第53話「危機来襲」
「────クラウスッッ!! 上だぁぁぁあああああ!!」
※ クラウス家にて、
メリムの絶叫が響く
同日、半日前の払暁時にて────。
僻地の町郊外、『空を覆う影の谷』の『
『──ギェェェェエエエエエエエン!!』
ビリビリビリと、空気を震わせるほどの大声量。
上級ダンジョン『空を覆う影の谷』に、ワイバーンの叫びが響き渡った。
「お? なんか、反応が今までと違うな?……おい、ゲイン!」
「んんー?」
上級ダンジョンのボス──ワイバーンの巣を監視していたグレンが、仮眠を取っていたゲインをゆり起こす。
「起きろって────ほら、聞けよ」
──ギェェェェエエエエエエエンンンン!!
──ギェェェェエエエエエエエンンンン!!
断続的に響くワイバーンの鳴き声。
そして、時折混ざる破砕音。
しかしそれは、今までのような
「確かに違うな……」
「だろ?」
「他に変化は?」
「ん~……見たところ、巣が変形しているな」
カッシュ財団所有の高級単眼鏡で巣を眺めているグレン。
彼が言うには、ワイバーンの巣がある絶壁に亀裂が入っているそうだ。
そして、今にも崩壊しそうだと……。
「……貸せッ」
ゲインは仮設テントから這い出すと、グレンから単眼鏡を受け取り、覗きこむ。
ピントを調整し、じっくりと夜明け前の薄い明かりを拾うようにして──。
「………………くくく」
突如、ニヤリと含み笑いをするゲイン。
彼の目には単眼鏡を通して、脱皮を始めたワイバーンの姿が映っていた。
その体躯がみるみるうちに巨大化し、巣を圧迫しているのだ。
もはや、もとのワイバーンのそれではない──。
「…………ふふ。どうやらうまくいったようだな」
「お? やっぱりあたりか?」
「あぁ、間違いない、ようやく進化したようだ────体積が増えているぞ。……ついでに首もな」
く、首?!
何を言っているんだとばかりに、グレンが眉をひそめたその時。
『ギェェェェエエエエエエン!!』
ゴパァッァァァァァアン!
ついに巣が崩壊し、バラバラと断崖を岩石が落下していく。
いくつかの巨大な塊が真下の冒険者のキャンプをつぶしてしまう。
だが、そんなことなど
キュバァッァァァァァアアアア!!
キュバァッァアアアアアアアア!!
いや……。あれは炎なんて生易しいものじゃない。
上空の雲を焼き焦がす、恐ろしい熱量。
あれは焔……。
そして地獄の熱線だ──……!!
「お、おいおい、なんてブレスだよ! しかも、首が二本に増えてるじゃねーか……。わ、ワイバーンなのか、あれは?!」
グレンの呟きを聞いたゲインな「くくく」と小さく笑う。
……ワンバーンだと?
あれが、ワイバーンだぁぁ?
「はっはっは……! まさかまさか、あんなものがワイバーンなものかよ」
……ワイバーンであってたまるか!
──ニヤリと笑うゲイン。
思惑どおりにコトが進んでいるのだ、可笑しくて仕方がない。
あとは、あれを狩るだけだ。
その頃には騒音に気付いた他のクランメンバーも目が覚め、仮設テントから這い出してきた。
「なによぉ、うるさいわねー。……まだ夜明け前じゃない────……って、」
「んー? まだ、寝てていい?────……うわぁ、」
チェイル、シャーロットも起きだすと、あくび交じりに赤く染まる空を見る。
そこには熱線によってあぶられた雲を照明として、黒い竜の姿が映し出されていた。
「な、なにあれ──!」
「お、ッきぃぃ……!」
チェイルは驚愕し、
シャーロットは巨大なシルエットに目を輝かせる。
さらには異常事態に気付いたカッシュ財団の私兵部隊と、
ゲイン直属の高Lv冒険者──『赤い腕』のレインも緊張した面持ちで空を眺めていた。
彼女にしては珍しくジットリと汗をかいている。
「なん、っだ……アレは?!」
「お、おい。ゲイン。……ワイバーンじゃなかったらなんだってんだよ? た、ただの上級の魔物だろ?」
「はッ!! 笑わせるな、グレン!! あれが上級の魔物だと?!」
くくくくくく…………。
「見てわからないのか?」
「え、えーと……」
「そ、双頭竜?」
「ドラゴンだー」
グレン、チェイル、シャーロットがそれぞれに口を開くが、ゲインは笑い続けている。
「はっはっは! 上級の魔物、双頭竜──ドラゴン…………んんんんん???」
──チッチッチッ!
(……これだから、平民どもは学がなくてイヤだね──)
キザったらしく指を振ると言った。
「はははははは! あれだよッ! あれこそが、かつて厄災と呼ばれ、王都を焼き尽くした伝説の魔物と、同じ竜種────」
そう…………。
かの有名な、勇者伝説のドラゴン退治に登場する────。
「アークワイバーンだ!!」
『ギェェェエエエエエエエエエエエエエエン!!』
まるで、ゲインの名付けに感謝するようにひときわ高く鳴き声を上げたアークワイバーン。
奴は、ジロリとゲインがいる方を睥睨すると、
フワリと、巨体を感じさせない動きで舞い上がった。
「おっと……。まさか見えているわけではないよな?」
「さ、さすがに遠すぎるだろうしな────それより、どうするんだ?」
アークワイバーンと目が合った気がしてグレンは冷や汗をかく。
他のメンバーも同様だ。
「どうする?…………はは! グレン? 君は健忘症にでもなったのかい?」
「は?」
ゲインの挑発的な物言いにポカンと口を開ける。
──おいおい……。
「忘れたのか? 俺たちの目的を……」
……そう。
「忘れたのか? 俺たちの使命を……」
……そう。
「忘れたのか? 俺たちの強さを……」
……そう。
……そうだとも!!
「グレン──それにみんな! 君たちにはあれは何に見える?」
「え? いや……ワイバーンの化け物だろ?」
「ここのボスモンスター?」
てんで好き勝手に答える仲間たちにわざとらしくため息をつくゲインは、
「違う、違う、違う」
違うよ、違うよ、違うよ────。
モンスター?
化け物?
ボス?
ははは────……!!
「違う────……あれは、」
そう。
あれは──────。
「──あれは、経験値だッッ!!」
……莫大で、
……膨大で、
途方もない経験値の塊だ!!
「そうとも。あれこそが、俺たちの輝かしい栄光への架け橋────! 俺たちの経験値であり、ただの肥やし!!」
伝説のドラゴン?
王都を焼いた厄災??
くくくくくくくく…………!!
あーーーーーっはっはっはっはっはっは!
そんなものは、
「──俺たち、ユニークスキル所持者『
総員、抜刀ッ!!
「さぁ、行こうッ!! 俺たちの経験値を食らいにッッ!」
行こう! 高みに────。
行こう!! 最強の道を────。
行こう!!! 栄光を──………………。
『ギェェッェエェエエエエエエエエエエエエエン!!』
ボォォォオオオンン!!!
ゲインの宣言をあざ笑うかのように、アークワイバーンは巣の壁を蹴り、空に舞い上がった。
そして、自分のいた古い巣をその炎で焼き払う。
その中に小さな人影のようなものが見える。
おそらく、ゲイン子飼いの冒険者なのだろうが……。
「……げ、ゲイン!! たった今、巣を監視していた連絡員から、至急伝が来た!──……か、監視と拘束のために控えていた上級の冒険者が全滅!! 護衛についていた傭兵部隊も壊滅したっていってるぞ!!」
「な?!」
ゲインが驚く。
ほんの少し驚く。
そう……ほんの少しだけ。
だから驚愕に開けた口を徐々に笑みの形に変えていき──。
「──くくくくく……」
(……面白い。面白いじゃないか!)
このダンジョンで何年も働く専属の冒険者が一蹴。
そして、傭兵も含めて壊滅……。
「くくくくくく──!!」
いいね。
(規格外の魔物──実に良いではないか!!)
奴を倒せばいったいどれほどの経験値が手に入る?!
「いくぞ! 即刻、あのアークワイバーンを狩る────」
一瞬、シンと静まり返るクランの野営地。
しかし、
ゲインの言葉がクラン全体にしみ込んでいったとき。
まずはグレンが声を上げた。
「お、おう!!」
そして、
「「「おぉぉおおおう!!」」」
全員が鬨の声を上げる!
ゲインを盲信し──信頼しきっている彼らは疑問にすら思わない。
ゲインが経験値といえば──ドラゴンですら経験値だ。
ゲインが狩れると言えば──それは必ず狩れるのだ。
彼らはゲインの築き上げたクラン!
最強のパーティ『
ゲインを疑うなどありえない!
「……行くぞッッッ!! 総員抜刀────ユニークスキルのコンボで一気に仕留める!!」
シャキンシャキンシャキン!!
「おう!」
「「おう!!」」
「「「おうッッ!!」」」
『特別な絆』のメンバーがそれぞれの得物を引き抜き構えると────。
すぅぅぅ……。
「総員突撃ぃぃいいい!!」
うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!
数十名からなるレアスキル、ユニークスキル、高Lv冒険者とベテランの傭兵が一斉にダンジョン『空を覆う影の谷』に突入し、アークワイバーンを討たんとする。
だが、
「ま、待って……!」
彼らを止めるものがただ一人。
突撃を開始したゲイン達の前に立ちはだかり、体を呈して制止しようとする。
「……だ、ダメ!! その子は────」
白いゴスロリ衣装を汚れで灰色に染め、顔もゲッソリと痩せこけた少女。
『
そのミカが、ヨロヨロと歩きゲインと止めようとする。
「……何の真似だ、ミカ! そこを退けッ」
「ダメ! 早すぎる────……あの子はまだ!!」
まだ────……!!!
だが、時遅し────……。
ミカの言わんとすることが言い終わる前に、変化は訪れた。
『ギィィィィェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエン!!』
大きく一鳴きすると、アークワイバーンは巨大な羽音を立てて住処であったダンジョンの上空を旋回した。
それは、上級ダンジョン『空を覆う影の谷』の境界をはるかに超える高空だった。
「な! だ、ダンジョンから出る、だと──……?!」
それはあり得ない光景。
本来、ダンジョンやフィールドで生まれた魔物は、
ゆえに、アークワイバーンも、ダンジョン『空を覆う影の谷』の境界に縛られていると思っていた。
だが、
「く!! だ、ダンジョン外を飛べるのか……あの巨体で!!」
実際には、悠々と断崖を超えて空を遊弋し、自由を謳歌している。
「げ、ゲイン、どーすんだよ! 奴は、ダンジョンを出る気だぞ?! お、俺たちに空中戦装備なんて──」
「あ、そうだ! 天候操作で落としましょうか?」
グレンとチェイルの言葉に、
「わー! 飛んだ飛んだぁ!」
シャーロットの陽気な声が混ざる。
だが、当のゲインと言えば、呆気に取られて上空を見上げるしかなかった。
しかし、すぐに我に返ると、
「に、逃がすわけにはいかない!! 空でケリをつけるぞ!!」
「だから待って! やめて!! あの子を刺激しないで────!」
大声を上げて走り出すゲインに縋りつくミカ。
その間にも、アークワイバーンは名残惜しそうにダンジョンの上空を舞うと、
フィっと突然興味を失ったかのように、二つの首を西の空に向けた。
「く!……まずい──ダンジョンから出やがった! ここから、逃げるつもりだッ?!」
まとわりつくミカを鬱陶しそうに振り払うと、
「どけ!! あれは俺たちの経験値だ──逃がすわけにはいかん!」
「ち、違うの! あの子は起きたばかりでお腹がすいているの! だから、今は刺激しないで!! ご、ご飯を上げれば、きっと────」
数日間にわたって餌を与え続けたミカにだけ分かる、ほんの僅かな感情の機微……。
いま、……アークワイバーンは腹を空かせているのだ、と。
魔物を喰らい、
魔物を主食にしたアークワイバーン。
魔物が、
魔素が、
経験者が食いたいッッ!!
『ギィィィィェェェェェェエエエエエエエエエン!!』
「ハッ!! 笑わせるな!! 餌をくれてやっただけで、母親気取りか!! バカな奴め!!」
──退けッ!!
ミカを押しのけると、ゲインは鋭く鳴り響く笛を鳴らした。
ピィィイイ!!
「来い! 宅急便ども────行くぞ!! 総員搭乗ッ」
バサ、バサァ!!
バサ、バササッ!
ゲインの笛に呼び集められたのは、飼いならされた
背には鞍がつき、腹には派手な布で作られたゴンドラ付き。
そして、腹のゴンドラにはカッシュ財団の徽章も華々しく描かれている──……これぞ、空の騎兵ッ!
これこそ、
ゲインの切り札であり、いざという時の緊急連絡と移動用にカッシュ財団が準備した空輸便──通称:
「まずは奴を追う。全員、行くぞぉぉぉおおお!!」
「「「「「「おおおおおお!」」」」」」」
怪鳥への騎乗経験のあるものは鞍にまたがり、
初めて乗るものは、腹のゴンドラに乗り込んだ。
一機あたりで5~6名乗れる
「くくくく! いいじゃないかッ!」
先頭の大型怪鳥の鞍に跨ったゲインが哄笑する。
こんな風に、
空を駆けてドラゴンを追うのもいいじゃないか────と!
そうとも。
白み始めた夜明けの空に浮かぶ黒い影を追って、
『特別な絆』は開け始める太陽の明かりを受けて、暁の出撃を開始する────。
「俺たち、『特別な絆』に栄光あれッッッッッ!」
あーーーーはっはっはっはっはっはっはっはっは!
夜明けに響くユニークスキル達の
それは、あたかも彼らの前途を祝福する勝利の凱歌のようにも見え、聞こえた…………。
だが、彼らには目もくれず────。
……厄災と言われた『アークドラゴン』は西を目指す。
※ そして、同日午後──── ※
クラウス、上だぁっぁああああ!!
………………ッ!!
メリムの直感か?!
「──……ま、マジかよッ!」
ま、まさか、家で?!
一瞬だけ動揺したものの、
その声を聞いた瞬間、クラウスは弾かれたように飛び出す。
……メリムのあれは──────従うべき言葉だッ!!
「──リズ! 今、行くッ!!」
シュランッ!!
全く迷いを見せずに、一挙動で短剣を引き抜くと、リズとメリムのもとに駆け出したクラウス。
何が来ても対処できるように短剣を逆手に構えて盾としながら、一足飛びで二人に駆け寄ると、
「リズ! メリム!! 伏せろッッ!!」
「おにい──」「クラ──」
──いいから、伏せろぉぉおおおお!!
ガバッ!!
二人を体で覆うように庇ったその直後────……。
ドガァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!
「ぐぁ……!!」
大音響と振動が家を襲う!
と、同時に屋根が崩れ落ち、壁が半壊していくる!
ガラガラガラッッ!
ガシャン! パリン! ガシャーーーン!!
「ふ、伏せろ。伏せろぉぉぉぉおお!!」
バラバラと降り注ぐ壊れた家の破片。
倒れる家具。
そして、猛烈に吹き寄せる熱風!!
「あつ! あっつ!!」
なによりも、爆風のごとき──猛烈な風圧が3人を襲う!!
それを一人で庇いきるクラウス。
「きゃああああああああああああああああ!!」
「うわぁぁあああああああああああああああ!」
「さ、叫ぶな!! 舌を噛むぞッッ!」
クラウスの身体の下で二人が叫んでいる。
それを、悲鳴ごと抑え込むようにしてクラウスが体全体で守る。
「く、クソ!? 一体なんだ?!」
「わ、分かんないけど──【
あぁ、そうだろうさ!!
わかってるよ!!
メリムはクソガキだが、そのスキルだけは滅茶苦茶信用できる!!
二度も命を救われ────今まさに三度目と、……
「……あぁ! あぁ!! ああぁッ!! ソイっツは、本ッ当にいいスキルだなッ!!」
「あ、ありがと……! だけど、一体何なんだ?!」
──俺が知るかッ!
「くそ! 誰かが街中で魔法でもぶっ放したのか?」
そいつの顔面にパンチをくれてやらないと──。
「そ、それにしたって────……こんな、」
顔を埃まみれにしたメリムが言葉を切ると、また目を見開くッ!
「ッ! まただ、クラウス!!……まだ、来るッッッ!」
「なッッ?!」
メリムの注意にクラウスが、慌てて短剣を構える。
すると、何かが爆炎のベールを切り裂いて薙ぎ払われた!
『──ギィィィッェェエエエエエエエエン!!』
(──なんだ? モンスターの……声??)
咆哮が鳴り響いたかと思うと、その刹那──爆炎の向こうを割るようして何か来る!
「ま、マジかよ!?」
──バァァァアアアアアアン!!!
「ぐぁぁあ!」
……それは圧倒的な暴力だった。
真っ黒な────なにか、分厚く固く、ただ巨大な質量がクラウス目掛けて薙ぎ払われたのだ。
「いててて……な、なんだ?! くそ!!」
クラウスはかろうじて生きていたが、目の前の光景は一変していた。
つい先ほどまで住宅街であったそこは、きれいさっぱり更地になっており、先ほどの一撃が半円状に家屋を薙ぎ払った結果だとだけ理解できた。
「な、なんなんだよ……一体?!」
そいつは────強力な一撃でクラウスを家ごと薙ぎ払った直後に姿をあらわした。
濛々と立ち込める爆炎のベールを、巨大な尾で自ら薙ぎ払うと、
『ギェェッェエエエエエエエエエエエエエエエエエエン!!』
「う、うわッ!!」
ビリビリビリビリビリビリ…………!
「ひ、ひぃ!?」「きゃあ!」「な…………」
な、
な、ななな、なんじゃ、あれ────……。
『ギィェエェェエエエエエエエン!! ギィエエエエエエン!!』
「「「なんじゃありゃーーーーーーーーーー!!」」」
三人の悲鳴が木霊した時、
そいつは黒い体表と、黒い翼をもった巨大な質量として現れた。
そう。あれを、────……一言でいうなら、
「ど、ドラ──ゴン?」
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