第39話「悪意の代償」

「はぁ……はぁ……」


 ガクリと膝をついたクラウスの手には黒曜石の短剣が握りしめられており、その刃先はグズグズに崩れた死体の顔面に突き立っていた。

 そして、しびれる程の筋肉痛に顔を起こすと、周囲にはミカの操っていた死体がすべてバラバラになって転がっていた。


「う……。うそよ! 嘘よ! アタシのお人形ちゃんがぁぁぁ!!」


 ズルズルと這うミカは、クラウスから距離を取ろうと墓所の奥へと這っていく。

 今や彼女を守る死体は一体もなく、代わりにどこからともなく響くうめき声がこだますのみ。


 この声は、墓所のグールのもの。

 ミカの支配をうけない、本物の魔物……。


『『『グルァァッァァァァァアアアア……!』』』


 ミカの悲鳴は今や墓所中に響き渡り、

 第10階層より下にいる、腹をすかせたグールが生き血を啜りたいと歓喜の声を上げているかのようだ。


「す、すげぇ……!! なんだよ、クラウス!! お前、滅茶苦茶つえーじゃねぇか? ど、どうなってんだあの動き……」

 見てたのか、メリム。

「いてて……。高級ポーションは品切れだ。今度からは二本以上はいるな」


 メリムの軽口には答えず、ポーション入れから安物のポーションをのみ、最低限の体力を確保。

 その間にも、ようやく空いた扉の先でメリムがポカーンとしてクラウスを見ていた。


「すまん、メリム手を貸してくれ──……。グールの上位種を4体見つけたが、あと1体必要になる。……お前の分のクエスト品は何とかするから、まずはグールをあと一体狩ろう」


「そ、それって、仲間にしてくれるってことか?」


 仲間か……。


「そうだな。暫定ざんてい的にだけど。そうしよう」

「お、おう!!」


 メリムが嬉しそうに笑い。

 クラウスの身体を支えてくれた。


 仲間なんて、正直まっぴらごめんだったが────意地を張っていてもしょうがない。

 少なくとも、メリムはゲイン達とは違う。


 二度も……。

 二度も俺を助けてくれた。


「グールの下顎ってこれか? うぇ……グロィ」


 バラバラになったパペットの死体をあさるメリム。


「それじゃない。それはただの動く死体だから、グールじゃないんだ。グールはそっちの──」






 ────グルォォォォオオオオオオオオオオオオ!!





 メリムが蠱毒化グールの頭部を4つ確保した時、そいつは現れた。

 すさまじい足音を立て、地下墓所を駆けあがる。


「な、なんだ?」

「上位種のグールだな。多分、下の階層から来てる────ここはまだ大丈夫のはずだ」


 ミカの悲鳴を聞きつけ、腹をすかせたそいつは地下第11階層より下から来たのは間違いない。

 第10階層まではミカが解放しているので安心できないが、その先はまだ封印されているはず。


 だが、グールはそんなことはお構いなしだ。


 ──いい匂い。

 ────いい匂い。


 滅多に人が訪れず、食い物といえばネズミと蝙蝠と────同じく蠢くグールのみ。


 そして、そいつは食われ食い合い、グールとして進化を重ね、今日久々に聞いた人間の声に歓喜した。


 あぁ、腹が減ったと────。

 肉が食いたいと────。


 ……そこに声が聞こえてきた。


 しかも複数の人間の声。だが、扉があかない。

 第11階層と第10階層を隔てる扉があかない……。



 忌々しい教会が施した聖なる封印が、アンデッドには解けない!!


 バンバンバン!!

  バンバンバン!!


 聖なる封印を叩く叩く!


 開かない……。開かない……!!



『グルァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』




 もう一度叫ぶ。

 腹が減ったと叫ぶ。


 

 そこに、


「ひぃぃぃぃぃいいいいいいいい!! 何のよアイツ! クラウス、なんなのよアイツはああああ!!」


 クラウス、クラウス、クラウス?!


「あああああああああああああーーーーー!!」


 クラウスの戦闘を目の当たりにして恐慌状態に陥ったミカは、周囲の様子が分かっていない。

 パニックに陥った彼女は、第11階層から響く魔物の声など聞こえていなかった。


 それをみて、扉の先からニタリと笑う天然の上級グール・・・・・・・・



 奴は思う。

 ……叫びながら女がやってきた。


 白く、生き生きとして旨そうな血肉が!! と────!



 あぁ、食いたい!!



「もっと……。もっと! も、もっと強力なグールをぶつけなきゃ────! スキルで操って、スキルでアタシのお人形を食わせてレベルアップさせて、もっと強力なグー……」



 ──ガチャ。



 ミカ・キサラギ。

 【生命付与ライフオブライフ】というユニークスキルで無機物を操る能力を持つ女。


 最大数50の生命を操り、人形の軍隊を扱える。


 しかし、


「あ──────……」


 自らのユニークスキル・・・・・・・・・・を凌駕するものは操れない。






「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」






 墓所にミカの絶叫が響き渡る。



※ ※



 ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


「な、なに?! グール?」

「いや、違う……。これは──ミカの悲鳴??」


 何か奥の方で異常事態が起こったらしい。

 思わず足を止めたクラウスだが、どのみちあと一体のグールが必要だと気づき、渋々ながら先に進もうとする。


「オ、オイ。行くのかよ? あんな女ほっとけよ」

「別に奴のために行くわけじゃない」


 しかし、振り返った二人の前に猛スピードで迫るものがあった。

 そいつこそ、ミカ。

 ミカ・キサラギその人だ。



「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!」



 物凄い悲鳴を上げて奥から駆けてくる。

 その形相と、格好はいつもの彼女とは思えないほど必死そのもの。


 そして、その後ろに迫るのは────……。



『グルァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』



 黒い瘴気を纏い、

 体中に霊魂がまとわりつき、ギラギラと輝く動く死体。


 いや……。あ、あれは死体か?!


 ボロボロの体の隙間からは青黒い魔力が滴り、奴の声が体中の隙間から漏れてほうぼうに激しく震えて咆哮している。



「なんっだあれ────!!」

「く、くくくくく、クラウス! ちょ、ちょちょ、【直感】!! 僕の直感のスキルがいってる────あれは、あれは……」



 ああ、うん。


「「あれは無理だ!!」」



 うん、うん……!

 うんんんー!!!


 ミカが【生命付与】で傀儡化できない時点でわかる。


 あれは上級パーティ『特別な絆スペシャルフォース』ですら尻尾を巻いて逃げ出すほどの上位モンスターだ!


 そして、プライドの高いミカが悲鳴を上げて逃げ惑うほど規格外。


 っていうか、


「そ、そそそそそそ、そんなもんつれてくんじゃねーーーーー!」

「クラウス! いいから扉を閉めよう! あれが出てきたら大惨事だぞ!!」


 あぁ、わかってる!

 だから、教会が封印しているんだろ?! この墓所をぉぉおおお!!



「やめて!! やめて!! 閉めないで! やめてぇぇぇえええええええええ!!」



 泣きはらしたミカが必死で手を伸ばす。

 事故に見せかけ殺そうとしたくせに、クラウスに助けを求める。


 死にたくない

 死にたくない

 

 死にたくない!! と────。




『グルォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオ!!』




 ビリビリビリ……!


「ひぃぃぃ」

 メリムが腰を抜かす。

 彼女が失禁する匂いが周囲に立ち込めるも誰もそれをいさめるものはいない。


 それどころかクラウスでさえ、足が────……。

 ユニークスキル【自動機能】??


 一度戦った相手と自動で戦闘する『自動戦闘』がある??



 一度戦った相手と?


 一度…………?


 一度……──。


 一、


 ………………馬鹿か?!


 あんなの一撃でも食らえば、一瞬で死ねるわ!!!!!

 一度もクソもあるか!!!



「くっ! 早く来いミカ────」

「ばか! 早く閉めろって!」



 グルォォォォォォォオオオオオ!!



 奴の咆哮が響く中、クラウスは手を伸ばす。

 そして、扉に体重をかけ、ミカを掴んで第9階層に引き込んだらそのまますぐに扉を閉める!!


 だから、早く来い!!


「ミカぁぁぁああああああああああああああああ!」

「た、たすけ!! いやぁっぁああああああああ!」


 泣きはらしたミカの手がクラウスに届くその寸前────……。


 確かに触れたはずの指。








「ありが──────ブッ」







 ブシュ!!


 何かが破裂するような音。

 そして、目の前が真っ赤に染まり────!


「もうあきらめろ!! 閉めるからな!!」




 バァン!!




「ミ」


 クラウスの目の前でミカの姿が血の煙の中に消え、代わりに武骨で頑丈な扉が眼前に迫った。

 それはクラウスの鼻を潰さんばかりの勢いで閉ざされ、すぐに閂が下ろされる。


 ガコォン!


「なにしてんだ! 早く離れろよ!」


 バンッ!!


『グルォォォォォォォオオオオオ!!』

「「ひぃぃい!!」」


 そして、覗き窓の先から異形のグールが顔を見せ、口をねじ込ませると血生臭い舌を伸ばす。

 その舌先でクラウスの顔をもぎ取らんとして……!


「わぁああああああ!!」


 ガシャン!


 ブチッ


「馬鹿!! ぼーっとしてんなよぉぉおお!」


 覗き窓を閉じて、向こうとこっちを隔離した涙目のメリムがクラウスを引き倒した。

 その体の上にポトリと、異形のグールの下顎と引きちぎれた舌が落ちる。


 シュウシュウシュウ…………。


「ひ、」

「お、おい……?」


『グルォォォォォォォオオオオオ!!』

 バンバンバン!!

 『グルォォォォォォォオオオオオ!!』

  バンバンバン!! 

  『グルォォォォォォォオオオオオ!!』

   バンバンバン!!


「「ひぃぃぃっぃぃぃいいいいいいいい!!」」


 バンバンバン!!


 と、扉の向こうから叩くグールの気配にクラウスたちが後ずさる。

 その扉一枚を挟んで向こう側にあのグールがいる。



 ミカを食い殺したグールがいる!



 上級パーティのミカを、いともたやすく惨殺したグールが……!!



 バンバンバン!!

 バァン! バァン! バァン!!



「や、やべぇ……この扉もつよな?」

 扉に書き込まれた聖なる封印が淡く輝き、扉の向こうのグールを焼いているらしいが──それでも扉を叩く気配はやまない。


 まるで、餌を取られた猛獣のようだ。


「だ、大丈夫……。大丈夫なはずだ」


 ガタガタと震えるクラウスは、腹の上の下顎を取り上げると、メリムに渡した。


 とてもじゃないが、自分でドロップしたなどとは言えない。

 それに、自分のせいで────ミカが……。


「お、おれのせいで」

「ち、違うだろ? クラウスは何も悪くねぇよ。……僕は見てたし、何があったのかも知ってるぞ!」


 あ、あぁそうだろうさ。

 ミカが死んだのは自業自得さ。


 そして『特別な絆スペシャルフォース』の連中のバカな嫌がらせの末路さ。



 だけど……。



 グチャグチャと、扉の向こうで嫌な音が響いている。

 もう扉を叩く音はしないが、濃密なグールの気配は感じる。


 だけど、


 だけど、自分にも責任を感じずにはいられない。

 安易に上級のグールなら狩れると考えていた自分が恨めしい……。



 『自動戦闘』なら勝てると無条件に信じていた自分が……。



「行こう────……。それとこれも、メリム。お前にやるよ」


 なんとか起き上がり、地下墓所を出るために立ち上がったクラウスは、肩を落としてメリムにグールの素材を渡す。


「お、おい……! もらえねぇって! お前、昇級できなくなるぞ?」

「いい。今回は諦める……」


 そんな気分にはとてもなれない。

 今もまだ、ミカのあの瞬間の顔が脳裏に焼き付いている。




   死にたくない


    死にたくない




「うぐ……」



 おえぇぇぇぇ…………。

 地下墓地の中で何度も吐きながらクラウスは地上に戻った。

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