第43話「転移ゲート」

「お兄ちゃん?」


 チュンチュン……。

  チュンチュン……。


「お兄ちゃん?!」


   チュンチュン……。

    チチチチチ…………。


「…………おにいちゃーーーーーーーーーーん!」


 ドスゥ!


「おっふ──!!?? え、エルボゥ?!」

「おっふ、えるぼう!──じゃないよ、早く起きて起きて!」


 リズの肘打ちをみぞおちに受けて悶絶するクラウス。

 お口からちょっと魂がはみ出る。


「もう! いつまで寝てるのよ? 朝ごはん片付かないから、いい加減起きてッ!」

「へい、MYシスター……。危うく、朝ごはんを片付ける前に、お兄ちゃんが朝飯前に片付けられてしまうとこだったよ──……起きるまでもなく、あの世へ」


 うじうじとベッドで唸っていると、笑顔のままリズがメラァと黒い炎をバックに浮かび上がらせる(そう見えた)。


「あ゛?──お兄ちゃ~ん……」

「はい、起きます! ご飯も食べます。今日も一日美しいですね──リズさん」キランッ


 シャキン! とベッドの上で正座。

 三つ指をついて土下座し、最後にニッコリ──歯も光らせておく。


「び、美人だなんて──キャー」


 あ、チョロイわ。この子。


「……チョロイとか考えてたら、〇すからね」


 心を読まれたのか、キラリと包丁の歯を光らせるリズ。


 ……っていうか、コロスの!? 

 そして、それ持ったまま起こしに来たのぉぉぉぉおお?!



 こわッ!

 この子、怖ッ……!



「あー。ビジンなイモウトガイテ、ぼかぁ、シアワセダナー」

「でしょー? じゃ、早く食べて食べて。……今日は中級冒険者になって初出勤でしょ?」


 あ、そうだった。


 リズに言われて、ベッド脇のサイドテーブルに置かれた冒険者認識票を取り上げる。

 キラリッ! とブロンズに輝くそれは鈍い胴の色。


 通称、銅級とも言われるDランク冒険者者認識票は銅製で作られている。


「……へへ」


 リズが食堂に去っていくのを見送りながら、銅色に輝く冒険者認識票をチャラリと首に下げると、ようやく自分が中級冒険者の域に達したと実感できたクラウス。


「よし! よーし、やるぞー!」


 ひとしきり部屋で気焔を上げた後クラウスは装備を整えて食事をとるのだった。



 ※ ※


「いってきまーす!」

「気を付けてねー!」


 ブンブンと手を振るリズと別れたクラウス。

 今日は珍しく弁当付きだ。


 いつもは狩りの最中で帰ることもよくあったため、小銭をケチるため弁当を控えていたクラウスだが、今日は違う。


 ……なにせ、今日は初めての中級冒険者としての初出勤なのだ。

 もしかすると、数日にのぼる狩りを行うこともありうる。


 ──……冒険者に「初」出勤も何もないのだけどね。


「なんだろうなー。中級になったってだけで自信がでてきたぞー」


 今までは、万年下級冒険者ということもあり形見を狭くしていたクラウス。

 だが、ようやく年相応の立場になれたこともあって少し胸を張って歩く。もっとも、先に進んでいった同期やら年下もたくさんいるので、自慢できるほどではないのだが……。



 カランカラーン♪



 いつものカウベルを鳴らしながらギルドの戸を潜るクラウス。


 ざわざわ

  がやがや


「あら、クラウスさん?」


 ギルドに入ってすぐ。

 わきにある依頼板やお知らせ掲示板に貼物をしていたテリーヌが、クラウスに気付いて挨拶をしてくれた。


「あ、ども~」

「ふふ。早速けてますね」


 クラウスが誇らしげに首にかける冒険者認識票をみて、ニコリとほほ笑むテリーヌ。


 その顔に、はにかむクラウス。

 ポリポリと頭を掻きながら、

「はは。ようやく中級です────同期と比べると、だいぶ出遅れちゃいましたけどね」

「あらあら。そんなことないですよ。……クラウスさんの世代はともかく、兼業で冒険者をされている方なんて、下級の人がたくさんいるんですから」


 そういって、さっそく下級の依頼に群がる冒険者をいなしつつほほ笑むテリーヌ。


「そもそも、専業で冒険者をされる方の数も多くないですし、その中でクラウスさんが特別遅いかというと、そうでもないんですよ?」

「そうなんですか?」


 クラウスはテリーヌの言葉を軽く疑って首をかしげる。


「もちろんですよ。クラウスさんは同期の方は『特別な絆スペシャルフォース』の方々や、比較的成長の早い人に当たっただけですよ?」


 うーむ?

 ……言われてみれば、狩場では結構お年を召した下級冒険者の方も見かけるな。

 そもそも、『特別な絆』の連中がおかしかったのかもしれない……。っていうか、あいつらおかしいわ。


「そ、そうかもしれませんね……」

「はい! そうですよ。自信を持ってください」


 ニッコリ。

 そういって輝かんばかりの笑顔を見せてくれるテリーヌさん。


 ちょっと前までならこの笑顔に騙されて顔を赤くしていたかもしれないけど……。


 最近のギルドマスターとのセットで、銭ゲバ根性丸出しなところとか見せられたら裏があるのではないかと勘繰ってしまう。


 おっと、いかんいかん。


「ありがとうございます。では、今日はさっそく中級のクエストをいくつか選んでみますね」


 そういってクラウスはギルドの依頼板をみる。


 しかし、

「ん~……。思ったより中級の依頼って少ないんですね」

「はい?……あぁ、それはそうでしょう」


 下級の依頼書の束を整理しつつ、テリーヌが説明してくれた。


「この辺は、魔物の影響も薄く、……なにより王国内陸部ということもあってダンジョンの数が少ない地域なんですよ。その分──人口や農業の自給率は高く、多いのですが、冒険者さんにとっては実入りは少ない地域と言えますね」


 そういえば、ずいぶん昔の研修でもそんなこと言われた気がするな。

 ベテラン・・・・下級冒険者歴が長すぎて、すっかり忘れていた。


「──ですので、中級以上の依頼を探すなら、この町よりも王都や国境付近……あるいは、もっと僻地にいくのがいいかもしれませんね」


 なるほど。

 この辺境の町の近傍にも中級、上級のダンジョンは存在するが、数はさほど多くない。


 それに比べれば確かに、

 王都近郊にあるという大規模ダンジョンや、

 国境付近の中級や上級のフィールド・ダンジョン群。


 または、魔物の影響が大きい──ここよりも奥地の「僻地」の地ならば、たくさんのそれらが見込めるだろう。


 ん?

 でも、どうやってそこに行けば────……。


「あ、もしかして!!」

「あら、気づきました?」


 うふふ。と笑うテリーヌ。


「げ、ゲート使えちゃったりー?」

「ピンポーン♪ はい、クラウスさん、おめでとうございます! 中級冒険者として認定されましたので、転移ゲートの使用許可が下ります!」


 や、ややや、


「やったーーーーーーーーー!!」


 思わずガッツポーズ!

 だってそうでしょ?!


 転移ゲートですよ、転移ゲート!!


「ふふ、嬉しそうですね。そういえばクラウスさん、使い方や注意点の説明はいりますか?」

「え? あ、はい。前に研修で聞いたっきりなので──制度も変わってますよね?」


「大きな変更はないですよ──では、こちらへ」


 窓口にカタンと、「不在中」札を立てるとテリーヌはわざわざクラウスのために転移ゲートまで案内してくれた。

 ギルド総合受付の隣にある通路を通ってその先。

 地下の階段を降りるとそれはあった。


「うわ……。ホントに入れるんだ。久しぶりに見たなー」

「3年ぶりですよね。では、次からはこの窓口の職員に冒険者認識票を見せるだけで使えますよ」


 施錠された部屋を開け放つテリーヌ。


 彼女の言う窓口とは、牢屋の番人のように、壁の中にある小さな小部屋のことで、そこにある一畳ほどの狭い空間にギルドの職員がいた。


「なんや、新人かいな?」

「違うわよ。……ほら、あのクラウスさん──知ってるでしょ?」


 そういってギルド職員にクラウスを紹介してくれる。

 何度か顔を見たことにある女性職員だ。


「おー。あのクラウス・・・・・・な! 最近噂になっとる奴やん?…………ほな、よろしゅうな、クラウスはん。次からはアタシに認識票見せてくれたらそれでええからなー」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 挨拶はそれで終わり。


 っていうか、なんだよ「あのクラウス」って……。


 少しいぶかりながらも、

 テリーヌに案内されて転移ゲート内に。


「では、こちらに──」

「うわ、広い!」


 テリーヌに示され室内に入ると、思ったよりも広大な空間が現れる。

 地下室ではあるが魔光石のランプが煌々とともされており明るい。また換気も十分なようで息苦しさは全く感じなかった。


「えぇ、緊急時の物資輸送や人員の転送にも使いますからね。大都市ではもっと巨大なゲートもあるんですよ?」

「へー……」


 そうして、中央に立つテリーヌさんは、

「では、クラウスさん。こちらに来てください」

「あ、はい」


 ゲートの中央に立つと、なんと四方の壁にも様々な文様が描かれている。


「コチラが起点用の転移魔法陣、そして向かう方向を決めるのが、壁側の魔法陣になります──」


 つまり、行きたい方向の魔法陣を指定して中央に立つと、外のギルド職員が魔力を通して魔法陣を発動する。

 すると、魔法陣内の人物が、同じく別都市に設置された魔法陣へと移動できるという寸法らしい。


 ちなみに、地下構造でB1Fには出発魔法陣があり、B2Fには到着魔法陣があるらしい。

 どちらでも双方向で使用可能なのだが、転移事故防止のため分けられているそうだ。


「──以上です。簡単でしょ? では、本日から使用できますので、外の職員に行き先を告げていただければ、それで結構です」

「へー。簡単なんですね。……あ、魔法陣からはみ出したりしたらどうなるんですか?」


 魔法陣の真円は大きい。

 しかし、その円には外側が当然あるわけで、魔法陣に体半分、外に半分で転移したらどうなるのかという素朴な疑問だが────。




 ニコッ。




「えっ、と……」

 なんで笑顔?


「ニッコリ」


 え?

 口で言った?


「──その、体を半分出したらどーなる……」

「やってみますか?」



 ニぃぃぃッコリ。



「…………あ、はい。遠慮しときます」


 テリーヌさんの笑顔が怖ひ。


「………………はい。説明は以上です──あと、注意点がいくつか。────耳かっぽじって聞けよ」

 え? かっぽ……。

 ──え?


「二回言わせますか?」

「あ、はいぃ!」

 すんません……。


 態度で反省を見せるクラウスに、テリーヌが小さく咳払いして諸注意の解説を始めた。

 テリーヌのいう注意点は簡単なことで、


 ひとつ。大金を持ち出さない

 ひとつ。関係者以外使用禁止

 ひとつ。違法品の持ち込み厳禁

 ひとつ。魔法陣の破壊行為は現に慎むこと

 ひとつ。使用時間厳守


 と、このくらいだ。


 他に、規則ではないが、

 町ごとによって差があるが、登録地以外の冒険者ギルドで狩りを行った場合、払う税金が違うらしい。


 クラウスは辺境の町の登録なので、この町で冒険者をする分には税金が優遇されているが──例えば、王都などの冒険者ギルドで狩りをした場合、ギルドが差っ引く税金額が地元の冒険者と異なるのだとか。


 こんな制度があるのも、なんでも、地元の冒険者の優遇措置のためらしい。

 そりゃ、優遇措置でもなきゃ、誰だって税金安いところに行っちゃうよね……。


 さらに、転移ゲートは行く際には無料だが、帰りはそこそこのお金がかかるという。

 維持管理費も兼ねているが、なにより人の移動を管理するためだとか?


 あとは、お金の移動はあまり推奨されないらしい……。


 金や銀は、採掘量が限られており、国家の力そのものである。

 そのお金が、ゲートを使ってホイホイと流れれば、流通が壊れるからだとか? あるいは「金」などの希少金属の国外流出を避けるためなど結構厳格に定められている。


 ……とはいえ、冒険者が懐にいれるくらいのお金ならいいらしいけど──。

 まぁ、それでも密輸入や金の持ち出しを図るものが後を絶たないらしい。


 あまりに度が過ぎると、お金だけでなく装備品すら持ち運び不可能になるかもしれないとか?



 ……どうも、過去に槍の柄の中に違法薬物を隠して運んでいた冒険者がいたらしい。



「ど、どうなったんですか? その冒険者──」



 あ、これ聞いたら多分──……。


「ニコッ」


 ああ、うん。「ニコッ」ですよねー……。


 綺麗に笑うテリーヌさんが、すすすーと魔法陣の端によって行き、魔法陣とその外に身体を半分・・・・・出した──。


 あ、そーゆーこと…………。


「超グロイですよ」

「い、いいです。はい、なんかごめんなさい──」


 テリーヌさん、最近怖いー。


「はい。というわけで、クラウスさんも規則にのっとって使用してくださいね。規・則・にッ」

「は、はい」


 は、半分はヤダもんね。


「……それでは、中級冒険者として今後ともギルドの発展にご協力よろしくお願いします──」

 ペコリ。

「──……本日からご使用になりますか?」


「え? あ。それじゃ──……」


 そうだ。

 この可能性も考えてリズに弁当作ってもらったんじゃないか。


 せっかくだし……!


「いきます! 早速お願いしていいですか?」

「わかりました、行き先はどちらになさいますか?」


 二つ返事で了解を貰うと、クラウスは行ってみたい場所を思い浮かべる。

 理想は【自動機能オートモード】がフルに発揮できる場所。




 そう……。

 人が少なくて、美味しい狩場──────……。

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