第49話「パイセン」

 ガラガラガラガラガラガガー…………。



「よー。ついたぜ?」


 例のギルド職員が馬車の背後に声をかけると、乗合馬車に乗っていた冒険者たちがゾロゾロ通りて、一斉にギルドの中に吸い込まれていく。


「お! 兄ちゃんも無事で何より──」

「さっきも同じこと聞いたぜ?」


 狩場からギルドに帰る馬車でも、こんな調子。

 そして、誰にでも御者の男は気さくに話しかける。


「そうか? まぁ、この辺の冒険者は入れ替わりが激しくてよ」


 そういって、バンバン! と気安くクラウスの背中を叩く。

 悪気はないのか、言いたいだけ言うとさっさと馬車で行ってしまった。


「入れ替わりか──……」


 それってつまりは……。まぁそういうことだろう。

 「辺境の町」の下級の狩場と違って、クラウスが今いるのは、「僻地の町」。

 そして、ここが中級の狩場が多い場所なのだと否が応でも認識せざるを得ない。


「……顔も名前も覚えられないうちに死ぬのはごめんだぜ」


 素材の入った袋を担ぐと、先に降りた冒険者に遅れること数分で、クラウスもギルドに入る。

 ここは、僻地の町のギルドで、いつも利用していた辺境の町とは異なる建物だ。


 とはいえ、ギルドはある程度同じようなつくりをしているから戸惑うこともない。


 カウンターと素材換金所と、

 あとは酒場と転移ゲート。


 それ以外は、資料室やらレンタルコーナーとどこもかしこもこの辺り共通だった。


「あら~? え~っと、クラウスさんでしたっけ? おかえりなさ~い」


 先日のメガネの受付嬢がニコリとほほ笑んでクラウスの対応をする。

 なんとか、名前は覚えてもらえたらしい。事務的とはいえ、彼女らも人間。ちゃんと血の通っている証拠だ。

「今日はどのような御用ですかぁ?」

 いつものように少し鼻にかかったような声。

 そして、可愛い……。


 いつのまにか並んでいたギルドのカウンターの列が進んでいたらしい。


「あ、どうも────これクエスト達成の分です」


 そういって依頼書の控えと討伐証明を差し出す。


「……は~い。確かに──他の素材はどうなさいますかぁ?」

「あ、換金で」


 いつも通りのいつものやりとり。

 少しここの雰囲気にも慣れてきた。


「少々お待ちくださーい」


 さすが、中級冒険者が多く活動している冒険者ギルドなだけあって仕事が早い早い。

 どっかの某テリーヌと違って、文句と嫌味の一つもなく、サクサクと仕事が進んでいく。


「はい、確認が終わりましたー。では、まずは依頼達成おめでとうございますぅ。こちらが報酬となりますね~。また、素材はこちらで換金所に手配しておきますので、しばらくお待ちください──」


 おーおー流れるような対応の速さ。

 ホーント、どっかの某テリーヌとは大違いだ。


※ 辺境の町受付 ※


「ぶわっくしょ~~~~~ん!!」

「うわっ! お、おねーさまぁ!」


 某テリーヌの盛大なくしゃみ。


「あ、ゴメン。ティエラ」

「え? いえいえ、ご褒美みたいなもんです……。このくしゃみで飛んだ鼻水と涎、保管しといていいですか?」

「きもいからやめて」

 ちびっ子ダークエルフのドン引く言葉にテリーヌが顔を引きつらせる。


「それにしてもどうしたんです? かぜですかテリーヌ?」

 サラザールもギルドマスターの部屋から顔を。


「さ、さぁ?……ただ、なんとなくクラウスさんの顔面にパンチをぶち込みたくなりました。なんででしょう?」


「「さ、さぁ?」」


 ティエラとサラザール女史は顔を見合わせるのみ。


 まさか、僻地の町で噂をされているなど露とも思わず────。


「とりあえず帰ってきたらぶん殴っていいですかね?」


「「そこは自己責任でお願いします」」


 ※ ※


「ん?」

 なんか寒気が────……。

 クラウスは失礼なことを考えて寒気を感じている間にも、受付嬢はテキパキと事務をこなしていた。


「計算終わりましたー」


 おーはやいはやい。


 慣れた手つきで金貨を積み上げると、受付嬢は──そっと、お盆に乗った金貨と銀貨を差し出してきた。

 これがクエスト報酬分らしい。


「お確かめください」

「あ、はい」

 

 討伐報酬が、


 『魔物の討伐』で金貨5枚+追加報酬の金貨2枚と銀貨24枚

 『素材の採取』で金貨3枚+追加報酬の金貨1枚と銀貨40枚



 …………以上なり!!


 う~ん……。金貨11枚と銀貨64枚か────悪くはないんだけどね。


「──では、次の方~」


 もう取引は終わりだと言わんばかりの受付嬢。それだけ言うとすぐに視線を逸らしてしまった。

 たぶん、次の人に譲れと言う無言の圧迫だろう。


「あ、ありがとうございます!」

「は~い。お気をつけてー」


 窓口で受け付けを終えたクラウスは素材換金所の換金待ちのため、手持無沙汰でベンチでボーっとする。


「あれだけ狩場を回ったのに、これだけかー」


 贅沢な愚痴をこぼしつつ、なんとはなしにギルドを流し見ると、クラウスよりも年季の入っていそうな冒険者がウジャウジャといる。

 辺境の町で見かけるのは多くが下級冒険者と中級冒険者だったが、ここは中級以上が大半を占めていた。その中級の冒険者の装備を見て、自分のそれの貧相なものと比べてため息が深くなる。


「はー……。俺、本当に中級冒険者になったんだな」


 装備の比較。

 そして、手にした報酬の少なさに(といっても、かなりの大金)、逆に中級を実感するとはいやはや……。


 ひとりしみじみと昇級したことを実感していると────。






「おい!──お前らぁ、僕のことを舐めてるだろッ!」





 ん……?


「……僕??」


 この声って────。


 勝気な声。

 生意気そうなトーン。

 遠慮を知らない声量──。


 素材の換金待ちをしているクラウスの耳に、何やら聞き覚えのある声が飛び込んで来たのはその時だった。


「んだと、クソガキぃ!」「おう、ごらぁ!」

「僕は、ガキじゃないぞ!」


 げ。

(あ、アイツは────……!)


 ギルド中の注目につられてクラウスも大声の先を確認すれば、いるわ、いたわ────……。


 ガッチムチ! の、冒険者の集団と真っ向から言い合いをしているチッコいイ女の子が一人。

 ぱっと見は小汚いガキにしか見えないが……。


「ガキは、皆そう言うんだよ!」

「むっきーーーーーー!! ガキじゃない!!」


 あー…………見覚えのあるちっこい体。

 張りのある声……。


 この既視感のあるやるとり。


 そして、どういうわけか知らないが、筋骨隆々の筋肉ダルマとその仲間と喧嘩中。




 …………うん、メリムだ。




 別に会いたくもない顔。

 中級昇級試験を一緒にこなしたメリムがそこにいた。


 

(うわー……。超関わりたくねー。知らんぷりしとこ)



 …………だが、そんな風に考えているときほど、うまくいかないものだ。


 ギャーギャー! と大声で罵り合いをしているメリムと、ガッチムチ筋肉の冒険者集団。

 絶対に関わり合いになりたくなかったのに──。



「もう怒ったぞぉ! 僕を怒らせ──────……あ、」



 パチクリ。(メリム

 パチクリ。(クラウス



 うぐ。

(やべぇ、目が合っちまった……)


「く、クラウスじゃん!?」

「チガイマース」


 俺クラウスちゃいます。

 ただの中級冒険者です、はい。


「ええ? く、クラウスだろ?……ほらぁ、やっぱクラウスじゃん!!」



 ………………げ。こっち来んなしッッ!!



「なんだぁ? この、クソ無礼なガキの仲間かぁ?」


 いいえ、ケ────。

 タダの善良な新人中級冒険者です。


「おうおうおう! 保護者様のお出ましかー?」

「俺ぁ、ぷっつん寸前だぜぇ、誰でもいいからブン殴らねぇとよー」


 おっふ……。これは、ヤ・バ・い!


 知らん。

 知らん知らん!


 知らん知らん知らん知らん知らん!!

 俺は何も知らん────!!



 無関係でっす!



 あのちびっ子は、

 どう見ても中級認定試験で、ちょこ~~~~っとだけつるんでいたメリムだろう。


 うん、(ローブの下は、結構すごかったけどきょぬー)ちびっ子メリムに間違いない。



 だけど、無関係。

 俺は無関係。


 無関係ったら、無関係!!

 断じて仲間でも、保護者などでもありませんッッッ!!




「おい、こっち来てくれよ、クラウスぅ!!」

 行くかよ。

「なんだ、おいッッッ! おい、そこのぉ! テメェも仲間か? そこの兄さんよー?!」


 ……うっわー。捕捉されたー!!


 誰か助けてー。


 キョロキョロ。

 見回すクラウスの視線を避けるようにフィッと視界から逃れる冒険者たちとギルドの職員。


(え~…………。マジでー)


 なぜか、全ギルドの人間から微妙に距離を取られて孤立しちゃうクラウス。

 どーみても、誰もかれも関りたくない様子。


 しかも、ギルド中が遠巻きにメリム達を見てるじゃん? ただの冒険者の喧嘩じゃないよね、これ。


 つまり…………。


 あれ筋肉の冒険者集団、絶対ヤバい連中だろ?……絶対関わりたくないやつだわ。


「クラウス! 返事しろよッ」

 黙れ。その口溶接すっぞ!!

「おう? お前がクラウスってーのか? おい、聞いてんのかッ!」

 やめて。

 聞いてるけど、やめて────。


 ……筋肉ダルマと、その仲間らしき連中も、ムッキムキの胸筋とかバッキバキ。

 パンチだけで鉄板を凹ませそうなくらい……。


 なのに。

 なのに……。


(巻き込むんじゃねー! メリム、このくそボケカスぅぅうう……!)

 冷や汗ダラダラのクラウス。


 その連中と面と向かってるメリムがまぁ、違和感バリバリ……。


「クラウスぅぅ!!」

 そして、クラウスを巻き込む、ク・ソ・ガ・キ。

「しーーん……」


 ……あのね? 助けられないよ? クラウスなんてワンパンで死ぬよ?

 もう、パーーーンよ。パーーーーン!! あんな筋肉ダルマのパンチ食らったらね!!


「クラウスっっ! 何してんだよ。いいとこに来てくれたじゃないかッ。……なぁ、お前からも言ってくれよ」


 来てねぇええええっつーーーーの!

 最初からここにいたッつーーーーーーの!!


 つーーーーーか、シレっと巻き込むな!


「おうおうおうおう、クラウスさんとやらよぉ? 仲間のしつけがなってないんじゃないかー? おっ?……しかも、見れば綺麗な真っ新まっさらの銅の冒険者認識票じゃねーか。……つーことは、おめぇ新人のDランクだな。なるほど、」


 ズンズンズン。

 筋肉を揺らしながら筋肉ダルマが迫る。


「──お前もコイツの仲間で間違いなさそうだな?」

 ブンブンブン!

「…………」


 違います。

 俺はタダの観葉植物です。


 ブンブン首を振って否定。

 お目めが、キョーロキョロ。


 クラウスは聞こえているけど聞こえていないふりで、ギルドの素材換金所付近にあった観葉植物と同じようにジッとしていた。


「クラウス! おーい、もうー!」


 ジッと、


 ジッとしていれば大丈夫。


 ジッと──……。


「クラウス! ほらぁ!」バサリとローブのフードを取るメリム。


 ジッとぉぉぉお……!


 ……………………していたのにぃぃぃぃぃぃ。

 空気の読めないメリムさーーーーーん。


「ん? どうしたんだよ、クラウス? ほら、僕だよ? 覚えてるだろ──中級認定試験で一緒だった……」


 覚えてるけど、ぶっ殺すぞ、クソガキ!!

 覚えとけよッ! ぶっ殺されたいのか?!


「おうおう、兄さん! なーに無視してんだ?……あ゛あ゛~ん?! お前さん、ほんとにコイツの仲間だって言うんなら、タダじゃおかねぇぞ!」


 やめて、タダにしてッ。

 俺はタダの植物。つまらない観葉植物でございます。


「ぴゅ~るる♪ ぴゅー♪」


 エア口笛を吹きつつ、観葉植物は喋らない。


「ど、どうしたんだよクラウス? おい、クラウスー!」


 黙れメリム!

 タヒね!


「ん~? なんだこいつ。ビビってんのか? それとも──」ムキッ!


 そう、それです! ビビってるとかそーうのでいいですからほっといて!!

 ムキムキ筋肉のアピールやめて! 怖いッッ!!


「それとも────……似てるだけのただの他人か?」ムキムキッ!


 YES!!


 その通り!! ただの他人でっす!!

 筋肉ダルマ──ナイス!!


「んだよ、クラウス無視すんなよ。一緒に寝た・・中じゃねーかよ!」


 じゃッッッかましぃ、クソガキぃぃぃいい!!

 誤解招く言い方すんなッッ!


「くっついて温め合ったじゃねーか、つれねーぞクラウスぅ」


 SHARAPシャラ~~~ップ!!


 黙れクソガキ!

 ぶっ殺すぞ、メリムてめぇ!!


「なんでぇ、てめぇ、そーいう趣味か? 少年愛ショタとか……ドン引きだぜ」


 ちっげぇぇぇええええ!!

 筋肉ダルマさん、ちげぇぇえからぁぁあああ!!


 あと、コイツこうみえても、女ぁぁあああ!!

 着痩せしてるけど、結構きょぬーーーーーー!!


「……ち、ビビりか? それかホントに赤の他人か?」


 そーーーーーです! それそれそれぇぇぇ!

 それでいいですからぁっぁあああ!


 ビビりの赤の他人です。だからほっといてぇぇえ!!


「おい、ガキぃ。他人を巻き込むたぁ、ふてぇ野郎だ。────まぁ、もし……、」


 ボキボキボキと、拳と胸筋を鳴らす筋肉ダルマ。


「──……もぉし、ほんとに仲間のクラウス?とかいう奴だったら一緒にギッタギタにしてやるところだぜ」


 ぎぃぃぃゃやあああああああああ!!(心の声)


 く、クソガキぃぃぃい、

 メリムのアホボケカスぅぅぅう……。名前覚えられてしまったやんけ!!


「ピュ~ルル~♪」


 クラウスちゃいます。

 ただの赤の他人。ビビり。観葉植物でーーーーす。


 しらを切りとおすクラウスを、受付のお姉さんがジト目でみてる。めっちゃ見てる。

 めっちゃ見られてるぅぅぅーーーーー……。


(……あ、はい。その目は知ってます。なんて言いたいのかも知ってます──)


 ──そーね。

 ……貴方はクラウスの名前知ってるもんね。


 だけどね……。

 ちゃうねん。


 クラウスさん、ただの新人中級冒険者やねん。

 こんな筋肉ダルマと、馴染みのないギルドで絡まれたくないねん。


 だから、

 ここにクラウスはいません。




 きっと、本物のクラウスは、MYシスターと実家でキャッキャウフフしてる────。






「クラウスさーーーーん。クラウス・ノルドールさーーーん。素材の鑑定終わりましたよ~? クラウスさーん」






 ………………。





 ぎぃぇぇぇえええええええええええ?!


 空気読め、素材換金屋ぁぁぁぁあああああああああああ!!


「もう、クラウスさん! いるなら返事してくださいよ。──はい、ほら素材代の金貨3枚と銀貨70枚。確かに渡しましたよー」

「あ、ども……」


 チャリ~ン♪


「「「…………………」」」


 やぁっぁああああああああああああ!!

 いやぁぁああああああああああああ!!


 ちゃうねん違うちゃうねん違うちゃうねん違うちゃうねん違います!!

 もっかいもう一回もっかいもう一回もっかいもう一回! もっかいもう一回最初からやろ? ね??


「今後ともごひいきに~」

「……あ、ども──────」



 わーい。

 金貨だー。あはは、うふふ…………………………。




 ……ガシッ。


 クラウスの肩を掴む筋肉の気配。



「──────よぉ、クラウス」

「ち、ち~っす」




 パイセンち~~っす。

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