車で病院に連れてってくれる。

 点滴を受けながらようやく病院のベッドで眠りにつく。


 そんなんだから学校は休みがち。

 ぜんそくだけではない。

 慢性の頭痛、腹痛、鼻炎もぼくを苦しめていた。

 登校しても、寝不足でボーッとしている。

 当然、授業にはついていけない。

 体育はほとんど見学。

 休んでいる間にぼくは置いてけぼり。


 運動神経のいいクラスメイトには嫉妬すら感じない。

 同じ教室で学んでいるけど住んでいる世界が違う。

 短距離走、水泳、ドッジボール、サッカー。

 体育で称賛されて輝いている者と邪魔者扱いされる者。

 ぼくは当然後者。

 野球、キックベース、鬼ごっこ。

 体を使った遊びには誘われもしなくなった。


 食欲もなく、給食は残してばかり。

 遠足ではバスの最前列でゲーゲーと吐くのがお約束。

 身長はクラスでも低い方。

 体重は標準以下。

 チビでやせっぽち。

 つまりは勉強も運動もできないダメ人間がぼくだった。


 この身は木や石で出来てはいないし、ぼくは石部金吉いしべきんきちでもない。

 当然、好きな女の子だって……。

 でもモテるのは決まってスポーツ万能か、ケンカが強いちょいワル風か、お笑い芸人並みに面白い男子などなど。

 ぼくは一つも当てはまっていない。

 恋愛する資格がない。

 すなわち生きる意味も……。


 そして今日も願う。

 頭が良くなって先生や親にほめられたい。

 スポーツで活躍して友達から認められたい。

 女の子たちから騒がれてみたい。 

 せめて人並みの体力があれば……。

 いや、人並みなんかじゃダメだ。

 ああ、ぶっちぎりに強くなりたい!

 心から叫んでみてもなにも変わらなかった。


 成長すれば、大きくなればきっと良くなるはず。

 しかしその期待もむなしく、小学5年生になっても相変わらずの病弱っぷり。

 ぼくはどうなってしまうのだろう?

 お父さんもお母さんもぼくの看病で疲れていた。


 7月の下旬。

 一学期の終業式を迎えて。

 クラスの雰囲気はどこか浮ついていた。

 もうすぐ待ちに待った夏休み。

「今年は海で思いっきり遊ぶぜ」

「私は避暑地の別荘でゆっくりと過ごす予定」

「俺はハワイで日焼けでもするか」

 ちらほらと楽しそうな声が聞こえてくるが、ぼくとは関係ない。

 みんなの楽しそうな声を背に、トボトボと教室を出た。


 家に帰るとまっすぐ自分の部屋に向かいPCの電源を入れた。

 夢を見させてくれる魔法の箱がなければぼくは生きていけない。

 

 電子書籍版の格闘マンガを読んで思う。

 ああ、こんなカッコいい必殺技が使えたらなあ!

 だけどそれは夢。

 

 動画配信サービスでプロレスの試合を見て思う。

 ああ、レスラーのような頑丈な体がほしいなあ!

 しかしそれは叶うはずのない願い。

 

 カンフー映画を鑑賞して思う。

 ああ、カンフースターのように大暴れしたい!

 けれどもそれは残酷な現実から目をそらすただの空想。


 今のぼくは地獄のような日々を送っている。

 弱いというのが罪なのだろうか!?

 ああ、強くなりたい!

 それが難しいのは自分でもよくわかっている。

 わかってはいるけど、世の中にはぼくのような虚弱体質から立派な大人になったケースもたくさんある。

 歯を食いしばって、弱い体にムチ打って鍛え直して強くなった人たちの伝記は暗記できるくらいに読んだから知っている。


 だからぼくだって、夢見るくらいはいいじゃないか。

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