第38話「VS【生命付与】」

「ミカ……! ミカ・キサラギき!!────お前かッ!?」


 『特別な絆スペシャルフォース』のユニークスキル所持者!!


「ミカぁ、お前ぇぇ? あんのぉー呼び捨てですぅ? アンタに呼び捨てにされる覚えはないんですけどぉぉ?」


 こんな地下でありながら、白い日傘をクルクルと回しながらさしている、全身白づくめのゴスロリ衣装の異様な女。


 妙にイラつく鼻についた声を出すミカだが……。


 そのミカが、パチンッ! と指を弾くと、ミカの背後からゾゾゾゾゾゾ──と死体の群れが現れた。


「なッ?! ぐ、グール?!」

「まったく……。事故死を思わせるために、小汚いグールどもに、私のお人形さんを餌にして・・・・・・・・・・鍛えてあげたのに、倒しちゃうなんてー」


 そういったあと、フワリと舞うと死体の群れに身を踊りこませるミカ。

(……ば、ばかな!? 食われるぞ?!)


「──いいわぁ。なら、物量で押しましょうかぁ~」


 ウフフフフフと怪しげに笑うミカは、まるでタクトを振るうかのようにして、死体を操る。


 ば、馬鹿な……!? 何を考えている?!

 ぐ、グールが言うことを聞くはずが────??


「さぁさ、お逝きなさい──私の可愛いお人形さん達ッ」



 うううう……。

  うううう……。

   うううう……!!


 ズズズズ……。

 ズルリ、ズルリ………。


「う、嘘だろ……。こ、コイツ────!」


 ミカの指揮に従い死体がゾルゾルと蠢きだす。

 いや……。


(グールの気配じゃない……なんだこれは!?)


 死体?

 本当に死体なのかこいつ等は!?


「ミカぁ! てめぇ!……ここで何してやがる!」

「だーかーらぁ、呼び捨てすんなっつーの!……ってゆーかぁ!!」


 ちっちっち! と指を振って不敵に笑う。

「あーらら? 上級パーティのアタシがア~ンタに答えなきゃならない理由なんて、あーるのかしらぁ?」


 ニッコォ……!

 白いゴスロリ衣装をヒラヒラとさせながら、むかつく笑顔で死体の群れの中で踊るミカ。


「ざっけんな! このクソアマ!!」

「んふふー。たまたまよ、たーまたま! 地下墓所の清掃依頼を受けたら、グールちゃんがいたからねー。アタシの可愛い、可愛い、お人形さんを食べさえてあげて、レベルアップさせてあげたのん~」


 そういってケラケラと笑うミカを見て、クラウスの背中が嫌悪感でゾワリと総毛立つ。

 そうだ思い出した──……!


 コイツのユニークスキル!


 【生命付与ライフオブライブ】!!


 無機物に命を与え、意のままに操る異形のスキル!

 つまり……。




「これは、お前の人形かぁぁぁあああああ!!」



 ザッザッザッザッザッ……!

  ズルズルズルズルズル……!



 魔物のくせに、乾いた涙を流す第10階層の死体たち。


 あぁそうか……。

 彼らは死して眠り、教会にすら忘れられたときに、このくそ女によって生命を与えられ人形パペットとして蘇らせられた。


 そして、地下に蠢いていたグールどもに食わされ、存在を進化させるランクアップのための餌として……魔物の経験値稼ぎに使われた────……。


 ただの餌として、死者の尊厳を踏みにじったのがこのくそ女──ミカ・キサラギ。



「この非道がぁぁぁああああああ!!」



「あーっはっはっはっはっは!」

 そのうえ、死体を玩具にしてクラウスを襲わせるという発想!

 これはただの妨害じゃない! もはや、もはやただの殺人未遂じゃないかッ!!


「あーら? 人聞きの悪い。……ギルドの依頼をうけただけですもの? ただの偶然ですものぉ?」

「何が依頼だ!! グールなら俺が始末した! だったら仕事は終わりだろうが!!」


 稀に出される、『墓所清掃』の依頼。

 封印しているとはいえ、あまりにも強力なグールが沸きだすと困るので、時折第10階層程度の地下墓所カタコンベ一掃・・を上級冒険者に討伐が出されることはそう珍しい話ではないが……。


 ないのだが……!!


「あーそーそー。お仕事ですもの?……でもぉ、死体がまだ残ってるじゃなーい? ゴミカスユニークスキルを貰っておいてのうのうと生き恥晒している下級冒険者のクラウスっていう、小汚いアンタがねぇぇぇーー!!」

 ……無茶苦茶な理論。

「てめぇぇ!! 卑怯だぞ! 自分の手でかかってこい!」


「あははは! 無理無理ー。アタシ、汚いのって苦手なのー。……だ・か・ら、ぜーんぶお人形さんにお任せするわッ!」


 そうしてケラケラと笑うミカという女。


 ズルズルズル……。

  ズルズルズル……。

   ズルズルズル……。


 次々にスキルを放ち死体を傀儡化していく。

 どんな無機物でも生命を付与することができるこの女は万物の大半を使役できるらしい。


 増える。増える。

 増える動く死体……!


「あはははは! あはははははは! あはははははははは!」


 そうして徐々に徐々に数を増やしていく死体の群れ。


「お人形さんがいっぱいだよー。お人形さんがいっぱいだよー」


『『『うううううう…………』』』


 墓穴から這いだし、

 乾いた眼科から乾いた涙を流し、

 声なき声を上げてミカに付き従う。


 そして、深い眠りから呼び覚まされ──芋虫のように横穴から這い出た死体が、さらにさらに涙を流しながらクラウスに迫る。


「ちッ……!」

「無駄よぉ、無駄よぉ……。ちゃ~んと、第9階層にもお人形さんいるものンー、そっちから鍵をかけさせてもらったわ」


 な、なんだと?


 ──ガシャーーーーーン!


 慌てて扉に縋り付き、ノブをガチャつかせるも、確かにびくともしない。

「ぐ……1 クソ、いつの間に?!」

 しかも閂までかけられているのか、びくともしない……! これでは体当たりでこじ開けるのも難しいだろう。


「開けろ! おい、開けろ! 誰かいないのか?! 開け──」


 バンッ!! と、のぞき穴の方から死体の泣き顔がのぞく。


「ひぃ!!」


 どうやら、ミカの言う通り第9階層側から鍵をかけられたのは間違いないらしい。

「は~い、残念でしたー♪」

「く、くそ!」


 ガスッ!!

『うがぁ……』


 その死体の額に黒曜石の短剣を突き立て、元の死体に戻すもそれで扉が開くわけではない。

 だが、今の手応えで分かった。


 ミカの操る死体はさほど強くはない。

 ……だからこそ、グールの餌にして上級の魔物──『蠱毒化グール』をでっち上げたのだろうが────。


「んふふふ~。弱くて結構──数は正義よ。お逝きなさい、お人形さん達ー♪」


 ズルゥ!! と、迫りくるミカの操り人形たち。


「さぁ、モンスターの性能差が、戦力の決定的差でないことを教えてあげるわぁ♪」


 だが、そこに!


 ドンドンドンッ!


「そ、そこにいるのか? なぁクラウス、いるのか?!」


 ッ?!


「め、メリムか?! ど、ドアを開けてくれ!!」

「へ? な、なんですって? あ、あああ、アンタに仲間ぁ?!」


 ヒュコっと、のぞき窓から顔を見せたメリム。

「く、クラウスか!」

 ちょっと青ざめた顔のメリムが見える。

 ビビって逃げた顔思いきや、戻ってきてくれたようだ。


 だが、それはミカには予想外であったらしく、本気の形相で焦っているようにもみえた。


「逃げてゴメン……! でも、なんか、【直感インスピレーション】が働いたんだよ! 今すぐ降りろって!」

「……あぁ、本当にいいスキルだ! 頼む、開けてくれ! こっちからじゃ開かないんだ!」


「わ、わかってるけど……。なんか死体が挟まってて────すぐには無理だ!」


 ちぃ……!


「あ、あはは! よくやったわお人形ちゃん! 大丈夫よー。1分もあればバラバラにしてあげるから」


 ……1分?

 1分だと……?


 ユラ~リと顔を起こし振り返るクラウス。


「ハッ! 一分か……──────そりゃ、こっちのセリフだ。もう、クールタイムは十分だ」


 上等じゃねーか……。


 テメェ、ベラベラと喋ってくれやがったおかげで時間が稼げた。

 ……たしか、ミカが同時に操れる【生命付与】の数は50体が限界だったはず。


 今はそれよりも増えているかもしれないが────目視で見える死体の数は約40!

 つまり、最大50体と仮定して良し!


「な、何を?! お前のゴミカスユニークスキルで、なにができる!」

「はっ! 試してみるか?」

「……ほ、ほざけぇぇぇええ! お前ごときにアタシのお人形さんが倒せるものか────行けッ、可愛いお人形ちゃんたち!」


「あぁ、倒せるさ────今すぐ、目にもの見せてやるぜ! ミカぁぁ!」



 ステータスオープン!!


 ブゥン……。


 『自動戦闘』


 ※ ※


 《戦闘対象:傀儡死体パペットボディ×49》

  ⇒戦闘にかかる時間「00:05:34」


 ※ ※


「は! とんだザコだな! 5分で片が付くみたいだぜ?」

「な、なにを! 何をぉぉぉお!!────行け! 食い殺せぇえ」


 あの、クソ雑魚ユニークスキルをブチ殺せぇぇぇえええ!


『『『ウォォオオオオオオ……!』』』


「クラーーーーーウス!!」

 メリムの叫びがこだます中、

 クラウスは迫りくる傀儡の死体の群れを冷めた目で見ていた。


 いや、冷めた目で見ているのはミカを、だろうか。


 ズルズルズルズルズル……。

  スルズルズルズルズル……。


 そして、冷めた目は次第に怒りにかわり、その怒りは糸を引くように死体たちへの憐憫の情へと変わっていく────。


「ゴメンな……」


 涙を流す死体が物凄い勢いでクラウスに迫ってきたが、なんのことはない。

 ただの物量攻撃で、さっきのグールに比べればとんだザコ集団だ。

 ただただ、哀れな死者の群れだ…………。


 ミカ。

 ミカ・キサラギ……。


 『特別な絆スペシャルフォース』のユニークスキル保持者にして、同クランの幹部……。


 そして、………………ただの人間のクズだ。



 すぅぅ……。

「──お前のスキルの方がカスだろうがぁっぁああああ!!」



 …………行けッ! 俺ッッッ!!


 スキル『自動戦闘』……。

「────発動ッ!」



 ……その瞬間、クラウスの意識が落ちる。

 そして、次に目が覚めた時。



「カハッ!……かはぁ」



 さすがに二連戦はキツイ……。

 だが、勝負はついた。


 ガクリ……と膝をついたクラウスだが、しっかりと握りしめた短剣に切っ先には死体の頭部が突き刺さっている。


 動く死体・・・・は、…………もうない。



 そして、残るは───。



 ひ、

 ひ……



「ひぃぃぃいいいいいいいいいいいいい!!」




 女の、ミカ・キサラギの悲鳴が墓所中に響き渡った────。

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