第48話「なんか見たことある奴が……」

 背嚢の中のドロップアイテムを確認するクラウス。

 そして、誰もいないのをいいことに盛大に独り言を話していた。


「あっれぇ? なんでぇ? け、結構回ったのになー」


 クラウスは乗合馬車を待つことなく、状況の整理もかねて、帰り道によれる『赤く錆びた街道』に向かっていた。


 『赤く錆びた街道』


 ここは、中級ダンジョンと上級ダンジョンの複合ダンジョンだ。


 このダンジョンは、「辺境の町」にある下級ダンジョンの『東雲の深山』によく似ている。


 あそこも、奥地に『東雲の霊山』(中級)、

 さらに奥地に『東雲の霊峰』(上級)と、奥へ奥へ向かうにつれて難易度が上がっていく。


 『赤く錆びた街道』──ここもそれと同じ構造らしい。


 そして、そこをもって本日最後の狩りとなるのだが……。

 


「う~ん……。イマイチだなー」



 最後の狩場に向かう前に頭を悩ませるクラウス。

 それというのも、背嚢に入るほどの収集品しかゲットできていない。

 当然、魔物のそんなに狩れていない。


 ……地元の狩場なら、自動戦闘と自動資源採取で山ほどドロップ品とアイテムを入手できたのだが、ここにきて効率悪化。


 まぁ、理由は何度も言うように知識のなさと、ソロであること────。

 なにより、浅層しか潜れないという実力不足・・・・だろう。


「…………しばらくは、鍛えるしかない──か」


 まだまだ焦る必要はない。中級冒険者としては新人なのだ。

 以前とは違い、クラウスには成長の余地が十分にある。


 ならば、現状を甘んじて受け入れるしかない。

 中級推奨の狩場の浅層しか廻れないのは、仕方ないと判断するべきだろう。


 そう、焦ってもしょうがない。


 それでも、まともに狩りをするよりも【自動機能オートモード】のおかげで、通常の何倍もの速度で狩りをできているのだ。

 並の冒険者なら羨む環境。

 贅沢を言っても始まらないだろう。


 実際に、凡百の冒険者なら、この中級止まりで一生を終えることも珍しくはない。

 その点、着実に成長できているクラウスは恵まれている方だ。



 やはり【自動機能オートモード】に大感謝────。



「よっし! ウジウジしててもしょうがない。これも経験だー!」


 ひとり天に向かって拳を伸ばすクラウス。


「そういうことなら、サクっと本日最後の狩場を回るぞ!」

 クラウスは前方に目的地である狩場を確認すると、装備を確かめながら入り口へと向かった。



 しかし、



「悪いけどよー。今日はこの狩場を閉鎖中なんだ」

「えッ?!」


 中級の狩場『赤く錆びた街道』について早々出鼻をくじかれたクラウス。


 『赤く錆びた街道』の入り口部分には、ちょっとした関所のようなものがあるのだ。

 その関所には武装した傭兵が周囲を睥睨しており、不審者の通行を見張っている。


 だが、普段ならば冒険者はほとんど顔パスか、冒険者認識票を見せることで通過できるはずなのだ。


 というか……以前、狩場の下見をしたときにもそれでは入れた。


「なんで? 前は入れたけど……?」

「さぁな。俺たちもよく知らん──上からのお達しで、奥の上級ダンジョンまでの道をすべて封鎖せよ、とのことだ」


 『赤く錆びた街道』は、ギルドが管理している狩場ではなく、王都に本店を構える巨大財閥が所有している狩場だ。

 普段は魔物を傭兵達が狩り、魔石を採取することを目的とした「生きた魔石鉱山」として使われている。


 また、この街道の奥にも『空を覆う影の谷』という上級ダンジョンがあり、上質の魔石を算出する鉱山として管理されていた。


 そのうえで、一部のフィールドを財閥が解放し、冒険者の利用を許可していた。

 もっとも、ちゃんと使用料はギルドからとっているらしいが……。


「俺、一応冒険者なんだけど──」

「それは見ればわかる。だが、俺たちにはどうにもできん。封鎖せよと言われればそれに従うまでだ」


 財閥に雇われた傭兵は忠実に任務を果たしているらしい。

 ギルドとの取り決めで、本来なら勝手に閉鎖などできないはずだが、もしかするとクラウスが見落としていただけで「僻地の町」のギルドのお知らせ掲示板には、「使用禁止」などと記載されていたのかもしれない。


「わかったよ。しゃーないよなー」

「すまんな。変わりと言っては何だが、我々が使っている宿舎を開放している。トイレとお茶──あと、昼飯くらいなら提供するぞ?」


「ん? いや……いいよ。ありがとう」


 割と気さくな傭兵がすまなさそうに頭を下げている。

 財閥直属の傭兵なだけあってお行儀はだいぶ良いらしい。


 そして、言われた宿舎を見れば──なるほど、数組の冒険者が食事をとっている。

 財閥としても、閉鎖して冒険者に悪感情を抱かれたくないのかもしれない。


 魔石を採掘するためにフィールドを所有しているが、魔物は際限なく湧き続ける。


 それを延々と狩り続けるのは傭兵と雇いの冒険者だけでは厳しいのだろう。

 その取りこぼし・・・・・をフリーの冒険者に倒させることで狩場の崩壊──通称のフィールドオーバーフロー、を防いでいる。


 だから、ああして冒険者にはなにくれとなく便宜を図っているようだ。


(そういえば、ここの財閥も確か冒険者のクランを経営していたな────……どこだっけ?)


 うーん、と頭を捻りながらも、記憶を探る。

「…………(ま、いっか)じゃ、もう行くよ──。乗合馬車の停留所はこの先だったよね?」


「停留所はここから南に歩いて5分ほどだ。……じゃあ、気を付けてな。──ああ、そうだここの再開はいつになるかわからんから、そのつもりでいてくれ」


「あいよー」


 まぁ、帰りがけに寄っただけの狩場だ。

 どうしても行きたかったわけでもない。


「さて、帰るか──」


 ガチャ。


「ぷひー…………出たでた」

「おっと」


 クラウスは記憶を探っていると、外に設置された箱型の野外トイレから少女が一人。ぶつかりそうになるのを危うく躱すと──。


「ん?」

「あ……」


 眠そうな目。

 線の細い子──……猫みたいな子。


 あー……。

「シャーロット?」

「うん、シャーロットだよ」


 ギュっ。


 なぜか唐突にシャーロットと再会。

 そして、出合頭に腰に抱き着かれた。スリスリ──。


「ひ、久しぶり──ってほどでもないか? どうしたんだ、こんな所で?」

 確か、『特別な絆スペシャルフォース』とともに昇級試験で中級に合格していたはず。もちろん合格しているのだが。


「んー?」


 こんなところ・・・・・・で反応したシャーロットは、

 便所を振り返り・・・・・・…………、


「ウン──」

「みなまで言わんでいいッ」


 ガシリ! と顔面を掴んで口を塞ぐ。


 ……この子、今絶対「ウン〇」って言おうとしたよね?


「クラウス、痛い」

「あ、ごめ──」


 思わず顔面を鷲掴みにしちゃったけど、女の子に失礼過ぎた……メンゴメンゴ。


「いいよー。クラウスはどーしたの? あ、ウン──」

「だ・か・ら・ッ!」


 わざわざ「ウン〇」しに、こんなとこまで来るかッつの!!


 ……なんなのこの子?

 なんで『うんうん』にそんなに並々ならぬ情熱を注いでいるの?!


「クラウス、痛い」

「ごめ────って、ああもう!」


 思わず、口をふさいでしまったが……。シャーロットはあまり嫌な顔をしていない。


 そういえば、クラウスも『特別な絆スペシャルフォース』所属のシャーロットに対しては、さほど嫌悪感がない。


 他の連中は大嫌いだというのに……。


 その点ではお互い不思議な関係だった。


「直前の行動を聞いてるんじゃなくて……まぁいいや。……もしかして、ゲイン達も?」

「うん。なんか、レベリング強化期間とかいってた」


 はーん……。レベリング強化ねー。


「そうか。奴とは顔を合わせたくないんでな────悪いけど、そろそろ行くな」

「うん。またね!」


 ニコッ! と笑うシャーロットは相当に可愛い。

 思わずドキリとしたクラウスは、「あー、うん」と、誤魔化すように彼女の頭を撫ぜる。


 ほぼ初対面に近い女の子にこれはどうかと思うが、なぜかシャーロットはゴロゴロと喉を鳴らさんばかりにすり寄ってくる。



 くんくん……。



「クラウス、また強くなった?」

「ん? いや、最近は伸び悩んでる」


 中級の狩場を回る様になってかあ、レベルの上昇が鈍化しているのは事実だ。


「ふーん? じゃー。これあげる」

「は? え? お、おいおい……」


 何気ない仕草で道具入れから大粒の魔石を差し出したシャーロット。

 魔石(大)がゴロゴロだ……。


「ど、どうしたんだよ、それ」


 思わずゴクリと喉がなる。


「んー。なんか、使えって、週一くらいで貰える」

 すごく興味なさそうなシャーロット。

「週一って……」


 あー。『特別な絆スペシャルフォース』の経験値の配給か。

 特に目を駆けている冒険者に支給される魔石の特別手当。


 どうやら、シャーロットはかなり目を掛けられているようだ。


「貰えないよ。……バレたら何言われるかわかったもんじゃないしな」

「そう? わかったー」


 あっさり魔石を引っ込めるとシャーロット。

 それを見届けると、クラウスはシャーロットに手を振って別れる。

 そろそろ行かないと連中と鉢合わせしそうだ。


 そそくさとその場を離れたクラウスの耳に、




「シャーロット殿?! シャーロット殿ぉ!!」




 あ、やべ。


「シャーロット。じゃあな。またどっかで」

「うんー! またねー」


 ブンブン! と無邪気に手を振るシャーロットと別れて道に戻ったクラウス。

 その背後で、シャーロットと、もう一人が合流しているのが見えた。



「シャーロット殿! いつもいつも、急にいなくならないでください!」

「ウ〇コだよ?」


「シャーロット殿ッ?! 女子がそのようなことを──」



 ……あれは────レインさん?



 シャーロットの手を引いているのは、燃えるような赤い髪を下隻腕の女戦士レインであった。

 クラウスが『特別な絆』に所属していたころは、そこそこ・・・・お世話になった人だ。


 ゲインに忠誠を誓っているらしいが、だからと言って他のメンバーに対して冷たいというわけでもなく、キチンと対応してくれる律義な人だったと記憶している。


「あの人がシャーロットの世話役か……。苦労してるだろうな」


 ふふっ。と、マイペースなシャーロットと、堅物っぽいレインのコンビを想像して小さく笑うクラウス。

 それにしても──────……なんだって急に閉鎖を?


「奥の『上級ダンジョン』で何かやってるのかな?」


 シャーロットは『特別な絆』がレベリング強化期間だと言っていた。

 「まさか──」そうして再び振り返ったクラウスは、関所の上にはためく旗を見て気付く。





「あ────どーりで。…………ここらはカッシュ家の所有する狩場か」





 『特別な絆スペシャルフォース』のリーダー。ゲイン・カッシュ。

 金で爵位を買った成金貴族で、大財閥のカッシュ家の御曹司。


 ……そうか。


 アイツの家が経営している狩場の一つだったのか……。

 たしか、大財閥の一部門が運営しているのが、この『生きた魔石鉱山』だったはず。


 意匠は異なれど、似たデザインの旗を見て、クラウスの中に『特別な絆』との因縁が蘇ってきた。



「うーわ……。アイツんとことあんまし関わりたくないからな、今度からはちゃんと調べて、カッシュ家所有の狩場は避けよう」



 ……君主危うきに近寄らず。

 貴族や金持ちと喧嘩してもいいことはないからな。


 もう、ゲインとか手遅れな気もするけど──。





 くわばらくわばら





 クラウスは『特別な絆』と遭遇しない様に、さっさと退散するのだった。


 しかし、後にクラウスはこの場で彼らスペシャルフォースの動きに注意を払わなかったことを酷く後悔することになる。


 ゲイン達が、この奥地で何をしているのか…………。

 それが世間を揺るがす大事件になるとは、まだ誰も知らない────。

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