第61話「その後の辺境の街」
トンッ、テン、カンッ!
カーン、カーン、カンッ!
戦いの余波の残る辺境の町には、槌の音が鳴り響いていた。
街の入口からはひっきりなしに荷車が出入りし、資材や職人が運ばれていく。
また、出稼ぎの労働者も多数顔を見せており、街の崩壊具合とは別に非常に活気に満ち満ちていた。
それはここ、被害の最も激しかった市街地でも同様だった。
「ぷひ~……ちかれたぁ」
ドサリと粗末な椅子に腰を落とすのは、動きやすい服にねじり鉢巻きをしたメリムだった。
パタパタと、胸元を開いて外気を取り入れる。
「あはッ。お疲れ様ー」
そういってメリムに湯冷ましの水を差し出すの
は、同じく動きやすい服と頭に三角巾を巻いたリズだった。
ほどよく冷えたそれは、メリムの身体に染みわたったようで、グビリグビリと音を立ててのどを潤していく。
「っかー!! うまい! もぅいっぱい!」
オッサンみたいな声を出して全身で喜びを表すメリムに、リズも喜色を浮かべてさらに一杯。
今度は少し塩が入ってるお茶だ。
「はい、どーぞー」
「さんきゅー」
今度は、ちびりちびりと味わうようにして飲むメリムは、同時に首から下げたタオルで顔を大雑把に拭う。
うむ、実にオッサン臭い───。
「さっきからうるせぇぞ! クラウスぅ!!」
「……心を読むなよ」
口に出してたっけ?
「おめぇは顔に出過ぎなんだよ、ったく……」
そういいつつも、いそいそとタオルを腰のベルトに戻すあたり多少は気にしているらしい。
……だが、ねじり鉢巻きの時点であまり意味はないと思うぞ、メリムちゃんや。
「──つーか、休憩長いぞ、メリム。そんなんじゃ、バイト代やんねーぞ」
「あ゛?! んっっだ、てめぇ! このぉ!! 手伝ってやってるだけありがたく思えよ、この野郎! 馬鹿野郎!」
てやんでぇ!
椅子を蹴飛ばすように立ち上がるメリム。
そんだけ元気あるならもっと働けよ……。
「だー! もー! アー言えばこういう奴だな!」
「だから、声に出してねーっつーの!!」
「顔に出てんの!!」
心を読むなよ!! つーか、どんな顔だよ!!
「まぁまぁ、お兄ちゃん。手伝ってくれてるんだし、感謝しなきゃ───バイト代は差っ引くけど」
「そーそー。お前の妹は話が──……って、んなぁぁぁ?! クラウスぅ! お前の妹、手厳しくない?!」
「いや、普通だろ? 休憩時間以外の無駄な時間を、雇い主が時間給から差っ引くのは普通じゃね?」
「──は、はぁぁぁ?! お前んチどんだけブラックなんだよ! あ、もしかして今までの分、差っ引いてたのか?!」
「「うん!」」
いや、ブラックかどうかは知らんが、働かざるもの食うべからずだろ?
「『うん♪』じゃねーよ!! このぉぉお!! うがー! むがー!! し、信じらんねぇぇ! もーいい! ギルドだ! ギルドに訴えてやるッ」
「はっはっは、冗談だよ、冗~談。……お前、金ないもんなー」
「…………え? 冗談じゃないよ? お兄ちゃん??」
「「え??」」「え?」
シレっと、算盤を弾くリズちゃん。
ちゃんとメリムのバイト代を計算してる当り中々にしっかりしてるぅ!
「う、うわわわ! めっちゃ引いてる! 引いてるぅぅ!! ひ、引き過ぎでしょ!」
「おー……さすがリズ。計算しっかりしてるな──。つーか、お前はお前で、
クラウスさん、ちょっとびっくり。
だって、メリムってばどう見てもおバカの子───。
「うっせぇわ、バーカ!! もー、バイトしてやんねーからなー!! 今回の騒動が収まったら、ギルドが報奨くれるって言ってたもんねー」
「……はっはっは。残念だが、被害額を考えると微々たるもんだぞ?」
「げ?! マジぃ?!」
マジもマジ。
……なにせ、辺境の町はゲインのせいでとんでもない被害を被っていたのだ。
不幸中の幸いなのは、ギルドとスカウトたちが早期に動いたおかげで、人的被害は最小限に食い止められたことだろうか。
とはいえ、建物の被害はそうはいかない。
インフラの破壊も顕著で、瓦礫やなんやらで汚染された井戸や川はしばらく使えないそうだ。
そして、薪なんかの燃料不足も深刻だった。
一見してボロボロの廃墟のごとき有様で、その辺には薪に使えそうな建材もあるのだが、それらは元の持ち主ものなわけで──。廃材だからって勝手に燃やすわけにもいかない。
……現状としては、その全てを輸入に頼らなければならない状態だった。
近隣の森から取るにしても薪だけでなく、建材やらなんやからで、ともかくとんでもない人手と資金が必要な状態なんだとか───。
おかげさまで厄災の芽とかいう、巨大アークワイバーンを仕留めた報酬はのびのびになっている。
こんな状態で、報酬く~ださい。な~んてことを言いだすなんて、とてもとても……。
「ふっ」
世の中そんなものよね──。
そう達観して、遠~くを見るクラウス。その先に景色は、まぁ絶景かな絶景かな。
あちこちに開いたブレスの命中痕に、崩れた建物──ひゅ~♪ まるで、ドラゴンが暴れたみたいじゃないかー。あ、
ちょっとばかり、あまりの惨状に現実逃避。家だって、これまた風通しのいいこといいこと。壁一枚を残してほとんど何もない状態だ。
……まぁ、幸いにも、アークワイバーンの素材がそのまま売れるので、ギルドとしては時間をかければ報酬の目途はつくらしい。クラウスたちに払う報酬もそこから出ると聞いている。
世にも珍しいアークワイバーン素材だ、きっと引く手数多だろう。
一応、メリム他、討伐に尽力した冒険者たちにも報酬は支払われるというが、実際に討伐に尽力したのは、ほとんど『
とはいえ、好き勝手にやらかした連中に、その報酬が支払われるか───というと、それはまずないだろう。
つまり、主な報酬はクラウスが受け取り、
貢献分としては、ほとんどメリムが報酬を受け取ることになる。クラウスに支払われる金額だって、実際の手柄にしては微々たるものだろう。
それが世の中のシステムというものだ。あとはまぁ……代わりに名声として感謝状の一つでもくれるらしい。うん、嬉しい嬉しい──。
……もっとも、メリムの場合。
彼女の尽力というには、客観的にはあまりにも微力ではあったが───。
「というわけで、もろもろの事情で報酬は期待するなよ──」
「んなぁぁ?! え、ええー-?! そ、そうなのか? てっきり、大金貨500枚くらい貰えるものと───」
500枚て……。
「……お前は、経済をもうちょっとは勉強しような」
つーか、そんな大金、討伐貢献者全員に支払われるわけねーだろ!!
国が傾くわ!!
「それにな。……俺個人としては、お前にはかなり助けられたと思うけど、ギルドはそうは見てないらしい……そこばかりには俺にもどうにもできん」
スカウトなんかの目もあったりで、今回の討伐はかなり客観的評価が下されているらしい。
もっとも、討伐シーンを目撃したのは戦闘の終盤に差し掛かっていたこともあり、クラウスの活躍がどこまで反映されているかは不明だ。
クラウスとしても、手放しで褒め称えられるのもちょっと違う気がすると思っている。
実際には、メリムの【
そして、
それを全て説明するにはメリムやクラウスの能力をギルドに教えなければならないだろう。
……とはいえ、教えたところでメリムに関しては、大して評価は変わらないと思う。
活躍の部分はもっとも重要な局面を抑えていたとはいえ、先頭に寄与しているかどうかは評価が分かれるのは間違いない。
「つーわけで、だ。しかたなく、こうして
「お、おう! 感謝──って、……単に人手が欲しいだけだろ!!」
あ、バレてる。
「「テヘペロー」」
「この兄妹はぁぁぁああ!」
実際、街ではどこもかしこも人手不足だ。
メリムの言うことは的を得ているが、認めないぞ……。特にリズがな!!
「はいはい。ほらほら、手が止まってるよーメリムさん。───あ、そうだ。お兄ちゃん! あの約束覚えてる?」
──ニコッ!
ぱんぱんと手を叩いてメリムに働けと、無言で建材を押し付けながらリズが
「や、約束?」
唐突に笑いかけられたクラウスは、はたと硬直する。
……に、にこっ。
とりあえず笑ってごまかすが、
「うん、笑っても全然ごまかせてないけどね」
おっふ。
さ、さすがリズさんやでぇ。
「褒めても何も出ないからね♪……つーか、褒めてないよね、お兄ちゃん、それ」
「さ、さーせん」
(……つーか、マジでなんだっけ?)
約束と言われても、何気に色々し過ぎてて覚えてない……。
──約束……約束……。
「え、え~っとぉ……。あーうー」
ダラダラと冷や汗をかきながらしどろもどろになるクラウス。
こういう時のリズは容赦がないのだ。
「ん~?? おにいちゃ~ん……」
途端に
「い、いやいや! 覚えてる! 覚えてるぞぉぉ!!」
え~っと、なんだっけ。
なんだっけ───。
──えー、あー、うー…………。
あ、ほら、あれだ、あれ!!
「そう、あれだよあれ! うんうん」
「だろぉ!! わかってるわかってる!!──……新品の調理道具買う約束だろ!! 任せとけぃッ」
確か、ミスリル製のお高い奴!
うんうん、冗談だったけど、買ってやってもいいだろう。
メリムの話じゃないけど、ギルドからの報酬が入ったら懐は温かくなるしな───。
「ち・が・うー……」じとぉっ
「──ひょん?!」
う……。違った?
刹那、リズさんの冷たい視線に、お兄ちゃんの背筋がすくむよぉぉお────!
「……なに、お兄ちゃん。いま適当なこと言った??」
「ち、違う違う! なんていうか──」
うー、うー……あー……。
「クラウスー。素直に忘れたって言えよー」
うるせぇ!
リズの機嫌悪くなるだろ!!
「もう悪いけどねー」
「さ、さ、さ、さーせん!!」
シュパァ! と高速で土下座するクラウス。
「はぇーな、土下座ぁ……!!」
軽く引いたメリムが「なっさけねぇーな」と、呆れ顔を浮かべるも、サラッと無視して、平謝り。
……プライドぉぉお? んなもん、犬にでも食わせとけぇい!!
「ふ~ん。いいけどねー。いいんだけどねー。私との約束なんてそんなもんだろうしね~」
さーせん、さーせん、さーせん!!
「ご、ごめんよマイスシスタぁぁあー! なんでも、なんでもゆーこと聞くからぁぁあ!」
……だって、色々あったじゃーん!!
「ふーーーん、なんでも?」
「な、なんでもぉぉお!!」
ジト目のリズに腰にしがみ付き、オロロ~ンと泣き真似をするクラウス。
すりすり。
「じゃー……まずは、約束の──って、きゃー! ど、どこ触ってんのよ!」
顔を真っ赤にしたリズにぶっ飛ばされるクラウス。
「おっふ……。リズ、いいパンチだぜぇ」
うん……いつもの平和な日常だった。
「まったくもー油断も隙も無い」
「……いやいや、油断してたら、君ら兄妹はそういうことしちゃうのかよ??」
しねぇよ、バーカ!!
呆れ顔のメリムを尻目に、ニコニコ顔のリズ。
「ふっふ~ん! じゃあ、約束は約束だからね、兄さん!…………あ、でも、それとは別に新しい調理道具も買ってね♪」
───あ、はい。
リズさん、相変わらずしっかりしてます。
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