第44話「リズといっしょ」

「ふぅ……! ただいま」

「あ、おかえりー」


 先日、転移ゲートを使用して以来、クラウスは各地の狩場を回っていた。

 その最中に様々な景色を見た。


 きらめめく王都

 人の流れが激しい商業都市

 のどかな空気の流れる僻地


 そして、ピリピリとした空気の溢れる国境の町────。


「いやー。中級ってだけでこんなに世界が広がるんだなー」

「そうなの? いいなー……冒険者って楽しそうだね!」


 ううーん。まぁ、楽しいっちゃあ、楽しい。

 ──失敗しても、せいぜい死ぬだけの簡単なお仕事ですし。


「ニコッ」

「う……。お兄ちゃんの笑顔が怖ひ」


 スゴスゴと家事に戻っていくリズの背中を見送りつつ、クラウスは近況の整理をしていた。

 リズの出してくれたお茶をすする──。


 ずずー


「うーん……。中級ってのも楽じゃないなー」


 ……今までは辺境の町周辺の狩場を知り尽くしていたため、【自動機能オートモード】が本領を発揮したことで効率よく狩りができるようになった。


 だが、中級になって世界が広がった途端、今までのようにはうまくいかなくなっていた。


 というのも────狩場についての事前知識があまりにもなさすぎるのだ。

 下級時代は「辺境の町」周辺に限定されていたため、長年ベテラン下級冒険者をやっていただけに知見だけは豊富であった。

 おかげで危なげなく?狩りをすることができていたのだが……。


 中級になって他の町に出入りするようになってからはそう簡単にはいかなくなった。


「……転移ゲートの先では、これまでの経験は全く役に立たなかったんだよな」

 当たり前のことだが、転移ゲートの先は別世界だった。


 井の中の蛙──とはよく言ったものだ。


(まいったな……)


「知識はタダ。そして、知は力なり──……か」


 昔の偉い人の格言がこれほどしみじみと分かる日が来ようとは……。


 そのため、現在のクラウスは冒険者としては、開店休業状態。

 まずは転移ゲートの先の知識と経験を得ることを第一義とし、遠征を繰り返していた。


 そして、現地のギルドで資料を読み漁って知識をつけ、時には人から話を聞いて狩場にも進出した。


 おかげで、転移ゲート代が馬鹿にならないくらいかかったが、

 少しづつではあるが、現場の知識がつき──現地に実際に足を運んだおかげで経験と見識を積むことができた。


「……そろそろ、真面目に稼がないとな──」

 家に入れるお金が目に見えて減っている。それでも、一般的な家庭に比べれば大金ではある。


 とはいえ、切った張ったのやくざ稼業が冒険者だ。

 いつどこで怪我や事故で引退を余儀なくされるかもしれないので、稼ぎを全部使うわけにはいかない。


 リズは何も言わないけど、……きっと気にはしているのだろう。


 今日のパンだって、白パンから黒パンになっていた。ちょっと家計に気を使っている感じ。

 ……ま、美味しいけどね!!


「リズに心配かけるわけにはいかんしなー。とりあえず、今ある情報だけで、本格的に狩りを開始するしかない、か」


 結局トライ&エラーを繰り返しつつ、経験を積むしかない。


「よし……決めたッ!」

 悩んでいてもしょうがない──!


 ガシリと湯飲みを掴むと、天にかざすクラウスっ!


 完ぺきではないにしても、転移ゲートの先の町でも借りができるくらいには知識がついた。

 ならば、ダンジョンやフィールドの浅い場所で実践を積む──。


 あとは行くのみッッ!!

 いざ、ダンジョンッ!!




「うぉっぉぉおおお! 明日から俺は中級冒険者として本格的に活動するぞーーーーーーー!」


 ゴンッ!!


「……もう、叫ばないでよ。近所迷惑なんだから──お兄ちゃん、時々、アホの人になるよね」

「──……ッッッッ」


 痛ったぁぁぁああああ!!


 ──い、今、フライパンで殴った?!


「俺じゃなかったら死ぬぞ!?」

「──はいはい。アホの人、ご飯の準備できたよ! じゃぁ、アホに人にあわせて────」


 トロンと、目を悪戯っぽく緩めたリズ。


「……今日はお風呂~? ご飯、そ・れ・と・も、」

「あ、そーいうのいいから」

 急に真顔でリズのボケを殺しにかかる。ケケケ、仕返しじゃー。


 うっふーん、な恰好で悩殺ポーズをしてくるリズを軽くあしらい、食堂に移動すると、


「ぶー……!! ノリ悪ぅい!──……最近帰り遅いから私さみしくてー」


 ヨヨヨとウソ泣き。

 ……っていうかリズ、悩殺できるほど、ない・・やんけ。っと────。


「コロしますよ?」

「……さーせん」


 ささやかな膨らみについて妄想しただけで、メラァと黒い炎を背後に浮かび上がらせるリズ。

 ……怖いからやめて! あと、心読まないで!


 っていうか、コロすのぉ?!

 ひんぬ貧乳ーって、想像しただけでコロすのぉぉおぉぉ?!


「あ゛……ひんぬー? 誰が? 死にたい?」

「さーーーせん!!」


「ぶー。誠意がなーい」


 あーはいはい。可愛い可愛い!!!

 そういって逃げるように風呂────と、いう名の行水を済ませたクラウス。


 戻ったころには機嫌の直ったリズたん。

 その特製のご飯をみて、クラウスもほっこり。


「……お、今日も旨そうだな!」

「ふふん。腕によりをかけたよー」


 今日はポトフらしい。

 柔らかな優しい薫りが漂っている。


 ソーセージと豆、ほかにカブやニンジンなどの根菜がタップリと入っている。

 それらがじっくりと煮込まれており、柔らかそうだ。出汁も、しっかり沁み込んでいる。


 そこに、パンとサラダが付く。


「さすがリズちゃん! 100点満点! お嫁に欲しい!」

「お、お嫁なんて──キャ!…………でも、お兄ちゃんがいいなら」


 ……うん、冗談だからね。

 顔を赤らめて勝手に盛り上がってるリズを放っておいて、食事に手を付けるクラウス。


 まず前菜から──。


「んっ!」


 この繊細な味……!!


 クラウスが冒険者稼業をしている間に、リズの腕前もグングン上昇し──……。


「んんんー。うーまーいー! このザワークラウトいいなッッ」


 飯の質はちょっとやそこらの食堂では対抗できないくらいの味になっていた。

 そして、お漬物の代表。酸っぱいキャベツのザワークラウト。


「でしょ、えへへ」


 正面に座りニコニコと笑うリズ。

 可愛いのでなんとなく頭を撫ぜる。なでりこなでりこ。


「うん。どこで買ったの?」

「これ? ふふ、自分で漬けたんだよー」


 へー!

 ……だと思ったけど、「へー!!」


「色々試してるけど、だんだんお兄ちゃんの好みになってきたかな?」

「うん、旨い旨い!」


 パンにはさんで食べてよし。

 そのまま食べてもうまいし、ソーセージと一緒に炒めても旨いッ!


 そして、ほらこれッ! とリズが見せるそれを検分すると──。


「お……。すげぇ」


 壺に入った、丸のままのキャベツと、一方は刻んだキャベツ。

 どっちも、漬け汁でヒタヒタだ。


 ……ほんとうに手作りしているらしい。


「へー。こりゃすごい、売りものにできそうなくらいだな」

「そ、そう?」


 照れ照れと、はにかむリズ。


「うん! 俺は好きだなー。あ、せっかくだし明日の弁当にも入れてくれる?」

「いいよー? 日持ちする方がいいんだよね。どのくらいかな?」

「……ん~っと、3日ぶんくらい」


「え? そんなに?!」


 せいぜい一食分程度と思っていたリズが目を丸くして驚く。


「おう。……今度の遠征は、本格的に中級冒険者用の狩場で狩りをするつもりなんだ」

「……そ、そうなんだ。気を付けてね。頑張って、日持ちするお弁当つくるから!」


「ありがとな」


 なでりこ、なでりこ。


「えへへ」


 そんな会話で、リズとの食事を終えると、

「あ。そうだ! お、お兄ちゃん。ちょっといい?」

「む?」


「そ、その……。長いこと、出かけるならさ。……えっと。その前にちょっと相談が──」


 食器を洗い終えたリズがクラウスの正面に座って改まる。

 エプロンを外して、いつもの普段着を、きれいに整えるリズ。


 心なしか、顔が赤い……。


「ど、どうした?」

「お、お兄ちゃん──あのね?」


 う、うん。


「アタシ────……」

「お、おう!」


 な、なんや?!

 なんやなんや?!


 どきどき。


  ドキドキドキ──。




    ────ドキン。




「15歳になったから、スキル認定の日が近いの!」

「………………せやな」


 なんやねん!!

 改まって言うからドキドキしたやん。


「……だ、だからお願い!! 一緒に来て!」

「おーいいぞ」


「うん……忙しいのはわかってる。スキル認定くらい、どこに家でも一人で──…………ってあるぇ?」

「うん??」


 一世一代の告白のように言ったリズだが、目を真ん丸にしている。


「え? あれ? あっさり」

「うん……? そら、アッサリやで? っていうか、なんで? うん。ええで、いつでもいいから言ってみ」


 なんで断られるの前提で話してるん??

 リズのためやで……!?


 仕事くらい休むっちゅうねん。……なんせ、冒険者は自由業だしね。

 それに、他ならぬリズのためやで────……。


 リズのためなら、スキル認定だろうが、授業参観だろうが、運動会だろうが────!

 火の中、水の中、ドラゴンの胃の中でも!!


 そう!!


  他ならぬ!!


   リズのため!!!


    リズのためや!!!


 ガッ!!

 クラウスは椅子の上に片足を乗せると、天高く────。


 すぅぅ……。

「うぉぉぉぉおおお! リズぅ、俺はスキル認──」

「叫・ぶ・な!!」


 ガンッ!!


「いッッッッッ」


 ったぁぁぁぁ………………。



 ──うわ……、血ぃ出てるしぃ。



「な、なにで殴ったん?!」

「グー」


 グーでぇぇえ?!

 いや、いや! お兄ちゃん! 中級よ?! 中級冒険者!!


 そ・れ・を・グー・でぇぇえ?!


「……いや、叫ぶのとか、マジでやめて」

「さ、さーせん……」


 スゥと、マジな目つきでリズさんに睨まれたクラウスさん。

 肩をすくめて小さくなって平謝り。


 うん。

 クラウスさん、興奮するとつい叫んじゃうの……。


「はぁ……ホントお兄ちゃんアホの人だよね。じゃ、その日はね、」



 かくかくしかじか。こーゆー日程で。



「お、おう! りょ、了解。じゃ、一緒に行こう!」

「うん!! ありがとうー!!」


 ぎゅー! とクビに抱き着くリズをポンポンして、離すとクラウスもしみじみ……。



 主にふくらみ・・・・がしみじみ……。

 …………まぁ、そんなにない・・・・・・けど──。



 ギュー……!

  ギュー……!!


(ちょ、リズさん……?)


 ギュリリリリリリリリリリ……!!


「あががががががが! リズさん? あのーリズさぁぁん? く、首、決まってません?」

「そう? ふふ──」


 ギュリリリリリ……!


 フフッ、って、YOU!! ギブギブギブ!!

 決まってる、決まってるぅぅぅう!!


「不埒なこと考えたでしょ?」

「N、NO!! NON、NON………………。リズさん、超素ッ敵ぃ」


「ん。よろしい」


 ゲッホ、ゲッホ……! やべぇ、父ちゃんの姿が見えた気がしたよ。

 やべぇ……。リズさんっぱねぇっす。


 家にいながらにして、息の根を止められるとこだった。

 つーか、リズつよくね?!


「──で、でも、そうか……。リズもスキルが、」


 3年前のあの日を思い出すクラウス。

 ユニークスキル【自動機能オートモード】を得たあの日……。



 多数のスカウトに囲まれ、色々なギルドや騎士団からも声が掛かった。


 パーティに入ってくれないか──。

 専属にならないか──。

 騎士団に入隊しないか────。



 そして、




   「君のユニークスキルは素晴らしい。

    俺たちと頂点を目指さないか?」





 ズクンッ……!


 心臓が、跳ねる──。


 …………あの時のことを思い出して、

 『特別な絆スペシャルフォース』との、出会いと……別れのあの時を────。



 くっ。

 もう、3年も前のことなのに…………。



「そ……う、だな。うん! リズ、一緒に行こう。……なに、心配するな! どんなスキルでもお前は俺の大切な義妹だ」

「う、うん! ありがとう!」


 リズの不安な気持ちと、期待する気持ち──その相反する感情はよくわかる。

 だけど、必ずしも望むスキルが手に入るわけじゃない。


 それでも────。


「……ところでリズ。お前スキルを得たら、何かしたいものあるのか? 料理屋とか──……まぁスキルにもよるんだろうけど」

「え?! そ、それはその……」


 もじもじ。


「ん? どうした? お前がやりたい物だったら何でもいいんだぞ────あ、冒険者以外な」


 こんな、ヤクザで危険な仕事は親父どもと俺だけでいい。


「もちろん、ぼぅ──……。そ、な?! えええ! お、おおおお」

「ん? 何も決めてなかったのか──? いいから思いついた仕事言ってみ。ほらほら──」


 冒険者以外な。


 プルプル震えるリズ。

「お……お……お…………──」


 お? お──……。

 『お』ってなんや?


 温泉発掘…………? な、わけないか。

 じゃあ、

 お……。おーおー……女の子いっぱいのバー勤務とか?!



 そそそそ、そんなんお兄ちゃん許さんで!!



「あかん、あかん! バーなんてあか──」

「お兄ちゃんのばかーーーーーーーーー!」


 バッチィン!


「いっだぁっぁああああ?! 『お』って、お兄ちゃんの『お』、かーい?!」


 ってゆーか。


「え? なに?? なんでぇ? 何で殴られたん?!」

「馬鹿! 知らない! スケベー、変態ッ!!」


 いや、へ?


「ちょっと、リズ──────」

「はい、お弁当!! さっさと仕事に行ってきなさい!!」


 いや。スケベと変態、関係なくない?!


 っていうか、今さっき帰ったばかりやがな。



 …………つーか、弁当作るの早ッッ!!



「ふんだッ!!」


 ドカドカと足音も荒くリズが寝室に消える。


「………………反抗期?」



 結局、

 次の日の朝も、ブッスーとふくれっ面もしたリズの顔を見ながら、気まずい思いで、行ってきますをするのだった。






 俺、なんかやっちゃいました?

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