第46話「効率との天秤」

「次の方ー!」

「あ、は~い」


 クラウスは自分の番が来たことにきづいて顔を上げた。


「どうぞー。本日はどのようなご用件ですか?」

「あ、どもッ。クエスト達成報告と素材換金にきました」


 いつもと違うカウンター。

 いつもと違う受付嬢。

 いつもと違うギルドの中……。


 ここは、「僻地の町」の冒険者ギルドだ。


「はーい。では、こちらにクエストの控えと、討伐証明か依頼品をお願いしますぅー」


 少し鼻にかかるような甘ったるい声を出す受付嬢。

 ちっちゃなメガネがチャーミングな子だ。


「えっと、……あ、これだ!」


 慣れないギルドの内部のこともあり、スムーズに取り出せないクラウスは少しだけ焦りながら素材を出す。


 『魔物の討伐』──その証明の部位と、

 『素材の採取』の依頼品を取り出し並べていく。


「はーい。少々お待ちくださいませー」


 受付嬢が奥に声をかけて討伐証明と依頼品を渡す。

 ほどなくして鑑定結果が出たらしく、


「お待たせしましたー。コチラ成功報酬となりまーす」


 チャリ~ン♪


 お盆に乗った金貨と銀貨。

 結構な額だが…………。


 ……う、うーむ。


「──他のドロップ品はいかがなさいますか?」

「あ、換金で」


 金額を見て考え込んでいたクラウスは、反射的に答える。


「わかりました。では、素材はこちらで換金所に手配しておきます。奥の席でおかけになってしばらくお待ちください──」


 はーい。

 どこかの「某」テリーヌと違って仕事が早い早い。


 ギルドマスターの呼び出しを食らうこともないしね。

 クエストをこなすたびに嫌味を言われないだけで随分やりやすい。


 そのかわり、事務的な対応は温かさというか……人情味がなくて面白みに欠けるけどね。


 ──とはいえ、それが悪いわけではない。


 それに、どこのギルドもシステム的には似たようなものだ。

 この僻地の町は中級の狩場が多いだけに、冒険者の数も辺境の町とは段違いに多いのだろう。


 それだけに、受付嬢も事務的にならざるを得ない。


 多分、一日にさばく冒険者の量も「辺境の町」とはけた違いに多いのだろう。

 某テリーヌのように、名前を憶えて親しくしてくれそうな雰囲気もなかった。


「それにしても、この額か……」


 金貨5枚に銀貨47枚。


 決して低額というわけではないが、辺境の町の近傍狩場で荒稼ぎをしていた時とは明らかに実入りが違う。


「ん~…………。勢い込んで、地元の街を出てみたはいいけど、思ったより稼げないな」


 狩りの効率のこともさることながら、多分、税金でかなり引かれているのだろう。

 転移ゲートを使う前にテリーヌに聞いた通りだ。


 それに、転移ゲート代も馬鹿にできない。

 帰り賃はタダではないし、宿代もかかる──また、食費も相当なものだ。……味はイマイチなのに。


 そして、肝心のレベルアップはまだまだ先。

 なんといっても、魔石の収集率が段違いに悪いのだ。


 ……お金は生活するだけなら十分だが、魔石を購入してレベルアップすることを考えるならまだまだ不十分。


 実際、あれ以来レベルはアップしていない。


「……とりあえず、もう少し回ってみるか」


 クラウスにしては珍しく、遠征のためこの僻地の町で宿を取っていた。

 それも3日という長期間・・・!!


(リズが心配するだろうな……)


 母親が療養院にいるため、実質……家にはリズ一人。

 年頃の女の子を残していくのも正直不安だったが、冒険者として生きていくなら遠征はいずれこなしていかなければならないこと。



 豪の者ならひと月やふた月、もっとならば一年以上家に帰らないものもいるんだとか。



 ふと、リズの寂しそうな顔がよぎり、胸がキュウ──と締め付けられるような気持に襲われる。

(リズ…………)


 ──たったの数日でこれか。


(…………はぁ。俺には無理だな)



 クラウスは家で待つリズの顔を何度も思い浮かべては、かぶりを振る。


 ……はぁ~。


「クラウスさ~ん。クラウス・ノルドールさーん!」

「あ、はーい」


 素材換金所のギルド職員が大声で名前を呼んでいる。

 どうやら、換金が終わったようだ。


「あ、どもども。クラウスでーす」

「はいはい────コチラ、換金分です。次回もごひいきに~」


 素材をさばいてきたばかりなのか、黒いエプロンに、裾まで真っ赤に染まったシャツを着た職員がお盆にのせた金貨を運んでくれた。


「ありがとうございまーす」


 チャリ~ン♪


 金貨4枚、

 銀貨22枚…………。


 う、うーん。

 やはり、イマイチ。


 悪くはないんだけどなー。

 『夕闇鉱山』で大量の魔石を掘る手間を考えると、確かに一回での実入りは大きい。


「さて、」

 受け取った報酬を手に、酒場に移動して飲み物を注文する。

 この時間だと狩場を回るのも微妙だし、宿に帰ってもすることがない……。


「ほい、果実割ー」

「あんがと」


 ジュースを口にしつつ、今後の方針をあれこれと──。


「うーん」


 手にした報酬は、

 〆て金貨9枚と銀貨69枚。



(内訳は、

 クエストの成功報酬と追加の報酬で金貨5枚と銀貨47枚。

 素材代として、

 ラージサラマンの肉×3⇒銀貨18枚

 グレーターニュートの皮×10⇒銀貨40枚

 走りトラウトの胆嚢×3⇒銀貨30枚

 走りトラウトの×身3⇒銀貨6枚

 色付き魔石が全部で、金貨2枚と銀貨55枚

 ガーネット原石×12⇒銀貨72枚────)



 以上ッ!



 ちなみに、税金はどれくらい引かれているのかわからない。

 ……まぁ、それでもひと昔の稼ぎを思えば破格の額だ。



「──とはいっても、【自動機能オートモード】が活かしきれてないんだよなー」



 自動機能オートモードは、

 スキル使用間の意識がないのと、途中キャンセルが不可能だ。


 そのため、指定したモンスターとの戦闘や、資源の採取が終わるとその場で意識が戻る。



 そう。

 「たとえどんな不利な状況であろうと」────だ。



 そこに掛かるのが、ネックとなるクールタイム。


 このクールタイムが、じつにやっかいなのだ。


 例えば、【自動機能オートモード】で戦闘したと仮定して。

 とりあえず勝利したとしても、自動機能オートモード終了と同時に、目の前にドラゴンでもいたら…………それでパクリとやられて終わりなのだ。


 『自動移動』や『自動帰還』で逃げることもできない。


 だから、どんな状況であっても、最低でもクールタイム終了まで生存できるような狩場が望ましい。

 その意味・・・・では下級の狩場は理想的だったのだが……。


「やっぱ、下級の狩場で荒稼ぎした方が…………」



   「需要と供給って知ってます?」

   「何ごとも程々にね……」



「うぐ……」


 地元の町のギルド──テリーヌとサラザール女史の言葉が脳内に反響する。

 そうだった。

 あれ以来、下級の狩場での狩りは控えているんだった……。


 とはいうものの、本音で言うなら下級の狩場を中心に、安心安全に荒稼ぎした方が効率がいい。

 魔石も、サイズは(小)程度しか出ないが、ないよりはいい。


 そもそも魔石というのは、魔物を倒しても必ずドロップするわけではないので、経験値を考えると大量に魔物を狩るか、お金で購入し魔石を使用した方がはるかに効率がいいのだ。



 と、いうわけで。



 ここにきてクラウス。

 なんと頭打ち状態になり、悩んでいるのだ。


「むむむむむむむむむ…………。いっそ、地元以外の町・・・・・・で下級の狩場を回るか? 王都やこの僻地の町の近傍にも、多くはないとはいえ下級の狩場はあるわけだし──」


 下級狩場の多かった地元──「辺境の町」周辺に中級や上級の狩場があったように、ここにも中級や上級の狩場のほかに、下級の狩場はある。


 なので、

 そこに行ってみては、どうかなというもの。


「──だけど、それって狩場荒らしだよなー……」


 クラウスがこの町の下級狩場でクエストをこなせば、それだけでこの町の下級冒険者の仕事を奪うことになる。

 それはきっと望まれないだろうし、ここのローカルルールに抵触する可能性もある。


 ローカルルールは暗黙の了解なので、ギルドに聞いてもわからない。

 それを知っているのは地元の冒険者だけなのだが、それだけによそから来た冒険者で、ましてや等級に違う冒険者においそれと教えてくれるものではないだろう。


 まぁ、ローカルルールはローカルルールでしかないので、法律違反でもなんでもないのだが……。



「それじゃ、アイツ等と同じだよな」



 いつぞやの、『特別な絆スペシャルフォース』にやられた狩場荒らしを思い出す。

 ……ルール違反ではないとはいえ、────モラル違反。


 きっと、同じことをやれば、常識知らずな人間だと思われるだろう。

 そして、そんな人間は「永年ボッチ」の称号を得てしまう。


「はぁ……。それだけはいやだ。なにより、アイツ等と同類とだけは思われたくない」


 クラウスにだって守るべき矜持きょうじはある。


(悩んでいてもしょうがないな。とりあえず残りの日程を終えて一度家に帰ろう)


 ジュースのカップを返納すると、その日は近傍狩場の資料を調べただけで宿に戻った。

 ちなみに、宿のご飯は、リズのものに比べて数段も味が落ちる……。


 それだけでも、かなりのストレスとなった。


「…………ごっそさ~ん」


 ゲーーーップ。

 量だけでクッソマズい飯。


 ……というか、リズの飯が旨すぎるのだと今頃になって実感するクラウス。


「やべぇ、俺はリズなしではいられない身体にされてしまった!!」

 なんてこった。


 リズめ、やりおる………。



    「なぁに言ってんの?」

 


 ハッ?!

「り、リズ?!」


 今リズの声が聞こえた気が……。


 なにかを幻視したクラウスであったが、寂しさの余り相当参っているらしい。


 だって……。食事を終えたらすることもないし、

 年かさの冒険者は酒場に繰り出して一杯やるのだろうが、あいにくクラウスの年ではまだ酒を楽しめるものでもなかった。



 そして、なにより話し相手のリズがいない。



「寂しいー……。やっぱり、まだ遠征は早かったかなー」


 ドサリと宿のベッドに身を投げるとボンヤリと物思いにふける。


(……どうしよう。やっぱり一度実家に帰って、辺境の町周辺の中級の狩場に行こうかな。向こうも数は少ないとはいえ、一応中級も上級もあるし……)


 転移ゲートが使えることに気をよくして遠征を始めたものの、やはりまだまだ分不相応の経験不足。

 ここは大人しく地元で力を蓄えるべきかもしれないと考え始めていた。



 ────なにより、たった数日でホームシック。



 宿の天井を見上げながら、当分の間は地元の辺境の町周辺に引き返そうかと考えて、その日は就寝。

 そして次の日。


「よし! 還りたいのは山々だけど、とにかく宿代分くらいは稼がないとな」


 クラウスはせっかく宿を3泊もとったということで、残りの日数を狩りに費やすことにした。


 目標は経験を積むこと。

 最低でも5か所は回ること──。


 目星をつけた場所はいくつかあるが、そこを一気に回る!

 もう、一気にな!!




 ソロでも狩れそうなとこはこの程度──。


 『破砕された見張り台』

 ダンジョン・フィールド傾向:獣・アンデッド系


 『蟻の荒れ地』

 ダンジョン・フィールド傾向:虫系・擬態系


 『枯れた松林』

 フィールド傾向:虫系・植物系


 『古の休憩所』

 ダンジョン傾向:アンデッド系・亜人系


 『耳鳴り渓谷』

 フィールド傾向:爬虫類系・蝙蝠系・茸系


 『赤く錆びた街道』

 フィールド傾向:アンデッド系・亜人系・獣系



「一気に行くぞー。深部まで行く必要はないからな、あっという間に回れるはず」


 残り数日────宿代と転移ゲート代をケチりたいクラウスはまだここに滞在するつもりだった。



「リズには3日で帰るって言ったしな……」




 ────残り2日、近場を狩って飼って狩りまくるぞー!!




「うぉぉぉおおおおおおお! リズぅぅぅぅうう! 俺は三日で帰るぞぉぉぉおおおおお!」



 一人、宿の天井に向かって拳を振り上げるクラウスであった。


「「「うるっせぇっぇえええ! ぶっ殺すぞーーーーーー!」」」

「さ、さーせん!!」


 と、他の宿の客に怒られたのはご愛敬……。

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